死刑囚への処刑ロボットが導入されたら

ちびまるフォイ

あなたは人の心がないんですか

カツン、カツン。


いやに響く靴の音を立てながら牢屋の前を二人で歩いていく。


「ここだ」

「はい」


先輩に促されて一つの牢獄の前で足を止める。

中にいた死刑囚は青ざめた顔で祈りを始めた。


「ひぃぃ、すみませんすみませんすみません……。

 お願ぇだから死刑だけは許してくださいぃぃ」


「バカ暴れるな! 抑えろ!」

「はい!」


「うわぁぁぁ! 死にたくない! 死にたくないぃい!!」


「落ち着け! ただの健康診断だ!」


「け、健康診断……?」


死刑囚ははぁとため息をついてその場に座り込んだ。


「何だ……おらてっきりお迎えが来たものかと……」


「俺たち看守をまるで死神の手先みたいに言うな」

「ほら立て」


一瞬見えた死刑囚の恐怖の顔はいつ見ても慣れるものじゃなかった。

すでにこの手では何人ものの死刑囚を殺している。正確な数はわからない。

死刑執行ボタンは複数人で押すため、誰が殺したのかはわからないようになっている。


人を殺したという罪悪感を分散させるためという。


「……先輩、俺もうダメかもしれません」


「なんだ急に」


「先輩みたいに非情になれないんですよ。

 さっきみたいに恐怖した顔を見るたびに俺も怖くなる。

 いつか、いつかあの世で俺が執行した人が待っているかと……」


「私は気にならないな」

「先輩はすごいですね」


「ただ、このままお前に辞められるのも困る。

 お前がきて死刑囚もリラックスしているし手を考えよう。

 私の仕事はお前を一人前へ育てるのも仕事であるわけだしな」


しばらくして、監獄には死刑ロボットが導入された。


「先輩これは……?」


「死刑誘導ロボだ。今まで私達が死刑囚の元へ行って、

 死刑日だと宣告し、死刑を執行してきただろう?

 それだとお前の人の心が壊れかねないから、

 そういうキツい仕事をロボットに任せるようにするんだ」


「だ、大丈夫なんですか? なんかこう暴走したりして

 ターミネーター的に俺たちを殺しにかかるオチじゃないでしょうね」


「お前はSF映画の見過ぎだ」


仕事の中でも特にきつかった死刑関連の仕事はロボットに取って代わった。

ロボットは死刑日になると死刑囚のもとへ行き、自らの手で処刑する。慈悲はない。


けれど、死の直前に泣き崩れたり、後悔や別れ、許しを絶叫する死刑囚の断末魔を思い出しては寝れなくなる日々はなくなった。


「先輩、死刑囚ロボいい感じみたいですね」

「そうか?」


「はい。ロボットなので抵抗されても大丈夫ですし

 なにより心がぐっと楽になった気がします」


「それはよかったな。私はわからんが」

「先輩はここ長いからですよ」


ロボットを導入してから死刑囚との会話も増えた。


「そりゃ前は看守さんが来るってことは誰かが死刑になるかもって

 そういうおびえがあったからまともに話せるわけねぇよ」


「あはは。そりゃそうだ」


「でもあのロボットが来ねぇってことは

 今日は誰も死なねぇってことだよな。今日はいい日だ」


「今まで看守をどう見てたんだよ」

「死神」

「まじか……」


死刑囚とも人間らしい付き合いや信頼関係ができてきた。


「看守さん、なぁひとつ頼まれてくれねぇか。

 実は……子供が誕生日で手紙を書きてぇんだが

 こういうときどんな言葉を送ればいいかわかんねぇんだよ」


「そんなの自分の言葉でいいだろう? ハッピーバースデー、とか」


「こんな死刑囚の父親からの手紙なんて欲しくないかもしれねぇ。

 だからちょっと家族の様子を見てきてくれねぇか?

 もう新しい家族ができていたら雰囲気壊したくねぇんだ」


「わかったわかった」


死刑囚の住所を調べて家を訪れた。

家族に話を聞くとまだ死刑囚の父親を思っているようだった。


「けして許される人間ではありませんけど……。

 それでも私の人生の中では大きな存在ですから」


「パパ、いつか帰ってくるんだよね?」


「帰るのは難しいかもしれないけど……気持ちは届くかもね」


家族はけして忘れていなかった。

そのことを伝えたくて監獄へと一目散に戻った。


戻るなり先輩に止められた。


「おいちょっと待て」

「どうしたんですか先輩」


「実はな、死刑ロボットが故障してしまったんだよ」

「え?」


「明日には死刑がひかえている。修理業者が来るまでは

 前みたいに私とお前で執行するぞ」


「そ、そうですか……」


ずんと気分が重くなった。


「それで明日は誰が?」



 ・

 ・

 ・



カツン、カツン。



「あ! 看守さん! 家族に会ってきてくれたかい?

 手紙はまだ途中でよ。先に答えだけ聞いておこうと思って!」


「出ろ」


「……看守さん?」


「早く出ろ」


死刑囚はなにかを感じ取ったらしく血の気が引いていく。


「そんな……だって……看守さんのときは死刑じゃないって……」


死刑囚は抵抗する力もなく引きずられるように処刑場へと誘導される。

先輩は事務的に処理と準備を進めていく。


「なぁ頼むよ。最後に時間をくれねぇか。息子の誕生日なんだ。

 手紙くらい書かせてくれよ。言いたい言葉がたくさんあるんだ」


「渡してある遺書に書けばいい」


先輩は冷たく答えた。


「こんな量じゃ足りねぇんだよ! なぁ看守さん! 頼むよ!

 1日いや半日でいい! 時間をくれよ! ずっと、ずっと話してくれたじゃねぇか!」


脳裏に父親の話をする奥さんと子供の顔がよぎった。

死体処理の業者の予約もある。この後の段取りもある。

ここで遅らせることは以降すべての歯車を破壊することになる。


「……」


「看守さぁん!! お願いだよぉ!!」


涙ながらに訴える死刑囚の顔を見ながら先輩と同時にボタンを押した。

死刑執行の音ともにひとつの命が失われ、俺の心も死んだ。


「片付けるぞ」

「はい」


男の体を粗大ごみのように事務的に処理していった。

もう何も感じることも考えることもなくなった。



その後、やってきた修理業者を俺と先輩で出迎えた。


「お待たせしてすみません。修理するロボットはこれですか?」


「はい」


「ありゃ。これは内部パーツがいかれていますね。

 ロボットは部品が劣化するから定期的なメンテが不可欠なんですよ。

 結構前から動かしっぱなしだったでしょう?」


「そうですね……」


俺は謝るように顔を伏せた。


「この処刑ロボットはうちでちゃんと直しますから安心してください。

 合わせてメンテもして新しい部品に変えときますよ」


「ありがとうございます」




「あ、せっかくですし、そっちの人型ロボットもついでにメンテしときますか?」



業者は先輩を指さした。

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