第30話 試合が終わって。監督のきもち

 F県、夏の甲子園大会、県予選トーナメント。決勝試合の終了後。


 応援団に挨拶をし、歓声に応える弘前高校野球部の選手たちをグラウンドに残して。

 監督兼、野球部顧問教師である平塚先生は、選手より一足先にF県新聞等のインタビューアーに囲まれていた。


『甲子園大会の出場権獲得、おめでとうございます』

「ありがとうございます」

『公立進学校、という事もありますが、失礼ながら前年度までの実績が皆無の無名校が、県予選優勝までの快挙。素晴らしい躍進ですね』

「ありがとうございます。これも選手たちの努力の賜物です」


 特に指導なんかしてません、とは言えない。指導したのは山崎だ。


『初戦から決勝まで、打撃力が素晴らしいものでした。やはり、勝てるチームに作り変える方法として、打撃力強化を最優先にしたのでしょうか』

「点を取れなければ勝てません。そのため、打撃力の強化は優先課題でした。幸いにして、選手の関係者がピッチングマシンを寄付してくださいました。そのため、変化球打ちを中心として打撃力の強化ができました。支援の賜物でもあります」


 これを言ったのは山崎だし、ピッチングマシンを寄付したのも山崎だ。


『最後の山崎選手の登板、見事なタイミングだったと感心します。点差を考えると少し遅かった気もしますが、やはり投球数や、明星高校の出方を見ていたのですか?』

「ご想像にお任せします。ですが、必要な対応だったと思っています」


 交代タイミングは山崎が出していたのだ。作戦的な事はわからないですよ。


『やはり気になるのは、超高校級という言葉では収まりきらない、山崎選手の能力ですね!もちろん、北島選手も素晴らしいものです』

「私としても驚きのレベルです。想定以上の戦闘能力と言うべきでしょう」


 山崎は高校選手の規格外というレベルすら凌駕している。野球能力とかスポーツ能力とかいう言葉よりも、戦闘能力とかいう言葉の方が、しっくりくる。ついでに言えば北島は山崎の10年来の舎弟で弟子だという。ぜんぶ山崎だ。山崎の教育の賜物だ。


『これほどの人材を半年もかからずに仕上げ、県予選突破可能なレベルまで指導した平塚監督の指導力は瞠目せざるをえません。一言では言い表せないと思いますが、あえて簡潔に口にするとしたら、どのような指導によって、でしょうか』

「選手のやる気を育つままに、自主性を邪魔せず、長所を伸ばす事に注力し、多少の混乱をあえて許容する事でしょうか。楽しく野球をする、その事を重視して選手の成長を見守る。監督のできる事など、わずかな手助けです」


 正直、雑用と練習後の炊き出しの手伝いくらいしかしていない。試合中なんて、ベンチの中で山崎の得意ポーズを真似して腕組んで座っているくらいだ。サインも出した事はない。やっている仕事は主にネット叩きと挑発にプチ切れる山崎のフォローに、抗議・削除依頼を出していたくらいだ。それが最近の仕事だ。

 山崎のやつ、こと野球に関してはわりとクレバーかつ情熱的に合理性を重視するのに、それ以外ではポンコツ女子みたいな感じになるのはどうしてなんだ。どうせなら完璧女子を目指したらどうなんだよ。野球以外の私生活が感情的かつ刹那的すぎるだろうが。


『ずばり、甲子園大会では、どれほどやれると思いますか?!』

「我々だけで甲子園は戦えません。支援される皆様の御力次第だと思います。その上で、全力を尽くして戦えるよう、選手一同がんばっていきたいと考えております」


 正直、資金力が無いのが弱小高の最大の弱点の一つだ。誰かたすけて。


『ありがとうございます。コメントありがとうございました』

「ああ、最後にひとつだけ。ウチの山崎は、普通の男子選手を遙かに凌駕する能力を持った規格外の選手ですが…それでも女子です。セクハラ的な発言が時折発信され、当校としても頭を悩ませています。メディア各所の方には、充分に御配慮ねがいたい」


 最近なんか【おっぱい筋肉説】とやらにプチ切れて『ビキニで揺らしてやろーじゃないの!動画をアップしてやらぁ!!』『やめろ山崎!野球部が休部になりかねん!』みたいなやり取りがあった。あの暴れん坊をプチ切れさせるのはホントやめて欲しい。


『たしかに。高校球児への配慮として、各所への連絡が必要ですね』

「よろしくお願いします」


 私の精神安定のために。


 ―――やっと終わった。インタビュー。

 正直、もうやめて欲しい。私、単に野球好きの数学教師なんだけど。

 弘前高校野球部が強くなったのは、単に山崎と弟子の北島のおかげだし。

 山田がキャプテン兼、監督をやってくれたら、私は顧問教師として隅っこの方で置物になってればいいんだよなぁ。偉そうな演技なんてしないで、ただ座っているだけで。


 しかも今後は甲子園かぁ………

 今から胃が痛い。


 いや、分かります。分かりますよ?!

 甲子園出場高校の、監督の座がとっても価値があるってこと。

 その座を得るために、必死に指導してる方々がいるって事も。


 でもね、私はそういうんじゃなくってですね。ただ野球が好きで、野球を好きな学生を支える仕事がしたくて、顧問とか監督を買って出てるだけでしてね?

 もちろん甲子園出場なんて、夢の一つではあったけれど。

 甲子園出場チームの監督業務とか、そういうプレッシャーのかかる仕事がしたいわけじゃなくってですね。ああああもう胃が痛いいいい。


 甲子園だと、勝っても負けても、監督とキャプテンにインタビューがあったかな…

 専門的な仕事は何もやってないんだもの。今から当たり障りのないコメントを考えておかないと……ただ沈黙するインタビューになっちゃうよぉ…。甲子園に行けるだけで充分なんだがなぁ。これが対価というわけか…


 応援席への挨拶が終わり、選手たちが戻ってくる。


「インタビューだよインタビューだよ!通路かな!専用のお部屋かな!!」

「甲子園本選じゃないから、そんな凄くはないだろうよ」

 山崎が北島と話しながら戻ってきた。あ、こっちを見たな。


「監督!インタビューまで、どのくらいの時間ありますか!」

 こいつ化粧をするつもりだな。顔洗うだけにしておけよ。


「なんて答えようかなー。ほらあたしって、最多得点打者だし、守備でもがんばったし、セーブ投手でもあるじゃない?答える事が多くてこまっちゃーう♪」

「すっげ楽しそう」

 ほんとにな。私とは大違いだよ。改めて聞くとすごい内容だが。


「加えて現行で高校球児最速のボールを放る、高校野球史上最速最強の超絶無敵美少女投手でもあるじゃん?へひひ。あたし、すごいわくわくしてきたよ!!」

「それよりも山崎。早く監督と行けよ」

「あれっ?!もうインタビュー?はやくない?」

「お前の予定だよ!試合後のドーピング検査の予約があんだろ!時間未定で待ってもらってるんだから、さっさと行ってやれよな!!」

「やっば忘れてたわ。監督ー!大槻せんぱい!行きますよ!」


 そういえばそうだった。私も忘れてた。

 早く行かないとな。山崎のインタビューの前に片付けておかないと。


「いやー先生!これからこういうインタビューとかのラッシュですねぇ!ふへへ」

 医務室へ向けて歩きながら、上機嫌の山崎が口を開いた。ほんと上機嫌だ。


「上機嫌だなぁ」

「そりゃもう!実力を示し、世間の耳目を集める!それが望みでしたからね!これからもっともっといきますよー!あっそうだ!」

「なんだ山崎」

「水着写真集とか出したら売れますかね!」

「お前は弘前野球部をどうしたいんだ」

 やだなー。言ってみただけですよー。などと言うが、こいつの発言は冗談なのか本気なのかが今一つ分からない。通訳には北島が必要だ。


 破天荒、という言葉がある。

 天荒を破る。前人未到の偉業を成す。そういう意味だ。


 山崎が今までどんな生きざまを送ってきたかはよく知らないが、山崎が弘前野球部に所属してから成し遂げた破天荒ぶりは凄まじい。


 野球部としては創部以来、初の甲子園大会本選への出場。

 個人としては、初の女子選手としての甲子園出場。

 そして、おそらくは高校生最速の投球能力。

 加えて、デタラメなまでの打撃能力。県営球場の場外ホームランは山崎が初だろう。

 対外評価的に、選手としての山崎を私が育てた事になってるような気がするんだが。

 どうすればいいんだ、私は。


「先生。平塚せーんせ。ちょっと聞いてます?」

「え?なんだ山崎。聞いてなかったが…」

 しようがないなぁ、と言って、山崎はまた口を開く。


「先生。県大会優勝して、嬉しいですか?」

 え?それは…


 それは、もう。

 私が監督兼務の顧問になってからこの方。

 野球部がまともに勝利した事は無かった。

 勝たせてやりたいと思った。負けて悔しい思いもした。

 弱ければ、実績がなければ、なかなか練習試合も組んでもらえない。大沢木高校などは例外のうちに入るくらいだ。


 大会で一勝でもしたかった。そう言って卒業した3年生は何人いたか。

 野球は好きだ。プレイはできないが、見るのも、応援するのも。

 もちろん、だからこそ。弘前野球部を勝たせてやりたかった。

 弘前野球部の、勝つところを見たかったのだ。


 そうか。


 あまりに猛スピードで駆け抜けたので、気付くのが遅れたが。

 私の夢は、野球部の夢は、いまここに、一つの形を得たのだ。

 得難い実績となったのだ。

 叶ったのだ。


「…ああ、とても嬉しい。…優勝って、いいなぁ」

「それは良かった!とりあえず1年近くはニヤニヤして過ごしてくださいね!」

 にかっ!と笑顔の山崎。

 おいおい。さすがにそんなにもたないよ。


「ほら、ウチの県の焦げ茶色の大優勝旗!弘前のリボンつきで、1年間は弘前のもの!とりあえず1週間くらいはー、夜は校長室、昼は野球部で飾り分けましょうよ」

「…そ、そういえばそうだった。優勝旗が、ウチに…」

 忘れていたぞ。勝った証拠が残るんだった。


「まぁ優勝旗は預かりですけどね。優勝トロフィーは永遠にウチのもの!部員と監督の名前を書いたリボン、用意しないといけませんね!一生自慢できますよ!」

 なんか申し訳ない感じがしないでもないが。ほぼ何もしてないし。


 こりゃ、監督として、顧問教師として。甲子園遠征の下準備、がんばらなきゃなぁ。甲子園は全国の代表校が集まる全国大会の会場だ。今までのように勝てるとは限らない。何があるのかも分からないのだ。

 となれば、選手が全力で試合ができるように。心残りがないよう、私が支えてやらねばならないだろう。憂鬱になっている暇などなかったな。


 我々を引っ張ってきてくれた、この女生徒に報いるためにも。

 心機一転、私は自分の役目を自覚して。気力が満ちてくるのを感じた。


「あぁ、そういえば大槻センパイ」

「はい?えっ、何?」

「甲子園のグラウンドで、いっしょに弘前高校の校歌を歌いましょうね!うちだけは混声合唱ができますし!ああそうだ。歌の練習しなきゃ。主に野郎どもの練習を。生歌放送を希望とか言えば、校歌の音声無しで、あたし達だけの歌声だけにしてもらえるかな…?」

「あたしこのまま選手なの?!」

「あったり前じゃないですか。人手が足りないんですから。選手として整列する姿が全国のお茶の間に流れるんですから、そこは喜ぶところでしょー!やったね!!」

「ふぎゃあああああ」


 …精神的には、大槻の方が大変そうだった。がんばれ、大槻。

 私も監督として頑張るよ。裏方としてな。

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