第5話 キャプテンの重責とは

「勝利のためにその2。ピッチャーの能力強化に取り掛かります」


 ピッチングマシンの使い方を全員がマスターした翌日に、山崎 桜は3年エースの岡田先輩、2年控えの川上先輩を前にしてそう言った。


「両先輩の最大球速、および変化球の持ち球を確認させていただいた結果、【話にならない】という事が分かりました。」

 そしてバッサリ切り捨てる。容赦がない。


「まずは二人の最大球速が【調子がいいときでも140キロに満たない】という事。速球でストライクを取るには、心もとないと言わざるをえません。」

 確かに。140キロ台を出せるならば、緩急をつければストライクも取れる。実際、130キロ台の直球を投げる高校生ピッチャーも多くはいるが、とても上位の【強豪校】に通用するような速度ではない。バッティングセンターの130キロなんて、『ちょっと速い』程度なのだ。中学生レベルと高校生の一流レベルとでは別物なのだ。

 少なくとも現在の高校野球レベルではそうなる。実質、プロ野球のファームだからな。


「つぎに、変化球の持ち球が二人とも、カーブとスライダーという事ですが…正直いって、どちらもキレが無い!低速のファストボールじゃないの?みたいな!!ろくに変化しないのに球速が遅いとか、小学生でも外野前ヒット、パワーのある中高生ならホームラン待ったなしの絶好球!みたいなの!!これだったら投げない方がマシってものよ!」

 ピッチャーの心を叩き折るのが目的ですか?


「でも大丈夫。私が指導します。球速も少しずつ上げましょう。そして何より狙ったところに投げ込むコントロールを身につけましょう。そして変化球のキレを良くしましょう。…知っていますか?変化球のキレを身につけると、速球も少し速くなるんですよ?心配することはありません。あなた達はもっと上達できます。私の教えを実践するのです。」

 あっ、知ってるこれ。一度叩きのめしてから救いあげて依存させるアレ。新興宗教とか軍隊教育とかで良くある、一種の洗脳教育とかのやつだわ。


「とりあえずは、毎日の筋トレに、握力強化のメニューを追加しましょう。もちろん、オリジナルの変なトレーニングはナシ。教えた通りに実践して、回復・強化のための食事も実施するようにね。正しい訓練と、正しい食事による回復。これが基本です」

 …教育メニューそのものはスポーツ科学にのっとったもののようだ。少し安心した。

 …いや、洗脳教育も科学的なもの…だっけ?


 それから以後、ピッチャーのコントロール強化、変化球のキレの向上。

 新しい変化球の習得。岡田先輩、川上先輩への指導は続いた。コントロールと変化球の変化確認用の、黒塗りでマス目の描かれたボードの作成と設置、握力の強化とフォームの見直し、それぞれの変化球を投げる時の指先の使い方、はては指先のケアの仕方まで。

 基本的には山崎 桜が実践して身につけたこと、習得の上で感じた事などを教えるものだった。体格そして男と女という体の柔軟性の違いなどを考慮して多少のアレンジは加えられたものの、格上のピッチャーである山崎からの指導という事もあり、素直に指導を受けた二人は、短期間にピッチング能力を増していった。


 そして。


「―――くっ!」

 打席の小竹先輩は空振り。スパァン!と快音を立てて、ボールがミットに収まる。


「ははは!どうよ生まれ変わった俺の高速シュートは!!」

 岡田先輩は、速球の球速が140キロを超え、等速に近いシュートを会得していた。


「うるせぇ!偉そうな事を言うのは、もっとコーナーをつけるようにしてからにしろや!」

「それならば貴様のインローぎりぎりに投げ込んでやろーじゃねーか。打てるもんなら打ってみなよフフフ」

 以上のような感じで、チームメイトに(ほぼ)無双できるようになり、かなり調子に乗っていた。…まぁ、右打者にとって高速シュートとか、凡打空振りの代表格だし、急激に上達して、調子に乗るのも仕方ないけどな。


 応用として小さい変化のシュートや、変化重視のシンカーも身につけた。直球ならばボール1個分単位のコントロールも(だいたい)身につけたし、確かに生まれ変わったと言ってもいいほどの変化(進化)だ。

 ちなみにカーブは『よく曲がるが、基本的に運まかせ』というシロモノに落ち着いた。ときどきすっぽ抜けて、どうしようもないスローボールになったりするが、考え方によってはチェンジアップのようなものと思えなくもない。まぁ緩急はつくかな。


「…もうちょい、抑え込むようにしてみるか」

 騒がしい岡田先輩とは違い、黙々と黒板(マス目を描いたボードを皆はこう呼んだ)に対して変化球の練習を続けているのは川上先輩だ。

 山崎 桜の指導の結果、球速が伸びたのもそうだが、変化球のキレが良くなった事、新しく変化球を覚えた事が面白いのか、思ったとおりに変化球を投げ込むのにすっかりハマってしまっていた。

 川上先輩はカーブ、スライダーもボール1個分単位で制御できるようになっている。が、『疲労していない状態ならばボール半個分の制御をしたい』と、変化球の制御練習をひたすらやっている。最大球速は岡田先輩に及ばないが、変化球を含めたコントロールならば、川上先輩の方が上だ。


 岡田先輩は【決め球で三振を取りたい!】だが、川上先輩は【凡打で抑え、投球数を節約する】という方向性のようだった。


 ピッチャーの能力が上がったのは素晴らしい事だ。

 打撃力は日に日に向上している。しかし、防御力が低すぎては勝負にならない。

 野球という競技は攻守がハッキリと切り替わり、一定条件がそろわない限り相手の攻撃が延々と続く。ピッチャーの投球能力は非常に重要なのだ。


 つまり一番ワリを食ったのは正捕手である3年の山田先輩である。


 なぜなら、控えの捕手の練習をしている連中はいるものの、まともなキャッチャー技術、はてはリードの知識と技術を持っているのは、山田先輩だけだから。

 山田先輩は岡田先輩、川上先輩の特性を理解しつつ、二人の変化球の球筋を覚えなくてはならないのだ。これができないとリードできないし、キャッチにも影響する。

 さらに問題がもう一つ。


 スパァ―――――ン!!! ミットが快音を響かせる。


 山崎 桜の球筋とキャッチにも慣れなければいけないのが一番大変なのだ。


 本人曰く【弘前高の秘密最終兵器】である抑えのリリーフピッチャー。…事実、最後の切り札扱いなのは誰もが認めている。もうぶっちゃけ、あいつがエースでいいんじゃないかな、という意見も各所でチラホラ出たりもしたが(岡田先輩と川上先輩を含んでいる)、本人が『先発はどう足掻いても無理。ピッチングのスタミナがない。打力が落ちるわ』と宣言したため、あくまで【とっておき】扱いになっている。


 まぁ、ヒーロー番組で主役キャラのピンチに颯爽と現れる謎のキャラとか、ピンチを逆転できる秘密兵器みたいなのに憧れてるだけだとは思うけどさ!!


 いちおう俺達は夏の県大会(甲子園大会地区予選)を制覇する事を目標としている。

 長所を作って伸ばし(もともと持っている連中は少ない)、短所を補ってはいるものの、弱点だらけで(交替人員が皆無に近いのは夏大会の最大の弱点と言ってもいいかも)情報が集まれば攻略は容易い。

 秘密のとっておき、を隠し持っておくのはメリットが大きい。優勝するつもりだからな。

 おかげで山田先輩の負担はでかい。でかすぎる。覚える事が多すぎるのだ。

 しかしやらねばならぬ。正捕手だもの。3年キャプテンだもの!!!


「…なぁ、北島よ。お前、山崎のピッチングのキャッチャーは…」

「無理っス。ファスト系の変化の少ないやつならミットを動かさず座ってりゃいいんでしょうけど、変化の大きいカーブとかスライダーとかドロップ系の落ちる球とか無理っスよ。ついでに言えばキャッチャーの仕事関係ほとんどできませんもの。ファウルチップもキャッチャーフライも捕れませんよ俺。いちから練習するには時間足りないっス。スラッガーとして仕事しますんで、キャッチャー業務はよろしくお願いします。」

「…だよなぁ。…でもなぁ。」

 山田先輩は、はふぅ、みたいな音で溜息をついて、それでも言った。


「なんで山崎、あんなに色々投げれんの?リリースポイント全部違うのにコントロールが気持ち悪いくらいに正確だしさ!」

「リードしやすくていいじゃないっスか」

「落ちる球だけでいくつ覚えなきゃならんのだ!!」

「好きな球種だけ覚えればいいのでは?」

「…そんな、いい加減なことは、できない……」

 この人のこういう真面目なところがキャプテンに相応しいんだろうなぁ。


「そもそも、恐怖心を克服するのが今いちばん大変なんだ…」

「ハイわかります。今までの相棒の速球は遅かったですもんね。急に速度アップすると、直接捕球するキャッチャーって大変ですよねぇ」

 山田キャプテンの愚痴を聞くような会話をしていると、山崎の声が飛んできた。


「キャプテン!だんだんノッてきたんで、そろそろ全力いきます!座ってください!」

「へぇあ?!まだ上があんの?!」

 上ずった変な声を出す山田先輩から、俺はそっと離れた。がんばって下さい。


 スパァ――――ン!!

 スパァァ――――ン!!!

 ズバァ――――――ン!!!


「待った!ちょっと待った!!」

 山田キャプテンが中止を要求する。山崎がマウンドを降りると、先輩はベンチへとダッシュして監督に向かって叫ぶ。


「監督!今すぐ業者にキャッチャー用のアームガード注文してください!ミットの土手に当たったら、俺は手首を捻挫しますよ!!怪我の防止のために!すぐに!今スグ!!」

 ほんとにキャッチャーは大変だぁ。俺は心底そう思ったのだ。


 来年はお前が受けるんだよ!アイツの球だけでもな!!

 そう言われてキャッチャーの練習までさせられる事になるのは、もう少し後である。


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