第9話 -2 アレ





「ナマケベアか。この時間に活動するのは珍しいな。何か錯乱するようなものを食べたんだろうか……毒が入っていたらこの肉は食えないな」


 リップさんが様子を見に戻ってきた。櫂もナマケベアの周りを嗅ぎ回るが毒が好物の櫂が手を付けない。珍しいなと思い鑑定してみた。


【ナマケグマ:LC:状態魔狂い】


 魔狂い……これはドラゴンの飼育の本に書いてあったが、魔狂いとはモンスターが魔石を全く食べないと凶暴になり狂ったように行動することだ。櫂は放し飼いだから自分で取りに行けるようだが、生まれた時から飼い馴らし自然を知らない薄墨のような場合、金平糖のような魔石を定期的に与えないと魔狂いになり、殺処分することになる。


「リップさん、もしかして魔狂いじゃないですか? 櫂も食べないし、本で読んだ症状に似てます」


 一応わからないふりをして言ってみた。


「そうか、だからこんな行動を……ではこの肉は食べられないな。このままほっとくと毒性の瘴気を出すから焼いて処分しよう。オセロットも捨てた方がいい」


 リップさんが魔水の入った瓶を取り出し、水のエレメントを付与しながらオセロットくんの爪の血を綺麗に洗わせた。残りの魔水を火の油にし、ナマケベアにかけた。火は青い炎になり身体を包みこむと、鼻が曲がりそうな腐った匂いがした。胸が焼けそうな嫌な空気も魔狂いの証拠らしい。浮島の瘴気と似ている。


「魔水がかかったものしか火はつかないから森には燃え移らない。さあ行こう、煙を吸わないように」




 さっきの醜態を挽回しようと、いつでも戦いに参加できるよう気合を入れ直した。覚えたてのサーチもよく反応してくれた。だがオセロットくんの目と鼻の索敵に比べたら感度が強すぎて、何にでも反応するので状況判断が追いつかず実用的ではない。


 攻撃の殺気もリップさんの方が実践経験からか、隠れて襲ってくる敵にも素早く反応し何度も助けられてしまった。


 櫂と協力しようにも、意識を集中すれば敵のモンスターの断末魔が聞こえては罪悪感に悩まされた。弱音を吐いてはいけない。そうなれば肉も野菜も食べられない。何にでも悲観的になりすぎている自分を叱咤して櫂に攻撃の指示を送るが、ことごとく相手を毒でドロドロにしてしまい上手く伝わらない。


 その後に出てきたモンスターに魔狂いはいないものの、空を飛ぶキラービーに放った私の魔法はあさっての方向へ、ホーンラビットの突進に逃げ回り、スライムには逃げられた。


「まぁまぁ芽衣、そんなに落ち込まないで………ップ!」


 落ち込む私を慰めようとしたオセロットくんは堪えきれず、ついに腹を抱えて笑いだした。


「ううーひどいよー! 私だって必死なんだから」


 オセロットくんが笑い終わると、またスライムが出現。構える私にスライムが体当たりをかまし、引っくり返った私を放置し逃亡する。吹き出す音がまた背後から聞こえた。


 あっという間に日は沈み、野営の準備に取り掛かることになった。火を囲みながらリップさんが作戦を錬ってくれた。


「芽衣、後方から撹乱する遠距離タイプを心がけろ。オセロットのように近接タイプの早さと手数を得意とするタイプではないんだ。じっと状況を見て時には一歩も動かず、仲間が離れたとき確実に攻撃を当てるんだ」


「はい……」


 リップさんは最後まで励ましてくれたが、ついに頭を抱え地面に図を書き一人で唸りながら考え込んでしまった。あんなに付きっきりで特訓してくれたのに、全く報いれず申し訳ない。


 膝を抱えているとサーチが反応した。一体近くにいる。オセロットくんも気づいてるようだが木の上で寝そべり降りてこない。ニヤニヤと、私がどうするのか楽しむつもりらしい。


 悔しい思いをバネに、反応した方へ単独で向かう。次こそは絶対に仕留めてみせたい。茂みの向こうからカサカサと音がする。なるべく気配を隠し、しゃがんで茂みから覗くと、ギャギャと鳴きながら飛び跳ねる一体のモンスター。暗くてよく見えないがシルエットで鑑定をしてみた。


【ミヤコホラアナゴキブリ:VU:状態異常なし】


 おかしいな、さっきも二人がナマケベアと呼んでいたのにナマケグマになっていた。シルエットはとてもアレには見えない。この森ではスキル鑑定が狂っているのだろうか?


 闇に慣れてきて姿が見えた瞬間、生理的嫌悪感がゾワゾワと鳥肌になった。緑色の毛のない肌、よだれを垂らした醜い顔、ボコボコした小さい体。ゲームの雑魚キャラ、ゴブリンだ。


「うえっ」


 声が洩れてしまいゴブリンに気付かれた。目が合い、私はまた体が固まってしまった。ゴブリンは嬉しそうに下品な動きを見せ、飛びかかってきた。


「いやーーっ本当にいやーー!!」


 絶叫して杖を向けた。杖先から稲妻が飛び出しゴブリンと繋がった。稲妻は宙に浮いたまま暴れるゴブリンに電撃を流し続け、断末魔が消えると光は消え、ゴブリンがどさっと地にひれ伏した。


 冷や汗が流れる体は呼吸も早く、心臓がまだ早鐘を打っている。またゴブリンが動き出す前に私は素早く立ち、その場から逃げ出した。リップさんが私の悲鳴を聞いて駆けつけてくれ、彼の背中に隠れゴブリンのいる方を指差した。


「どうしたんだ!?」


「あ、あれが出たんですーーっ! ま、また起き上がるかもしれません!」


「あれとはなんだ芽衣!?」


 私の慌てぶりにリップさんも動転する。


「リップさんほら、ただのゴブリンですよ。芽衣が一人で討伐したんです。死んでますよ」


 木の上を移動したのだろうオセロットくんがゴブリンを持ってきた。腕を掴みダランと吊るされたゴブリンは確かに死んでいるようで、身体が焦げピクリとも動かない。目にするのもおぞましくゴブリンを視界からそらす。


「すごいじゃないか芽衣! どうしてそこまで怯える? もう死んでいる」


「……生理的に無理……です」


 リップさんはとても不思議そうだ。オセロットくんはニヤリと笑い、ゴブリンをさらに吊るし上げ頷きながら私に目を向ける。


「芽衣、これどうする? 芽衣が狩った初の獲物だし、地域によってはゴブリンを食べるとこもあるんだけど?」


 ブンブン首を横に振った。食べるなんて想像したくもない。勘弁して欲しい。櫂がピューと声を鳴らし、ゴブリンに行こうとする。食べる気だ!私は慌てて櫂に飛びついて止めた。


「櫂、お願いだからそれだけは食べないで! 絶っ対に嫌!」


 懇願する私に櫂は残念そうな高い声を出した。


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