第16話 -3 おかえりなさい。





 屋敷の外にはまだ未使用の雪山が残っていた。適当な大きさの雪山を選び、スコップを借りてきてひたすら掘った。私もかまくらを作ることにしたのだ。


 初体験だったので、大きいのを選んでしまったことを途中後悔した。ひたすら掘っては固めて、掘った雪を運搬するを繰り返すのだがなかなか作業は進まない。雪国育ちではない私はかまくら作りも素人で雪を舐め切っていた。水分の塊なだけあってスコップは持ち上がらないし運ぶにも力がとてもいる。


 こそこそ一人で作業する私は汗だくで、明日はきっと筋肉痛だ。訓練を思い出すような作業だ、と思っているとかまくらの外から声をかけられた。


「やぁ芽衣、帰ったよ」


 優しい声に驚いて振り返った。かまくらの入り口にはニット帽をかぶったリップさんが逆光を浴び、腰を屈め覗き込んでいた。


「リップ、さん……?」


「ただいま。手伝おうか」


 柔らかく笑うリップさんがそこにいた。突然の帰還に私はびっくりして固まってしまった。ん?と首を傾げるリップさんに勢いよく飛びついて外に転がり出た。


 信じられなくて両腕を掴むと本当に触れる、本当に実在している……幻ではないようだ。リップさんが帰ってきた。しばらく見つめながら湧き出そうな感情を押さえ込むのに必死で、なかなか言葉が出なかった。


「お……! おかえりなさい! 無事で、無事で良かったです」


「ハハ、ありがとう……そんなに心配されると嬉しくなってしまうよ」


 私に尻尾があったらちぎれんばかりに振り回し、彼の周りを走り回っただろう。喜びが湧き上がってくる。久しぶりに安心感に包まれ、ただ目の前にいてくれていることが嬉しくて涙が出そうでしょうがなかった。やっと帰ってきたんだ……


「しばらくは、ゆっくりできるんですか? 怪我はしなかったですか!?」


「うん大丈夫、雪迎えに参加したくてね。手伝ってもいいかい?」


 リップさんは持って来ていた自分のスコップを雪に突き立てた。なんて頼もしい助っ人だ。ありがたく、かまくら作りを手伝ってもらうことにした。



 リップさんが参加したことで作業は倍以上に素早く進んだ。軍人さんなだけあって雪の扱いも手慣れていて的確だ。珍しく洋装のリップさんは今風の若者のような見慣れない姿でいつもより生き生きしていて新鮮で、楽しそうにかまくら作りに励んでくれた。


「せいが出ますな若様」


「セバスか、つい気合が入ってしまってな」


 セバスさんが様子を見にやってきてくれた。かまくら作りにプロがいるのかはわからないがリップさんは外観も凝ってくれて、一目でそのモチーフが何かわかるほどの腕前だった。それにしてもすごく器用だ。耳や目を雪で作ってくれて、背後に回ると尻尾までつけてくれている。今にもちぎれんばかりに振ってくれそうだ。


「わーリップさん! これって犬ですよね、すっごくかわいいっ! でも、なんでワンちゃんにしたんですか?」


 私は興奮してかまくらの周りを走り回った。細部にまでこだわってくれて、初めてのかまくらが嬉しくて二人の元に駆け戻った。


「あーーそうだな、可愛いからかな……」


 ポツリと言ったリップさんの耳が赤い。はにかむような表情でポンポンと頭を撫でられ頭頂部に手を置かれた。


「犬ですな、若様」


「そうなんだよ、犬なんだよ……」


 二人の会話はよくわからなかったが、三人でかまくらに入ってみると思いのほか中は広い。大人三人でも全く窮屈にはならなかった。横に寝そべり中の構造を確認して私は次の段階に進む。セバスさんにいらない在庫を聞くと物置小屋にあるようなのでいただくことにした。


「脚を短くしたいのでノコギリも借りていいですか?」


「ノコギリですか? 芽衣さまが使われるので?」


「はい! 大丈夫ですよ、怪我しないように注意するので」


「芽衣、手伝うよ。目的はなんなんだい?」


「えっと……実はイアソンくんに作りたいものがあって、かまくらの中は寒いので炬燵を作ろうと」


「「コタツ?」」


 もともとかまくらは小正月に水神様を祀る子供達の祭り、夜にしかできないので気温はもっと下がるだろう。風邪を引かないように炬燵を用意したいのだ。


 さっきアイテムバックから見つけたクロウくんが残してくれた魔石を使い、遠赤外線の光魔法を付与してテーブルの内部に取り付けたらうまくいくはずだ。


 だがこの世界の建築様式は洋風なので家具のテーブルも脚が少々長いので切断させていただくつもりだ。その役をリップさんが買って出てくれた。イアソンくんの為、あと好奇心が優ったみたいだ。


「仕組みはわかった。あとイアソンの為なら最後まで手伝うよ、芽衣は他に必要な布団とかをセンに頼むといい。台座の用意と脚の切断は任せて」


「ありがとうございます! 早速屋敷に行って戻ってきます」


 センさんを探す前に自室に戻ってカーテンを閉めた。魔石に付加魔法をつけるが人目に触れないようにするためだ。アイテムバックに手を突っ込み魔石を取り出したが、杖を手にとった時のようにいきなり光出すことはなかった。


 やり方はわからなかったが、あのときの感覚は覚えている。体の内側から指先が魔石とつながる感覚……一つになるような、血が巡るように魔力の流れを感じる。時間の流れと歴史の証明。


 鈴の音が頭に響いて手のひらがポッと灯りをともしたように柔らかく光る。魔石に付加魔法がついたようだ。


 うまくいって良かった、この感覚を忘れないようにしておけば人前で油断することもないはずだ。成功した魔石をポケットに、次はセンさんを探しに部屋を出た。



「なるべく水を弾くようなお布団とシートですね、正方形のならございますよ。整えてお持ちいたしましょう」


「ありがとうございます、後でお台所もお借りしていいですか?」


「ええ、ご自由に使われてください」


 物置小屋に戻るとリップさんが背の低くなったテーブルの調節をしてくれていた。ちょうどいい高さだ。私も覗き込んで魔石を取り付けれるかチェックした。


「ここら辺に魔石を取り付けたいんですけど」


「了解、その魔石どうしたんだい?」


「試験の時、森で仲間が見つけてくれたのを分けてくれたものです」


「そうか! それはよかったな、試験はうまく行ったようだね」


 向こう側にいるリップさんに魔石を渡すと感心したように眺め、私に微笑んでくれた。優しい目と視線が合うと私は急に心臓が跳ね上がって頭をテーブルに強く打ち付けた。驚いたリップさんも同じような音を出して頭をぶつけた。二人でしばらく悶絶して頭を抱えた。


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