第37話 宿泊先にて
移動日。
壮行会で大勢の人達に激励の言葉をかけられ、見送られてバスに乗った俺たち弘前高校野球部は、専用バスの長時間移動を経て目的地へと到着した。
「ここが今日から我々がお世話になる、温泉旅館『不朽苑』だ。事前に連絡した通り、ここにはもう1校の甲子園参加校が宿泊する。けして喧嘩したりしないように。あと、はしゃぎすぎて一般のお客さんに迷惑をかけたりしないようにな。県の代表として自覚を持った行動をするように。いいな!」
「「「はいっ!!!」」」
平塚先生の言葉に、弘前高校野球部の面々から元気な返事が返る。
「そして近辺に鉄道の走っていない、自然の多い温泉旅館。脱走にはタクシーを使って最寄りのバス路線から宝塚市か、電車を使って大阪まで出る方法が考えられるけど、夜が遅くなると宿周辺の交通手段が途端に無くなる。脱走は割に合わないと承知しておくように。もちろん温泉宿なだけに、大人向けのバックドア的なサービスも探せばあるとは思うけど、未成年には無縁のものだから、変な事は考えないようにね?宿の人から通報が入ったり、まかり間違って兵庫県警のお世話になった場合、物理的に吊るすから」
「「「へぇーい」」」
山崎の念押しに、気の抜けた返事を返す面々。
そうそう。真面目に高校球児しようぜ。でかいホテルみたいな建屋まである温泉宿だし、調べたらプールとかもあるみたいじゃんか。温泉めぐりと施設散策だけで暇つぶせるぜ。
「各部屋の班長は、部屋の鍵を無くさないように注意しろよ。必要経費は後で出すから、必ずコインロッカー等を使用して、貴重品管理も必ず行うように。緊急時はホテルのフロントに連絡すること。あと、見回りも不定期に行う予定だ。下手な事はするなよ」
平塚先生も注意してきた。
昔の旅館みたいな大部屋とか無いから、弘前高校が借りた部屋は、ファミリー向けの4人部屋が3つと、2人部屋が1つ。先生を含む3年男子が1部屋、2年が1部屋、1年男子が1部屋。そして女子が1部屋。女子の部屋だけがちょっと離れているが、ほかは近い。
つまり先生の監視は行き届くというわけだ。3年部屋は言うまでもなく、2年1年の無法も許されない。当然だ、と思う反面、少し残念なのは何故だろう。旅行気分だからか。
「まぁ遊ぶ時間はそんなに与えないつもりだけど」
「「「へぇあ?!」」」
山崎が何やら言いだした。
「悟。黒いスポーツバッグが2つあるでしょ?」
「ああ…あのクソ重いやつか。なんかタオルがぎっちり入ってたけど」
中身を出してまで確認はしなかったが、奥には何が入ってるんだ。
「一つあたり、自重が45キロくらいあったはずだけど」
「おめぇ何持たせてんだよ!!」
1人で2つも持てないから、竹中と1つずつ持ってバスの貨物に放り込んだけどさ!
「中身は組み立て式のベンチプレス棒、1本あたり10キロが4本。それとダンベルをバラしたものが4組ね。筋力維持が目的の器具よ。宿にトレーニング室は期待してなかったし、部屋での自主トレは禁止されてないから。素振りとかは他のお客さんの迷惑もあるからできないかもしれないけど、こういうのは問題ないでしょ。部屋に着いたら、中身を分けて部屋に1組ずつ置く事。時間を無駄にしないようにね。暇な時はスクワットよ!」
やる気ではあるんだな。甲子園で勝つという気持ちはあると。
「休むなとは言わない。あたし達は地元でもそうだったでしょ?やる時はやる。休む時は休む。効率的に、考えてトレーニングをする。いつもと同じようにやれ、っていうだけの事よ。旅行気分でいつもの調子を崩したら意味ないわけ。ただでさえグラウンド練習が1日2時間とかに制限されるんだから、自由時間まで全部遊んじゃったら、一気に鈍って体調も崩すわよ?現状維持。それを各自、肝に銘じなさい」
こういう時に思うけどさ…こいつホントに監督というか。まぁトレーニングコーチなんだけどさ。
「プール開きされてるんだっけ?ひたすら水に浸かって泳ぐんなら、それもアリかな!」
「「「それいこうそれ!!」」」
折衷案があったみたいだし。元気の良い返事が返る。
「もちろん筋トレもするのよ」
「「「へぇーい」」」
気の無い返事が返された。
※※※※※※※※※※
とりあえず今日の予定は何もなし、夕食までは自由時間、という事で宿の散策組とプール直撃組とに大きく分かれた俺たち。むろん俺はプール組だ。安い水着を速攻で購入してプールへと向かう。
「…おっ。なんか、あれ…」
前を行く岡田先輩が、プールで水に浸かるお客さんを見て口を開いた。なにかな?奇麗なお姉さんのお客さんでもいたのかな?
「学生っぽい集団がいる。女子もいるな」
おや。地元学生かな?宿泊客じゃなくてもプール利用できるのかな?温泉旅館だと、大抵は温泉のみ利用、とかだと思うんだけど。
「おっ」「あっ」「学生?」
向こうも気づいたみたいだ。
「「あっ!」」「北島くんじゃない?」「北島だ!!」
えっなに。俺?俺なの?思わず辺りを見回すが、他に北島というワードを気にしている人はいないようだ。
「何あれ。お前の知り合いなの?」「友達?応援客?」「だれよ」
「いや、覚えがないんスけど」
とはいっても、弘前高生を全員覚えているわけじゃないし、弘高の生徒かな?とりあえず近づいてみるか。
「君やっぱり北島…くん?弘前の」
「ええ、そうっスけど」
弘前応援の地元市民かな?
「いきなりゴメンな。俺たち、同じ宿の岩滝商業の野球部だよ。よろしく」
「「よろしくー」」
おおお。お仲間だったか!!
「こちらこそ、よろしくお願いしまっス」「「「よろしくっス」」」
野球部っぽくごあいさつ。
失礼します、と言って水に浸かった。なんか変なかんじ。
※※※※※※※※※※
「いやー、北島くん注目されてるよ」
「マジっスか。そういうの地元だけかと思ってた」
「いやいや、県予選じゃ三振無し、空振り無しで打率10割で、前にランナーがいなけりゃ最低でも2塁打以上でしょ?ベスト8以上じゃ本塁打か敬遠かって話だし。もう充分に都市伝説級のモンスター扱いだってば」
「言われてみるとスゴイかも」
本人に自覚が無いってのもすごいなー。あはははは。
などと笑われてしまう。のだが。
われわれ弘前野球部員としては、傍若無人にてやりたい放題、有無を言わさぬ最強無敵のモンスターが身近にいる以上、こと野球選手としては調子に乗りすぎるような事は無いのだ。何やらすごく評価されたとしても「いや山崎がいるしなぁ」で片付く。
あまり調子に乗りすぎない。それが弘前野球部の風潮なのだ。これは事あるごとに調子に乗りすぎてひと暴れする山崎の、反面教師としての教育効果もある。
「しかし女子マネージャーが4人っスか。うらやましい」
プールに浸かっている女子学生は、みんな岩滝商業野球部の女子マネだった。
「うちは部員の数だけは40人くらいいるから。マネージャー需要も大きいんだよ」
「弘前は弱小なんで。女子マネも1人いるだけでも幸せです」
「君らの女子マネはプールに来ないの?…あと、あの女子選手の…山崎さんとか」
岩滝商業の佐久さん(2年男子)が、もにょもにょと言う。
うむ分かったぞ。こやつ、おっぱい星人だな。
そしてタイミングを逃さない女、それが山崎だった。
「なんか楽しそうじゃん。あたしも混ぜてよ」
声のする方を振り返ると、背後に大槻センパイを従えた山崎が立っていた。
もちろん水着で。
ビキニと呼ばれる水着だった。黒いフチの、黄色いビキニ。
ビキニと呼ばれる水着は、米国がハワイ沖ビキニ環礁で水爆実験をした時代に登場したものだ、という話を聞いた事がある。
女性の肌の露出面積が広く、『まるで水爆のような破壊力だ』などという、男性が受ける衝撃のイメージによって名づけられたとか。
「「「すげぇー!!」」」「「でかい!!」」「「ほんものだー!!」」
「でっかい!」「腰ほそい!」「グラビアモデルじゃん!」「格差!!」
言いたい事は分かるが、おまえら言葉を選べ。というか素直すぎるぞ学生。
まぁ確かに。パットの入っていない、胸の爆弾を見て『本物だ』と言いたい気持ちは分からんでもないのだが。あと岡田先輩と赤点先輩ども。お前らも少し自重しろよ。
よいしょー。と山崎が水に滑り込む。ゆさり、と水に揺れて浮く爆弾。
揺れた。浮いたぞ。確かに見た。やはり筋肉おっぱい説は妄言だったな。この脳内ムービーを馬鹿どもに見せてやれないのは少し残念だ。ふふっ。
山崎、そのまま水中を歩いて岩滝商業女子に近づくと、正面から軽くぶつかる。
「どいーん」「ひょえっ」
胸と胸をぶつけていた。胸に押されて後退する相手。なにやってんのこいつ。
「勝ったな!これが野球部の実力よ!!」
「格差!格差社会だよ!ずるい!!」
「ちょっと山崎さん!資産を増やす方法を教えてよ!」
「幸せはみんなで分かち合うべき!抗議する!」
「ちょっとさわらせてください」
山崎があっという間に岩滝商業女子に囲まれていた。途端に取り残される岩滝商業男子。女子同士できゃいきゃいやっているのを横目に、おとなしく水に浸かる男子たち。
「なんかさぁ…山崎さん、色々と面白いね。あとスゴイ」
「まぁ、そんなとこです」
野球の実力は後ほど大会でお見せします。
男子は男子で、ちゃぷちゃぷと水に浸かり、まったりと交流するのだった。なんかイメージと違う水遊びになったけど。なお、その時の大槻センパイはおとなしく隅っこの方で水遊びしていたという。
大槻センパイいわく。
「山崎さんのノリについていくのは楽じゃないよー」
ごもっともである。
※※※※※※※※※※
プールから出た俺たちは、ロビーでくつろぎながら、岩滝商業の皆と話をしていた。特に攻撃的な連中というわけでも、ヤンキー紛いの連中というわけでもなく、話しやすい連中だったため、自然とそうなったのだ。甲子園出場の生徒の気持ちとかに興味があったし。
「岩滝商業の2回目出場って、45年ぶりなんだ。そこまで調べてなかったわー」
「弘前は出発準備とかでバタバタしてて、参加校の情報なんて部員は調べてないし」
「そういうの、監督とか後援の人に丸投げだもんなぁ」
初参加というのもあるが、それが今年の弘前クオリティなのだ。
「ウチも45年ぶりの出場だし。まぁでも、今まで『偉大な先輩につづけ!』とか言われ続けたから、ひといきつけた、って感じだなー」
「ほんとそれは言われた」
「過去に1回出ただけなのに『古豪』扱いされたりするしな」
それぞれに苦労があるようだな。どこも大変だ。
「ところでプールでも言われたけど、もしかして他県でも、弘前の山崎とか北島って有名なの?わりと情報が錯綜してるんで、もうエゴサーチとかしてないんだけど」
「「「すげぇ話題だよ!!」」」
俺の言葉に、すかさずツッコミを入れられた。新鮮な体験だ。
「北島っていや、初出場の弘前を引っ張った主砲としても注目されてるけど、三振なし、空振りなし、打率10割でホームラン打ちまくりだろ?!1年だし、春大会も練習試合もロクにやってないから本塁打数はランキングにも入ってないけど、本大会記録ではランキング入りする可能性があるって、めっちゃ強打者注目されてるよ!!」
「あと山崎さんな!本選出場選手でわずか2名しかいない女子選手な上にレギュラー、打率10割で空振りなし、しかも初球打ちばっかり!こいつどんな目と度胸してるんだ?!って、山崎・北島コンビは色々と異名をつけようとしてる連中が迷走しまくりなんだぜ?!」
そりゃ初耳。異名ときたか。
「異名ってどんな?山北コンビとか」
山崎も乗ってきた。
「あー、それは『山北か、それとも北山か』っていう争いが続いてるな。打順そのまんまなら山北なんだけど、北島が4番だからさー」
「やたらと目がいいっていうんで、『ホークアイ』とか言ってる連中もいたなぁ」
「でも『初球打ちの山崎』ってのは普通に定着してたかな。珍しいところでは『ブラックバス山崎』っていうのもあったと思う」
なんですかその外来肉食魚な呼び名は。
「食えるとこにあるものは何でも食う悪食だって。ボール球でも平気で打つだろ」
あるある。ぬるい敬遠球を無理やり打った事もあるしな。
「あー、あと…ちょっと、よければ聞きたいんだけど」
少しだけ歯切れ悪く、聞きたい事があると口を開く佐久さん。
「あの、160キロって、本当?…いや、機械の故障とかいう説もあってさ」
「映像解析した連中とかは、ほぼ間違いないって言うんだけど」
そりゃまぁそうなるか。地元じゃヒーロー扱いだから確定事項だけど、実際に見た人じゃないと、なかなか信じづらいからなぁ。
「そりゃ、甲子園のスピードガンが証明してくれるんじゃない?比較対象も一日中いるわけなんだし。それこそ、ぐうの音も出ない環境でね」
にやり。そう表現すべき笑いで、山崎が言う。
「…じゃあ、解説の人が言ってたけど、ジャイロって言うのは?」
これにも山崎は、にやりと笑って答える。
「天下の国営放送の、4Kだか8Kだかの映像を解析すれば分かるんじゃないかなー?ボールがジャイロ回転するとどう見えるのか、けっこうキレイに映ると思うわ」
まあ下手に真似して怪我する人が出ない事を祈るけど、などとのたまう山崎。
どうやらこのあたりで、岩滝商業の人達も、山崎のキャラクターが大体つかめてきたようだった。苦笑しつつも、なるほどね。とうなずいている。
「まぁ俺たちは初戦で当たるわけでもないし、その調子で頑張ってくれよ」
「任せておきなさい。期待には応えてみせましょう!」
ふふん。と胸を張る山崎。
おおう、と岩滝商業の面々から歓声が上がったのは、自信満々な山崎の姿によるものか、それとも薄着の夏服を押し上げる2つの水爆の動きに釣られてのものか。
そんな交流の後に岩滝商業の面々とは、それじゃまた今度、と挨拶して別れた。
※※※※※※※※※※
「あ、そうだ。異名的なやつ、コンビ名だけど。北山コンビがいいかも」
夕食に向かう通路の途中、山崎がそんな事を言い出した。
ほほう。北が先に来る意味とは、いかに。
「アルファベット表記なら、【KYコンビ】じゃん?空気読まない感じね?」
「嫌過ぎる。というか、俺は空気を読むタイプだと自負している。納得いかん」
「空気読まずに、ばんばんホームラン打とうよー」
「空気読んだ上で打つんだよ!」
風評被害が伸びそうなコンビ名だ。これは却下だな。
ともかくこれから開会式、入場行進のリハーサル等を明日から行った上で、天候不順を避けて開会式。そして、俺たちの試合だ。
開幕第一試合。開会式直後の試合。それが、俺たち弘前高校の試合。
相手は東北の雄、私立聖皇学園。夏の甲子園出場回数10回の、文句無しの野球名門校だ。無名初出場の、県立弘前高校の記念すべき初試合は、過去に夏の大会を決勝まで勝ち進んだ事もある強豪校。それが俺たちのキャプテンの引いたクジの結果だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます