第19話 -2 おでん屋さんオープン


 


 子供達の呼び込みのおかげもあって、出だしからお店は順調な客入り。初めてお金を頂いた時は感動さえした。鼻の良さと物珍しさに惹かれた亜人の人が最初は多く訪れてくれた。


「あけましておめでとう。茶色ばっかなのに肉じゃねーのか、まぁいいやこのチクワってのいくつかくれよ」


 暖簾をくぐり、珍しそうに覗いてきた熊の亜人から注文を受けた。


「あけましておめでとう、ですか?」


「おう、歳をとったお祝いの言葉だよ。最近の若いもんは知らねーか? この屋台も最近の流行りなのか、目に付くもん全部目新しいもんばっかだな」


「へぇーそういう使い方なんですね! あけましておめでとうございます」


 なんだか嬉しくなってしまった。本来の正月の挨拶もそのように使われていたという。江戸時代まで日本人は数え年だったため年が明けると歳を重ねたお祝い、では私もこの世界で時間を経て、歳をとったということだ。


 出汁をこぼさないようにテーブルまで運ぶ子供からおでんを受け取ると熊のおじさんは訝しげに口に放り込んだ。ゆっくり飲み込むと、残りの具材もスープまで残さず一気に掻き込んだ。大きな口から湯気が溢れ出し、おかわりを大量に買ってくれた。亜人の人には練り物系が好評だった。量もたくさん食べてくれるので一番いいお客さんだ。


 皆同じように待ってる間に隣で酒を買い、華麗に舞い踊る楽団を見ながら気持ち良さそうに食べて行ってくれる。


気がつけば昼時が過ぎ、豪華な魔法のパレードが始まっても人の流れは途絶えることがなかった。忙しく働いていたのでなかなか周りを観察できなかったがリップさんの祝賀会の時同様、街はお祝いムードに溢れていた。バースデーケーキの形をしたクラッカーを打ち鳴らす帽子や、勝手に飛び回る風船を持つ人もチラホラ目に入った。


 この世界の人全員が今日は主役、みんなが同時に祝い祝われるお誕生日会ということなのだろう。私はワクワクしてきた。


「おーオセロットここにおったか! 芽衣はここか?」


 人の流れが落ち着いた頃、聞き覚えのある声に表へ出るとクリオロさんが仲間を引き連れ店にきてくれた。


「クリオロさん、あけましておめでとうございます!」


「おうーあけおめじゃな! 芽衣、今日は綺麗なべべをきとるのう。鍋の具合はどうじゃ、注文どおりに作ったがうまく作動しとるか?」


「はい! 大活躍してくれてます」


「そりゃ良かった。腹ペコなんだ、面白い鍋の注文で作る料理を楽しみにしてたんでね」


 注文を受けおでんを持っていくと物珍しそうにみんなでコタツを観察していた。テーブルに置くとおでんの具や割り箸でも論議を繰り広げ、めいいっぱい食べてくれた。お酒も買ってきてドワーフは楽団にもやんやと喝采を送り宴会は続いた。その楽しげな声に釣られて客足も増えてくれた。


「芽衣! これはまた芽衣の発明か? こりゃ凍えながらご飯を食べずにすむな、簡易だが理にかなった構造だ! なぜドワーフがひらめなかったのか悔しいものだ」


「そうだな、このおでんってのも酒に合って美味いしあんたドワーフじゃないのが驚きだ、俺の嫁さんにこないか! ガハハハ」


 クリオロさんと同世代だろうドワーフがコタツの中でウンウンと頷いている。顔も真っ赤でだいぶご機嫌だ。ドワーフの人には牛すじやがんもどき、煮卵に好評をもらいお土産も買って行ってくれた。


 日も暮れかかった頃、亜人の姉妹の一人が鼻をひくつかせたと思ったら人ごみにかけていった。慌てて追いかけようとしたら人の足にしがみついて戻ってきた。クチナワさんが不機嫌な顔をしてそのまま歩いてくる。横に笑いを堪えたエビネさんとキキョウさんも一緒だった。


「皆さん、あけましておめでとうございます! 来てくださったんですか」


「芽衣ちゃんお久しぶりねぇ〜あけましておめでとう。冬越し祭りの日は同窓会みたいなものなのよ、毎年同世代でお祝いしあってるのよ」


 三人を屋台の暖簾の奥の席に案内した。湯気が立ち込めてコタツほどではないが暖かいはずだ。注文を取るとエビネさんがクスクスと笑い出した。クチナワさんはリオンちゃんを足に巻きつけたまま隣の店にお酒を買いに行っていた。


「エビネ、笑ってはいけませんよ」


「ああん私ったらいけなぁい。クチナワったら今年はエルフの街じゃなくウィンクルの街に行くってソワソワしちゃって何かと思えばウフフ、こんな可愛い子がお店をしてたらそりゃあ楽しみになるわ♡」


「何だか楽しそうですね、どうかしたんですか?」


「フフ何でもありませんよ。芽衣さん今日は前と雰囲気が違って、とても色っぽいですね」


 確かに彼にはボロボロの姿しか見られてない気がする。鼻血を流していたり泥だらけだったりだ。暖簾を豪快に開いてクチナワさんが戻ってきた。リオンちゃんが姉のリカちゃんと一緒にクチナワさんからジュースを買ってもらったようだ。仏頂面を通り越して眉間にシワを寄せている。


「おい、勝手に口説くなキキョウ」


「ハハこんな艶やかな姿を見たらつい……さていただきますか。これは初めて見るものですね」


「それはハンペンですね」


「あらぁ美味しいわぁ芽衣ちゃん! ラディッシュかしら? 味が染みてるわ〜」


 三人はとても仲良しのようだ、エルフの人向けにわさびと柚子胡椒とカラシも用意していたので提供した。


柚子胡椒は柚子と唐辛子を粉砕して塩で混ぜたもの、カラシは辛味の強いマスタードの種をすり潰して粉にしたものをぬるま湯で溶いてつくれる。キキョウさんはカラシが好きでエビネさんはわさび、クチナワさんは柚子胡椒を気に入ってくれた。


 私は着物の袖をまくってクチナワさんにお酌をした。


「なんだかキモノでお酌なんてオツよねぇ、和装は昔の人みたいって思ってたけど素敵だわ。私も買ってみようかしら?」


「和装には不思議な色気がありますね。こうお酌をされては私も酔いが回ってしまいました」


「キキョウは酔うと癖が悪いからそろそろ解毒しておけ。確かに和装もいいがリップを思い出されて腹が立つな、芽衣今度は教会のシスター服を着るといい」


「あらぁ、芽衣ちゃんにはフリフリな魔法少女の装備も捨てがたいわよーー!」


 返事に困って私は苦笑いをした。だがお酒の席というのはみんなの意外な一面が見れてなかなか楽しいものだ。鍋におでんの具材を足していたら、お酒で真っ赤な顔をしたキキョウさんに腕を掴まれ耳たぶに彼の唇が当たった。


「そんなものより看護服で私を介護してくれませんか」


 耳元でボソッと囁かれて瞬時に顔が熱くなった。肩を竦めて慌てて顔を離す。クチナワさんが立ち上がってキキョウさんの眼鏡を奪い片手で真っ二つに折ってしまった。


「メガネをブチ折られたいのか貴様」


「やだぁクチナワったら、もう折ってるじゃないのぉ! うふふ♡」


「フフ調子に乗りすぎましたね」


 胸ポケットから新しいメガネを装着するキキョウさん。あっけに取られていたがこのやり取りを、三人はこの後も何度か繰り返すことになった。


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