第12話 -1 スペリオールとインフェリオ



 一週間があっという間に過ぎた。明日はいよいよアカデミーの試験、今日はその準備も兼ねてラグゥサに一泊する。リップさんは遠征から帰ってこれなかったのでオセロットくんに案内を頼んだ。


「亜人の街で宿を取っておいたよ、スペリオールで泊まるより安いし僕もすぐ駆けつけれるからね」


「ありがとう。スペリオールって?」


「おもにヒューマン族が住むところだよ。主要機関やアカデミーもそこにあるんだけど高級街ってとこかな。僕たち亜人やドワーフ、初めて会った時のエルフの街はその下にあって、まとめてイブラやインフェリオっていうんだ」


 そうなんだ、一応覚えておこう。エルフの町の時のように馬車で大きな門をくぐると、色の濃いカラフルなおもちゃのような街に入った。エルフの街と違い、雪の積もった三角屋根の建物は大小様々で、木の上にも家がある。地面は芝になっていて小さな花が所々に生えている。蝶や鳥が飛び交いなんともメルヘンチックな町だ。見たことのない亜人が道に多く行き交っていて、空を飛ぶ亜人向けに屋根や屋上にも店がある。


「やっぱり受験シーズンなだけあって、いつもより人が多い」


「なんか強そうな人ばっかりで緊張する」


「みんな入学希望者ってわけじゃないよ。ジェイダは専門職に就くための登竜門、貴族が金と権力を使うせいで狭き門になったけど……ちなみに僕は一年早く先輩だよ」


「そうだったんだ! オセロットくんのときは試験はどんなだった?」


「まず学科試験があって模擬試合。次の日、試合結果を考慮されたチームが組まれ、そのメンバーで森に行き素材の採集クエスト。無事に帰って来れさえすればいいんだけど、貴族のアホどもは持ち込んだ高価な素材を賄賂のように提出してるよ」


 鼻で笑うオセロットくん。リップさんのお屋敷でも堂々とした振る舞いで感心していたら、彼も貴族だとセバスさんが教えてくれた。彼の育ちの良さは立ち居振る舞いに現れ、微笑み方は品がいい。


 何よりも毛並みが素晴らしいと私は思う。山吹色のエンジェルリングの艶のある髪から生えた黒い獣耳、そして何と言っても斑紋のある模様をした豹のような長い尻尾。この優雅さと毛並みはネコ科の獣人族でもピカイチだと思う。だが彼はどこか貴族を毛嫌いした節がある。


 この世界の貴族の位はヨーロッパやロシアに用いられた五等爵公、候、伯、子、男の爵位はない。元々爵位とは官職として使われていたもので、王権の弱体化によって世襲制のように捉われているが本来は任期制だったらしい。


 だがこの世界では王様が収める国という概念そのものがなく、世界中が一つの国になっている。地方議会があって、ラグゥサに中央議会がある。だから爵位はない。


 リップさんの家系は領主だが、代々街を取り仕切る役割をしていて最初は小さな村からあそこまで大きくしたらしい。始祖の世代からの大貴族だ。ここを上流貴族というらしい。オセロットくんの家の場合は歴史は浅いが商家で伸し上がり、ジョブランクも高い当主が政府の仕事を請け負う大金持ち。実力派のような印象。だが中流貴族と区切られる。歴史もジョブランクもお金もそこそこだと下流貴族。税金も払えて没落しない限り、ほとんどが世襲制。


 庶民の人は商業、土地代、冒険者もクエストを受け手数料を納める。つまりジョブランクで中流貴族まではなれるが、上流貴族は生まれ持った血で決まる。やはりどこか差別的でどこまでも血がつきまとう世界だ。


 訓練に付き合ってくれた時のオセロットくんは戦闘センスや身のこなし方が、同じ歳なのにこうまで違うのかと差を見せつけられた。聖騎士のリップさんにさえ引けを取らないようにも見えた。亜人の身体的強みだけでなく、並々ならない修行をしてきたのだろう。友達として私も鼻が高い。なんと言っても尻尾が美しいし、正直モフモフしたい。


「なにか……よからぬことを考えてない? 芽衣」


「いやいや! オセロットくんと歩いてて友達として鼻が高いなーと思って」


 正直に思ったことを伝えた。オセロットくんは丸々とした瞳で驚いた表情になり、猫のように目を細め同世代らしからぬ艶かしい表情で笑う。


「必要なものを買い揃えようか、まずは身につけるものだけど……ドワーフは刃物に強い金属製、芽衣には重いと思う。エルフは魔法に強い繊維製だから軽いけど丈夫、一番向いてるんだけど彼らの品はとても高価なんだ。亜人は軽くて動きやすく値段も手頃な革製品を作るのが上手い。冒険初心者ならここで買い揃えた方がいいかも、どうする?」


「革製品でお願いします」


「了解、僕の知ってる道具屋に行こう」


 強引に手を引かれグイグイと引っ張られる。珍しく強引なオセロットくんだ。


 街ゆく人たちは格好も様々だった。甲冑を着た鹿のパラディンがいれば、コウモリの翼の生えたボーガン使いや、鎌を持った死神みたいなカマキリのような亜人もいた。大きな斧を肩に担ぐそのまんまゴリラまでいて、首がちょん切られないか横切る時ヒヤヒヤした。


 この街はどちらかといえば体を使うような武闘家や戦士が圧倒的に多い。魔法使いは亜人には少ないようだ。変に目立たないようにした方がいいかもしれない。だが私は盾の扱いは上手いとリップさんに褒められていた。後は剣か槍でも使えたらいいのだが、防御に集中すると攻撃がからっきしで一つのことに集中してしまい全く器用じゃないタイプ。この課題を乗り越えれず本番を迎えてしまった。


 そもそも焦りすぎたのかもしれない。種族も亜人にしてるのだし、新聞配達でもしながら勉強するのも手かもしれない……


 いけない、弱気になってマイナス思考に陥っている。時間を惜しんで応援してくれた人もいるのだ。負けられない。首を左右に振り、情けない考えを払う。


 服装はなるべく動きやすいものにしたい。模擬試合では盾で身を守るより、相打ちくらいの気持ちで挑もう……。


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