第22話 雲雀ヶ丘戦、決着

「まぁ、分かってはいたんだけど」


 9回表。弘前高校の攻撃は、無得点に終わった。

 調子を崩した竹内投手は復調し、切れ味鋭いサイドスローからのスライダーで、弘前高バッターを切って落としたのだ。


 8回の攻撃のうちに山崎は打席に立ったが、前にランナーがいたために機動力も封殺されて終了。1点を取ったところで8回も終了している。そして9回は3番からスタートしただけで、1回の焼き直しのような安定処理で終了している。守備の雲雀ヶ丘、完全復活である。


 9回裏、サヨナラ勝利を賭けて、雲雀ヶ丘女子ナインの戦いは始まった。割れんばかりの雲雀ヶ丘応援団の声援。ブラスバンドも全力全開だ。チアも一般応援も、声を限りに叫んで、雲雀ヶ丘ナインを後押ししている。

 これぞ高校野球。情熱の夏。選手も応援団も、いま、己の情熱のすべてをぶつけている。青春のキラメキだ。


「ふふっ。絶望を知るがよい」

 マウンドに登った山崎が小さく言った。こいつどこのラスボスなの。


 主審に『ショートとピッチャーをポジションチェンジ、その上でショートとセカンドをポジションチェンジです』との報告をした後で―――最終ボス登場ですよね。はい。

 1点を守らなければならない弘前高が使用するのは、いざとなれば弾丸剛速球をブチ込む事の可能な秘密最終兵器。さいごの切り札だ。

 こぼれ球を処理するのは手下一号もとい弟子一号の俺。おそらく高速ジャイロは使うつもりがないだろうが…本当に追い詰められたら出すだろうなぁ。


『えっ?うそ?山崎さん投手やるの?』『聞いてないよー』『マジかー』

 雲雀ヶ丘ベンチが心なしかざわついている。まぁ、まだ一度も公式戦で投げてないっていうか…他校の高校球児でこいつの球を見るのは君たちが初めてだからね。

 山崎、投球練習は上手投げ。スリークォーターの投球のみを見せる。

 こいつやる気だ。意趣返しか。キャプテンには言い含めてあるな。


 山崎、第1投を投げる。

 持ち上げた膝を、ぴったりと胴にくっつけて、一瞬止める。そこから。

 踏み切った足を限界まで伸ばし、地を這うサブマリン投球。

 ボールは雲雀ヶ丘の田中さんの球を軽く超える速度で飛びだし、ミットで快音を響かせる。


 スパァ―――ン!!!『ストライーク!』

 しんと静まる雲雀ヶ丘応援団。


「どうやら驚いて声もな」


『―――パクリだ!!』『田中さんのパクった!』

 ざわざわ。雲雀ヶ丘応援団がざわめく。そして山崎の気配が剣呑なものに変化していく。

 ちょっと!やめてくださいよ!こいつ怒らせないでください!

 怒って全力ジャイロ投げたらどうすんですか!ウチのキャプテン可哀そうでしょ!!

 あっ山田キャプテン立ってベンチ見た。タイムかけてもらうつもりかな?


『ちょっと君ら!失礼な事を言うのやめなさい!!』

 雲雀ヶ丘ベンチから、田中さんが飛び出した。


『投げてるあたしが言うけど、あれは本当に練習が必要なの!彼女だって、ずっと以前から練習してたんだよ!人の努力に泥を塗るような事は言わない!!』

 田中さん、振り返ってマウンドの山崎に対して頭を下げる。

『うちの子が、どうもすみません』

『『『『…すみませんでした……』』』』


「いえいえ。気にしてませんとも」

 笑顔で返すクール山崎さん。でも気配がまだ怖いよ?


「…ぶっつぶしてやる」

 口元をグラブで隠して小声で言ってるけど、グラブに反射した声が俺には聞こえてる。


「おちつけー。9回裏だぞー」

「わかってるわよ!」


 山崎のアンダースローは140キロ台に届く。対して田中さんのアンダースローは、130キロ台ギリというところだろう。しかも現状の情報で、県予選に参加しているチームのレギュラー投手陣に、アンダースローを投げる投手の情報は無い。となれば、アンダースロー投球は見慣れていても、打撃の練習はしていない可能性が高い。対策の必要性がないからな。

 バッターボックスでほとんど見たことの無い投球を、チームメンバーよりも球速の速い投手が行えば。…いまさらアンダー打ちの練習をしておけば良かったと思っても、もう遅い。見慣れる前に試合は終わる。

 まともに打てる可能性があるのは、キャッチャー陣のみだろう。

 最短であと8球。3人で終われば打撃はない。残す体力の心配もなく、全力投球で終わらせるのみ。


 スパァ―――ン!!

 スパァ―――ン!!


『ストライク、スリー。バッターアウッ』


 山崎の超低空(かつ高速)サブマリンに、まともに当てられず。三振ひとつ。…で、次は1番の佐藤さんか。山崎がキャプテンのサインを見るふりをして、後ろ手でファーストをちょいちょいと指さす。…よし、ファーストの竹中は見てるな。

 山崎、サブマリンから――内角へ落ち込むようなカーブ。右投げアンダーだから無理やりで変化も小さいが、コースは悪くない。そして佐藤さんは――セーフティバント。

 上手に当てた。ボールは打者を遅く追いかけるように1塁線を転がる。理想的なバント。

 でも、当てさせるつもりだった山崎が、猛ダッシュで飛びついてる。予定どおり!

 竹中が構えるファーストミットに、思いきり投げる。―――って


 パァ―――ン!!!


「ひぎぇっ!」『アウト!!』

 いまジャイロ投げやがった!!竹中が驚いてたじゃん!もっとやさしく!

 痛ぇ痛ぇとぼやく竹中からボールを返してもらい、山崎は最終バッターを迎える。


 声を限りに、全力で応援する雲雀ヶ丘女子応援団。

 味方の応援はなく(とりあえず聞こえない)、応援孤立無援の俺たち。

 最大のプレッシャーを受けているはずの山崎 桜。それでも彼女の落ち付いた様子に変化はない。集中するは己のピッチングのみ。今この時、彼女の世界に映っているのは、彼女とキャッチャー、打席のバッターのみだろう。

 今この時、彼女は理想的なピッチャーとして存在している。


 投球モーションに入り、アンダースローの踏み切りを繰り出す。

 山崎はここまでずっとアンダースローで投げているが、厳密には今まで一度も同じ球は投げていない。コーナーを突く直球、シュート、体を左に倒しこんでのサイドスロー気味の体勢からのカミソリシュート、カーブ。ベンチから見ていても、眼を一つも慣らさせない。すべて違う軌跡の球。

 そして最後の3球は。


 シュート。『ストライーク』

 カミソリシュート。『ストライーク。ツー』

 2球続けて変化の違うシュート。

 最後の1球。少し遅いボールが投げられて、揺らぐように落ちた。再現型ドリームスボール。

 パァン!とミットが鳴る。最終バッター、最後の球を空振り。


『ストライーク、スリー。バッターアウッ』

 主審が姿勢を正し、ひときわ大きな声で言う。


『ゲームセット!!選手集合!!!』

 俺たちの4回戦は、こうして終わった。

 弘前高校野球部、県予選ベスト4進出決定だ。


【試合結果】弘前 3-2 雲雀ヶ丘

 弘前  100000110|3

 雲雀  000002000|2


※※※※※※※※※※


 その後俺たち弘前高校ナインは、ベンチ上の父母会の人たちに対して『応援ありがとうございましたー』と言うと、素早く撤収の準備を開始した。

 理由の一つは雲雀ヶ丘応援団の嘆きの声、雲雀ヶ丘ナインを慰める声とが大合唱していて、とても居たたまれなくなってしまったからである。こんな空気の中で平常運転で飄々としていられるのは、ウチの暴れん坊くらいなものだ。普通男子の神経では無理。

 午後からは別の高校同士の試合も組まれてるし。さっさとベンチ開けないとね!


「試合には勝ったが、勝負には……」「なんという敗北感」「つらい」

「あのね!勝負にも勝ってるから!アンダースロー対決はあたしの勝ちでしょ?!」

 確かに。要所要所での勝負は、山崎の勝利だったな。


 …なんというか、山崎 VS 雲雀ヶ丘ナイン という感じだったのだが……

 俺たち男子は、プレイヤーとしての弱さ、野球部としての支援の弱さ、そして己の心の弱さを実感しつつ、ベンチを退出していった。


 …とりあえず守備も打撃も強化しような。おまけ扱いはもう嫌だぜ。

 そんな会話が、男子の間で交わされていたような。

 元気出せおまえら。最後の1点は男子だけで入れてたぞ。勝利点だぞ。

 次からの対戦相手は男子だけのチームだし、気合い入れ直していこうぜ!!


 ―――それにつけても、応援団の欲しさよ。できれば、女子比率多めで。


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