とりマ マ法少女って、マ?

シデーノ

第1話 ハロー、魔法少女

 トウキョウを襲う謎の生命体。それを倒せるのは、ネットで話題の魔法少女だけ。

 これは、とある魔法少女の物語。


その魔法少女は、颯爽と人混みを抜けていた。

流れるような長いポニーテール。オレンジのワンピースに真紅のマント、帽子のピンクのハートが風に揺れる。しかし、真っ赤な瞳はキッ一点を見つめていた。

「はっ!」

厚底のワインレッドのブーツが地面を蹴れば、あっと言う間に信号機の上。

 野次馬で集まった人々が、スマホを掲げる。

 パシャリ。

 シャッター音。

「観念しなさい、化け物!!」

 そんな群衆に目もくれず、少女は上を見上げる。

 手のひらを返せば、その手には金色のステッキ。

 その杖が指す先には黒い化け物。ヘドロ状で形が定まらないそれは、べったりとガラス張りの建物に張り付いていた。丸い目のようなものが、魔法少女の方を捕らえる。

 その黒いヘドロの合間には囚われた人々の姿が。

 逃げ出すのを諦めていた人々は、少女が助けに来たのを見ると、必死に抵抗を始めた。

「助けて!! いやー! 離せ! 化け物!!」

 そして少女、言葉共華(コノハトモカ)もとらわれた人の一人だった。

 諦めかけた思いを振り絞り、彼女も首から下を覆う黒いヘドロから逃れようと、必死に身をよじる。しかし、彼女の力ではびくともしなかった。

「みんな、待ってて。すぐに助けてあげるから」

 少女はもう一度飛び上がった。軽やかに、電柱の上を飛ぶように進む。

それに合わせて、ガラスにくっつくヘドロが端からめくれ上がる。剥がれたそばから小さく砕け散り、小さなコウモリへと姿を変える。耳障りな音をたてながら一塊となって、少女に向かっていく。

「あなたの攻撃、痛くもかゆくもないから!!」

少女はステッキを構える。

「これでどう!!」

金色の杖から眩い光が、放たれる。光を浴びた無数のこうもり達は、断末魔と共に黒い液体に戻り、地面にぼたぼたと落ちていく。

 少女は、第一陣を退治し終えると、一直線に化け物へと加速していく。いくつもの電灯の上を足場に、瞬く間に、化け物との距離を縮めていった。

 ガラスにくっつくヘドロが姿を変える。まるでこん棒のような形状になると、ものすごい勢いで少女に向かって飛んできたのだ。

「だから、効かないっていってるでしょ!」

少女はひらりと攻撃をかわしていく。

「やっ!!」

 少女の右足が、華麗な回し蹴りを繰り出す。

フリルスカートの中は絶対領域。

化け物が体勢を崩す。くっついていた窓ガラスに無数のひびが入る。その体重を支え切れず、ガラス片と共に黒い化け物は徐々に落下を始める。

捕まった人々ごと、ゆっくりと落下する。

捕らわれた人々から、周りで見守る人々から悲鳴が沸き起こる。

「落ちるー!」

 共華も甲高い悲鳴を上げた。

「危ない!」

少女は地面に向かって杖を向け、くるりと一周。

瓦礫まみれの地面に赤い光が走る。巨大な円を描き、内側に向かって幾重もの複雑な線が走った。それらは複雑に絡み合うと、ふわりと浮かぶ。

真紅の網。

黒い化け物と共に、落ちてくる人々を受け止めたのだ。

「くらいなさい!」

共華の頭上から声がすると、少女の手には金色の剣が握られていた。

電柱を蹴り、ふわりと宙に舞う。その小さな姿は、黒い影に向かっいく。

剣が光を帯びる。赤い光が少女を、周りを照らし出す。

「アモレム・フランマ!」

 剣を大きく振り下ろすと同時に、大量の炎を吐き出した。化け物に剣が触れると、炎は波紋のように、その全体に広がっていく。

 化け物の断末魔。

 その体は炎に焦がされて動かなくなった。

共華を縛り付ける黒いヘドロも、炎に包まれて溶けていった。しかし、彼女を炎は傷つけず、温かく包み込んだ。

その炎も、一陣の風吹いて消えてしまった。

ピロン。カシャ。周りから人々が写真を撮影する音が聞こえてきた。同じく捕らわれていた人だろう。

「私、助かったんだ…よかったぁ…」

 共華は安堵に胸を撫でおろした。

「魔法少女ファボリテ」

 そして、ツイッターをにぎわす謎の魔法少女の名を口にした。

「また、助けられたんだ」

 彼女は、このトウキョウに突如現れた黒い化け物の数々を、たった一人で、相手にして倒しているのだ。

 共華はスッとスマホを手にした。ツイッターを開けば、無数のリツイート。呟きのアカウントは「魔法少女♡ファヴォリテ@Favorite」。

 一番上のつぶやきには、剣を振り上げた少女の姿。

少女はなぜかツイッターに投稿しながら、化け物を倒しているのだ。

 自作自演乙、となじる声もありながら、まるでアニメの世界から飛び出してきたような少女。ネットでは空前の人気となっているのだ。

「何が、魔法少女よ」

 どこか冷めた目で、共華はツイッターを追っていた。

 スクロールする手は止まらない。

「本人も周りの人達も。SNS映えとか、可愛いとか…人が死ぬかもしれないのに、なんでそんな浮かれてられるの…? 」

 果敢に化け物を倒す魔法少女の姿。キラキラとSNS映えを目指す魔法少女。それぞれを思い浮かべて、共華は胸の辺りを強く握った。

「ふざけてる場合じゃないでしょ…」

「よっと」

 カツンとヒールの音がして顔を上げれば、よりによって共華の目の前に魔法少女が降り立ったのだ。あんなにも激しい戦闘の後なのに、スカートのフリルも、真紅のコートもきれいなまま。

 しかし、彼女の顔はなぜか明るくなかった。

「こいつでも、なかったのか…」

 かわいい魔法少女からは想像できないような暗い声。

思わず、共華はその姿をじっと見つめてしまった。

数秒の沈黙。

ふいに、ファボリテが顔を上げ、そして共華を見た。

数秒の気まずい沈黙。

「あら!ねぇ、よかったら一緒に記念撮影なんてどう?」

 先ほどとはうって変って、ファボリテはニコリを笑いかけてきた。

 画面の向こうの言葉でなく、彼女の耳直接届く言葉はハスキー声だった。共華は、初めて魔法少女と言葉を交わしたのだ。

 アニメ声を想定していた共華は、返事をするのが遅くなってしまった。

 思わず目を見開き、じっと少女を見つめた。

「大丈夫」ファボリテは瞬く間に距離を詰める。「加工しとくから! はい、スマホみて…」

 少女は手にした剣を振るうと、金色の棒に戻る。先端にはピンク留め具。そこに少女のスマホが付けられていた。

 それは魔法のステッキというよりは、もはや自撮り棒だった。

「はい!」

 眩いフラッシュ。かわいいシャッター音。共華は瞬時の自分の表情がこわばっているのを感じた。

「うーん。あなた表情が少し暗いわよ。スタンプで隠しとくから、平気だけど」

 顔も上げず、少女はスマホをいじりだす。

 その横顔は、どことなく幼げな、少女の顔だった。

 自分とさほど歳は変わらないのかもしれない。そう共華は思えた。そう思えたこそ、こうやって自撮りを気にしている彼女の姿に、得も言われぬ感情を抱いた。

「はい、投下っと」

 ほとんど間もなく、共華のスマホが震える。画面を見れば、チャットアプリの通知。

-ファボリテの後ろに映ってるの、もしかしてともかっち?-

 共華は、スマホを握る手に力がこもるのがわかった。

ギロリとファボリテを睨み、カツンとスマホの画面を指先で叩いた。

「あなたさ」

 心の名もなきもやもやを乗せて、共華は言葉を吐きだした。

「なんで、魔法少女してるのよ?」

「え?」

「スマホ映えとか、人の命がかかってるのに、なんでそんなチャラチャラできるの? そんなので本当にいいと思ってるの?! 違うでしょ?!」

「好きでやってるわけ、ないだろ」

「は…?」

 さっき聞いた、低くて冷たい声でファボリテは答えた。しかし、少女の表情は一瞬で明るくなる。

「ま、これにて一件落着! またね!」

 少女はくるりと後ろを向く。地面を蹴って、宙に舞い上がる。

その後を、音もなく伸びた黒い触手が追う。

「あ」

 悲鳴をあげた時には、ファボリテは捕らえられていた。

「やめて…離して…」

 抵抗する間もなく、くるくると締め付けられてファボリテは身動きがとれなくなった。

「ファボリテ!」

 共華は急いでスマホを操作する。

「こういう時は、警察で…いいのかな」

 震える指先は画面を操作できない。

 いや、化け物に対しては警察は無意味だ。

 助けを求めようと周りを見るも、ついさっき解放された人々は、蜘蛛の子を散らすようにその場を立ち去っていた。

 少し走ってその光景をスマホに閉じ込めるものもいる。ただただ、スマホの画面に視線を落として、何もしない人もいる。

 共華は、その光景を茫然と見つめていた。

アプリを起動し、ファボリテのアカウントを探す。万を超えるフォロワー。少女のフォロワーなら、助けてくれるかもしれない。

そして、その一番上に表示されるつぶやき。

「捕まっちゃった、助けてぇ(> <)」

 その場に不釣り合いな呟きが投稿されていた。

瞬く間に無数の言葉たちがぶら下がっていく。

やらせだ。

かわいそうだ。

無数の形だけの言葉が紡がれていく。

「呟くだけで、みんな他人事じゃん」

 共華はいつしか、間接が白くなるほど強く、スマホを握りしめていた。

-リプばっかしてないで-

 彼女は怒りに任せるように、指を走らせ、言葉をつぶやいた。

-誰か助けてあげなよ-

 続いて呟こうとした言葉を打ち、共華は入力した言葉を消した。

 何もしようとしない言葉だけが、流れていく。無数の批判、無数の応援。

 それらはアッという間に電脳の海に消えていった。

 目の前の少女を見上げた。もう周りには誰も居ない。目の前の少女へ手を伸ばすも、あまりにも遠すぎる。

「これで全部終わり」

 目の前の少女はほとんど抵抗しない。

「なんで、抵抗しないの」

聞こえないはずなのに、共華は声に出していた。

「なんで、誰も助けてあげないの」

 手を引っ込めながら、共華はキッと唇を噛んでいた。

 ピロンと通知を知らせる音がした。画面を開けば、新しいリプライが1件。

―それなら、あなたが助けてあげればOKでしょ!―

 共華が気付くより先に、スマホが浮かび上がる。

「え?」

起動していたアプリが全て閉じられ、ホーム画面が表示された。そして、中央の青い鳥のアイコンが点滅したと思うと、機械の声が耳元で鳴り響く。

―目の前の魔法少女を、助けたくはない?―

 振り返るも、誰もいない。

―今は君しか助けられないと思いますよ。みんな関心があるように見えて、無関心ですからね―

 逆側から振り返るも、何もいない。

―さぁ、アイコンをタッチしてください!―

 アイコンの点滅が早くなる。

共華は、恐る恐るスマホに手をのばす。点滅するアイコンに指先が触れる。その瞬間、青い鳥が画面から飛び出してきたのだ。

 勢いがあり過ぎて、思わず共華の額に衝突してきたのだ。

 痛い。

―やあ、トモカ―

「あ、あなた、だれ?!」

―それよりも、早く魔法少女を助けないと―

 青い鳥は共華の目の前で静止する。

―さぁ、魔法少女になる、準備はいいですか―

「え?!」

―みんな大好き、変身のお時間です☆―

 その瞬間、共華の足元が光輝いた。地面から透明な塊が盛り上がる。それは冷たい氷。足を伝い、膝まで伸びると、キーンと甲高い音と共に砕け散る。

 ローファーだったはずの靴は、青いブーツに変わる。

「え、ちょっとこれ」

 足元が回り、遠心力で広がったスカートは、紺のスカートからふわりとひだがついた青いスカート。端には雪のように白いレース。

 慌てて前に突き出した手も、指先から冷たい透明な氷が覆っていく。手のひらで払いのければ、そこには青い手袋。

 胸に手を当てればそこから氷が広がり、ブレザーが砕け散る。透き通るようなスミレ色のシャツと青のジャケットを羽織る。

 後ろを振り返れば、背中からスミレ色のリボンが伸びた。

 どこからともなく現れた帽子には白い羽が二つ。頭にかぶれば、青いツインテールが揺れた。

「魔法少女、ツイート!」最後に何をしゃべればいいのか、トモカにはわかっていた。「あなたのハートにリツイットしちゃうんだから」

 そして、決めポーズ。

―初めての変身にしては落ち着いていましたね。魔法少女の素質、ばっちりですよ☆―

「どうなってるの?」

「魔法少女を助けるためには、力がいる。魔法少女には力がある。ゆえに、トモカは魔法少女になるしか助ける道はなかったわけですよ」

「何言ってるの?!」

―さぁ、さっさと敵を倒しちゃってください。あなたの武器は、その自撮り棒!―

 いつしかトモカの手には銀色の杖が握られていた。先端に青い留め具のついた、まごうことなき自撮り棒。

「こんな棒で殴っても、なんにもならないじゃん!」

―振るだけでも十分効果がありますよ―青い鳥が、黒い化け物を見やる。―…今です!―

 次に何を言うべきかも、トモカにはわかっていた。

「トティウス・グラキエス!!」

 青い光が化け物に広がったかと思うと、光は氷となって化け物を覆い尽くす。その速さは、化け物が抵抗する間もなかった。

 あっという間に氷像の出来上がり。もう一度ステッキを振るえば、いとも簡単に砕け散ってしまった。

 今度こそ、化け物は断末魔を上げながら地面に倒れこんだのだ。

「私…倒しちゃったの…? あの、化け物を…」

―よくやりました! いつ何が起こるかわからないから、気を引き締めて頑張ってくださいね―

キラキラと輝く氷の欠片の中を、ゆっくりと少女が落ちていった。ガツンと、痛そうな音。

「あ、ファボリテ…? ねぇ、大丈夫? 何か返事しなよ!」

―大丈夫。気を失っているだけ。トモカは少女を守り切ったんです―

 ファボリテを縛る化け物の上では依然として消えない。

「うぅ…この化け物の腕、重い…早くどけなきゃ」

―おめでとうございます、トモカ。これで君も立派な魔法少女です―

「あなたもこの子を助けるの手伝ってよ!」

―そんなことより、ほら。自撮りして今日の成果を報告してください―

「や、まって…」

 青い鳥の言葉に促されるように、トモカの腕は勝手にカバンからスマホを取り出した。

「体が、勝手に…」

自分のスマホをステッキに取り付けると、上に持ち上げる。画面の中に自分の顔と、気を失った少女の姿を収めた。もちろん、倒した化け物も入れ上がら。

 カシャリ。

―フォロワーを増やす。それが、魔法少女の宿命ですからね―

 青い鳥は、パタパタと宙と飛び回る。

―魔法少女リツイートの始まりですよ!!―

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