北野天満宮ボイルドエッグ殺人事件

留確惨

知的な神

 年末の京都、肌寒く寒暖差の激しい盆地の地形の中、多くの受験生や親御さんたちが集まる場所がある。

 知恵の神、学問の神ともいわれる菅原道真公を祀った神社、北野天満宮である。

 そこで、事件は起こった。


 学生服から私服に着替えた若者たち。彼らは野次馬のようにその奇妙な遺体を囲って見物している。

 この時代にはスマートフォンやSNSなど無い。それ故にその光景は彼らの脳裏に焼き付けられ、永劫消えぬトラウマとなることになる。


 北野天満宮の境内でケンタウロスが頭を地面にめり込ませて憐れな死体となって発見された。

 それが、古都京都で起こった恐るべき殺人事件の概要だった。


「し、死んでいる~~っ! これは明らかに殺人事件、しかもこんな公衆の面前でだとぉ~~~~っ!!」


 事件発覚の数分後、軍服と軍帽を身に着けた男が事件現場に到着し、事件の捜査を開始する。

 このリアクションの大きい刑事の名はザクセンjr.

 レスラー特別機動捜査隊のメンバーの一人である。機動捜査隊の中では最年少で、若輩ゆえの未熟さがみられるが、その分伸びしろも期待できる若手のホープである。


「待たせたな、ザクセン!」


「ザ・シノビ!」


 古都京都らしい忍装束を身に纏った男が音もなくまるで瞬間移動のように現れる。

 京都によくいる舞妓や芸子のようなコスプレイヤーではない、彼は本物の忍びの隠れ里伊賀のれっきとした忍者である。

 名はザ・シノビ。

 悪魔的なスピードと忍術を買われて刑事部長ソルジャーにスカウトされて機動捜査隊に入ったレスラーである。


「それで、被害者の身分は分かったか?」


「被害者の名前はサムスン・フィーバー。俺たちと同じレスラーだ。死因はさっき言った通り頭部を石畳に叩きつけられての打撲。明らかにレスラーの犯行だ……っ!」


「成程。この男を倒すとなると相当な必殺技フェイバリットと見た。他に何か証拠はあるか?」


 シノビの指示を受けて更に詳細に遺体の状況をザクセンが調べる。


「遺体の後頭部にすさまじい力で押さえつけられたような内出血の形跡が見られる。おそらくはオレの『ミュンスターの灰色刃』のような必殺技フェイバリットによって頭部をロックされ、そのまま叩きつけたんだろう」


「ザクセンよ、現場をもう一度よく見てみよ、必殺技フェイバリットだとしてもこの破壊力は明らかに異常だろう……っ!」


 恐らくは一撃の下被害者が殺害されたことは二人の共通認識ではあるところだが、明らかに遺体の周囲にあるクレーターの規模が段違いだった。

 まるで隕石でも落下したかのような半径数メートルに及ぶ破壊痕。明らかに異常なパワーだった。


「これほどの破壊となると技を放ったもののレスラー強度も計り知れない……っ! 恐らくは8000万、いや一億パワーはくだらない~~~っ!」


「な、なんだって~~~っ!」


 どちらも通常のレスラーには届かない力だ。

 ザ・シノビの強度は360万、ザクセンは90万。どうあがいても足元にさえ届かぬ天上の数値。


「ならばいつものWM理論でパワーを倍加させればどうだ!? それか火事場のアホ力なら一時的にパワーを増加させて一億パワーに届くのではないか?」


「ザクセンよ、お主の仮説ならば確かにレスラー強度を向上させてこの破壊力を実現させられるやもしれん。いつものオチデウスエクスマキナでバフをかけた瞬間火力で一撃の下倒す。そのことについては実に理論的だ。だが今に限っては違う!」


「何言ってやがる、違わねぇよ! この事件は何らかのトリックでパワーを倍々に引き上げてそれでこいつが殺されたんだ! その推理に何の間違いもありゃしねぇだろうが!」


「違うのだ!」


 先輩刑事の叱責、あまりにも頑なな否定にザクセンは疑問符を浮かべる。


「一億パワーというのは文字通り神の領域、天上の力なのだ! 一介のレスラーに扱える力ではない!」


「な、なにい~~~~~!!」


「お主のWM理論で増加できるパワーはできて8000万近辺が限界、一億などなのだぁ~~~~~っ!!」


 そう、この事件は何のトリックも使わずにただ不可能という結論のみが先行する不可能犯罪なのだ。

 残酷すぎる結論に二人は絶望する。人の手に余る神が起こすしかありえない怪事件。

 文字通りの神秘ミステリ、あり得ないが有り得たパラドックス。


 捜査はいきなり文字通りの暗礁に乗り上げる。シノビもザクセンも歴戦の捜査官ではあるが、頭を悩ませている。

 すると、現場対応に当たっていた鑑識たちがフフフフフと笑いながらどこからかパイプ椅子を持ち出し、Vの字の陣形を組んで座る。


「あれはVの陣形!! 鑑識たちがVの形に座った時、それは休まず真実を追及しろという合図だ!」


 彼らは鑑識たちの無言のメッセージを受け取り折れた心を奮い立たせて再びこの怪事件に取り掛かる。


「拙者としたことが弱気になっていたようだ……ともに力を合わせてこの局面を乗り切ろう!」


「ああ! 諦めるなんて俺たちらしくねぇぜ! やれるまでとことんやろうぜ! シノビ!」


「まずは死亡推定時刻からだ。基本から立ち返っていこう!」


 ミステリーの謎のうちハウダニットどうやったかは無視して、ウェンダニットいつやったかから明確にしていく二人。


「現場に残された血液は黒ずんでいる。血液がたいがいに放出されたのち酸化するまで1時間はかかる。犯行は俺たちが到着してから1時間以降ってところだな」


「なるほどな、しかし何故このような公衆の面前で犯行が行われたのに目撃者が存在しないのだ?」


「目撃者によると急にこの辺に暗雲が立ち込め、それが晴れたと思ったら一つ死体ができていたらしい。暗雲は2時間ほど前に生成されたらしいが」


 犯行の手口と犯人を奇妙に隠蔽する謎の暗雲。そしていまだ見えぬ犯行の手口。

 現場の操作をザクセンに任せてザ・シノビは現場の聞き込みを行う。

 諜報員らしい高い情報収集能力は数時間もしないうちに事件現場の暗雲から出てきた人間たちを特定、さらにその中からレスラーを選出し、現場に同行させることまで成功した。


「拙者の操作だと事件現場の暗雲から出てきたレスラーは4人。スペシャルフェネクス、シグママン、ナウマン、プリズマー。彼らは全員マッスル・プリンシーズのメンバーで、被害者のサムスン・フィーバーと同じレスリングジムに所属している」


「なるほどな、流石シノビだぜ!」


 シノビに連れられて容疑者達がずらずらと事件現場にやってくる。


「フン、俺たちが犯人扱いとはな。全く不愉快なデカどもだ」


 悪態をつくのは白地に歌舞伎のメイクのような赤い線が目を交差するように全身を走る幾何学的な赤い文様が入ったマスク。

 マスク同様に身体を走る赤い線。額の不死鳥マーク。

 トレーニングパンツの上からホットパンツを履くという斬新すぎるファッションセンスをした半裸の男。

 名前をスペシャルフェネクス。

 レスリングジム、チーム・インテリジェンスのリーダーだ。


「フォ~~~ッフォッフォッフォ、人が死んだところで何だというのだ。あまり手を煩わせないでくれ」


 続いてホッケーマスクのような仮面に鎧のような衣装の大男。背中に巨大な右手のようなものを背負っているのが特徴的ないかにも怪しい人物。

 名前をシグママン。シグマ・ケンタウリ出身の外国人レスラーだ。


「ウメ────────ウメ────────」


 抹茶パフェをほおばりながら知性の欠片もない態度で登場するのは、毛が生えた象のような被り物をした大男。

 頭部は筋肉の塊のように強靭な鼻と禍々しくまがった巨大な牙が生え、そのしたはただひたすらに強靭としか言えない圧力を放っている。

 名前をナウマン、見た目通りのパワーファイターで、過去に3人抜きを達成した凄腕のレスラーだ。


「キョーキョキョキョキョキョキョ! 私はそのようなことはしていなーい! なのになんでこんなくだらないことに協力しなければならないのだ────────ッ!」


 連れてこられたことに激昂するのはプリズマー。

 全身が透明な素材でできて、その中で光が複雑に屈折している奇異な容姿をしているものが多いチーム・インテリジェンスの中でも特に変わった見た目の男だった。


「ザクセン、こいつらが被疑者だ。全員暗雲から出入りしたという目撃証言があり、かつ全員強力なレスラーだ」


「でかしたぞシノビ! 俺からも新たな発見だ。こいつを見てくれ!」


 ザクセンが取り出したのは一つの巻物だった。年月が経ち、風化した見た目だが、思いのほか保存状態は良い。


「これは……?」


「北野天満宮で見つけた歴史書だ。読めないから色々京都中を回って調べたんだが、金閣寺と銀閣寺にそれぞれ解読本が置いてあってな、それでこいつを解読したらすげえ事実が分かったんだーっ!」


「なるほどな。ここ京都はかつて銀田二マンとジェネラル様がそれぞれ自分の弟子たちを集めて鍛え、それが各派閥の源流となった因縁の地。あの方たちが歴史のひも解き方を残してくれていたとしても不思議ではない……」


 今でこそ和解しコンビを組むようになったが、シノビとザクセンは本来は不俱戴天の敵同士。

 シノビはジェネラルと呼ばれるようになった金田一マンが作り出した悪魔ジムに。

 ザクセンは銀田二マンが作り出した正義ジムに所属していた。

 銀田二マンは当時銀色に輝く城だったシルバーキャッスル銀閣寺を、金田一マンはゴールドキャッスル金閣寺を建てたと言われている。

 偉大なる始祖と主に感謝しながら彼らはそれを解読する。それは歴史の裏に隠蔽された衝撃の事実だった。



 時は平安時代、菅原道真は太宰府に流刑され、一人死んでいった。

 だが菅原道真公の死後、京都では異変が相次いだ。彼の学問の才能を疎んだ政敵たちが疫病によって急死し、天皇たちですら次々に代替わりせざるを得ないほどに病死が連続した。

 これを菅原道真公の祟りだと恐れた朝廷が道真公の罪を許し、親族の流刑を取り下げて彼を静めるべく作り出したのが北野天満宮だ。


 しかしこの歴史書はその歴史を根本から覆すものだった。

 菅原道真公はある神に憑依されることであふれる知性と強力な力を手に入れた。

 その神の名は知的な神。邪悪神5柱の1つ。憑依したものに神の力とあふれる知性を与える邪神こそが、菅原道真が学問に優れた真の理由だった。

 しかし、彼を疎んだ政敵たちはいわれのない罪を着せて道真公を流刑した。それが神の怒りに触れ、災厄が起きたのだと。

 そしてその知的な神を封じるために作られたのが封印神殿北野天満宮。事件の現場だった。


「つまりだなぁ、この事件の犯人はその『知的な神』ってやつに憑依され、その力を使ってみたくなっちまった結果こんな犯行に及んじまったってことだぁ────────っ!」


「流石だザクセン! 自分の仕事を必ず成し遂げるその責任感、ソルジャー部長に認められただけあるなぁ────────っ!」


 刑事二人は歴史の背後にある謎を解き、更には事件の手がかりも掴んで歓喜する。

 しかし、それに水を挟むものがいた。


「フフン、なんだそのオモシロ起源説は。たとえそのような神がいたとしても私のあふれる知性が返り討ちにしてやろう」


 スペシャルフェネクスだ。腕組みをしながら彼は心底くだらなそうに刑事たちの語る歴史を笑う。


「それにだ、たとえその神とやらがいたとしてどうやって憑依したか見分けるんだ? まさか自己申告制ではあるまい」


「ぐ、ぐぅ~~~~~~っ!」


 傲慢な正論にザクセンはぐうの音くらいしか出せない。

 しかし、それに反論できるものがいた。ザ・シノビである。


「それについては拙者から提案がある。このアースユニットを使えばレスラー強度を測定できる。レスラー強度は生まれながらにして不変、これで全員の強度を測定すれば犯人が分かるのでは?」


 レスラー強度を操作することはできない。それを利用した操作だった。

 ザ・シノビは容疑者達のレスラー強度を計っていく。

 スペシャルフェネクス95万、ナウマン7800万、プリズマー5200万。そしてシグママンを図ろうとしたところアースユニットが壊れた。


「な、なにぃ~~~っ!」


「この測定器、8000万まで図れる優れものでござったのに……ちなみに自己申告でいいので答えてくださらんか?」


「俺のレスラー強度は8600万だーっ!」


「くそ~~、正確な強度が測れないと犯人の特定のしようがない~~~~~っ!!」


 ザクセンは自分の捜査が行き詰まり臍を嚙む。これで事件はまた振出しに。

 迷宮入りもやむなしと思われた。

 だがここで動いたのはまたしても鑑識だった。

 彼らはまたもやフフフフフと笑いながらパイプ椅子を動かし、こんどはLの字の陣形を組んで座る。


「フフ……わかってるぜ。Lの陣形は最後まで望みを捨てず捜査しろ!! だったな!!」


 再度組まれた鑑識たちの陣形。彼らはそれに再度奮い立ち、放置していたウェンダニットに着目した。


「ザクセンよ、お主はこやつらがいつ暗雲から出たか聞き出せ! 拙者は再度周囲に聞き込みを行いその情報とすり合わせる!」


「わかったぜシノビ!」


 二人は息を合わせて再度二手に分かれる。容疑者への事情聴取はザクセン。聞き込み調査はシノビ。

 殺人事件の捜査第2弾が始まった。

 彼らが着目したのは誰がやったかフーダニトでもどうやってやったかハウダニットでもなく、いつやったかウェンダニットなぜやったかホワイダニット

 暗雲ができたときの状況と北野天満宮に来た理由を探るのだ。


「それではお前たちにはいつ暗雲の中に入ったか、それを答えてもらおう!」



 ・スペシャルフェネクスの証言


「フフフ、俺が暗雲から出たのは暗雲が消える10分前くらいだ。恐らくは出たのは俺が最後だろう」


「ちなみに中で何をしていたか教えてもらっても?」


「フフン、まあそれは気になったからだよ。俺も邪悪神5柱の話は断片的に聞いていてな、奴らが現れる前兆として暗雲が出るという噂を耳にしたんだ」


「なにぃ~~~っ! 知ってやがったのかぁ~~~~~っ!!」


 スペシャルフェネクスは不敵で不遜な態度を崩さない。殺人事件の容疑者扱いされているのにこの男は余裕に過ぎた。

 明らかにスペシャルフェネクスが邪悪神5柱のことを知っているなどザクセンに教えなくていい情報だ。

 喋ったら疑われるだけだし、隠しておいたほうがメリットのある話だ。


「だがなぜそれを俺に教えた? 黙っていたほうが有利だろう?」


「なぁに、適当な言い訳を考えるのが面倒なだけだ」


「わかったぜ……食えない野郎だ。じゃあ最後に出たときにほかのメンバーを見なかったか?」


「いや、見ていないな」


 ザクセンは最大限の警戒をこの男に向けた。先ほどあふれる知性と言っていたが、このメンバーの中ではスペシャルフェネクスの知性は群を抜いている。

 冷静で大胆な判断力、余裕のある態度。たとえ犯人でなくてもこの男は何かおかしい。そうザクセンは感じ取っていた。


 ・ナウマンの証言


「ウメ────────ウメ────────!」


 今度は生八つ橋をほおばっているナウマン。ある意味でスペシャルフェネクス以上に大物なのは違いない。

 違いないのだがザクセンの心中としてはこの事件のような隠蔽工作をこのただひたただひたすらに甘いものを貪る男に可能なんだろうか?そうザクセンは訝しんだ。


「八つ橋食いながらでいいんだがよぉ、いつあの暗雲に出入りしてその前後で誰にあったか、中で何をしていたんだ?」


「多分入ったのはオレが最初だ。北野天満宮に来たらなんか暗雲が立ち込めたって騒ぎになっててな、面白そうだったから入ってみたけどあんま面白くなかったから出てったんだ。そーいや中でシグママンにあったな。アイツはなんか調査をしたたらしいが……ウメ────────!」


「そうかい……アンタも災難だったな……」


 意思疎通ができなさそうだったが、意外と理知的にしゃべってくれたおかげで話はスムーズに進んだ。

 生八つ橋は沢山消費されているが。


 ・シグママンの証言


「それじゃあまずはなんでお前はここに来たんだ?」


「フォ~フォッフォッフォ。私事ではあるのだがわたしの故郷はとある災厄に襲われていてな、この災厄を静めるために作られたとかいう神社から故郷を救う方法を学ぶためにここに来たのだ」


「なるほど泣かせるじゃねえか……協力できることがあったら言ってくれよ。力になるからよぉ」


「フォッ、だが捜査にもきちんと協力するさ。私が来たころにはすでに暗雲が立ち込め、何かと思って独断で調査に敢行、何も得られず手ぶらで帰ったわけだ。暗雲の中でナウマンに、出てきたときにプリズマーとすれ違ったな。サムスン・フィーバーの遺体は見ていない」


「ありがとよぉ……そんで頑張れよぉ……」


「あ、ああ……」


 ザクセンはこのメンバーにおいて唯一と言っていいほど紳士的なシグママンの態度に感動すら覚えた。

 嘘は言っていないとは思える。シグマ・ケンタウリ出身と言っていたが、そこの災厄を止めるためにぜひとも協力したいと、そうとさえ本気で思っていた。

 現状犯人最有力候補だったが、ザクセンは評価を少しばかり改めた。


 ・プリズマーの証言


「キョーキョキョキョ! これ以上俺様をこんな下らねえことに突き合わせてんじゃねー! くらえレインボー・レイン!」


「あっぶねえ!」


 子供のように駄々をこねて公務執行妨害など怖くないと言わんばかりにザクセンに必殺光線を放つプリズマー。それをギリギリで避けてザクセンは抗議する。


「ゲゲェ────────! なにしやがんだてめぇ────────っ!」


 逆上したザクセンは手刀でプリズマーの身体を削っていく。表面のプリズムが削りとられていき、細くなったところを強靭な握力で抉られていく。


「ウギャアーバラバラになりそうだ!! お願いですフェネクスさまこの刑事から逃れるためにはどうすればいいのかどうかご指示を────────っ!!」


「いいから本当のことを話してやれ」


 慌てて逆上する両者を止めるスペシャルフェネクスとシグママン。ナウマンは京ばあむを食べている。


「ちくしょう話してやるよぉ~~っ! 俺様はただの純粋な好奇心でこの暗雲に入ったんだよぉ~~っ! 入った時にはシグママンと会って、帰りのコンビニでフェネクスさまにあったんだよぉ~~っ! サムスン・フィーバーの野郎なんて見てないがなぁ~~~~~っ!!」


 意外に普通な理由で以前の話にも矛盾しない。プリズマーの証言は取れた。

 ザクセンは再度全員に向き合う。

 今のところ全員の証言に目立った矛盾は存在しない。示し合わせたように供述をそろえているかそれとも全員真実を話しているのか。


「ザクセンよ、聞き込みは終了したぞ! 暗雲から出たのはナウマン、シグママン、プリズマー、スペシャルフェネクスの順らしい!」


「ゲゲェ────────ッ!! それじゃあこいつらの言ってることまるまる真実じゃあねーか!」


 今度も収穫なし。しかもサムスン・フィーバーの死から1時間以上たっているはずなのにそれ以前に暗雲内に入った者たちはその遺体すら見ていない。

 状況証拠と物的証拠が完全に矛盾している。それも全員分。

 悩む彼らにまたしても鑑識が動いた。とった陣形はX。


「おお あれはXの陣形だ!! Xの陣形は容疑者の偽証に注意せよとの合図!!」


「しかし何故だ! こいつらは何も嘘をついてはいない~~~っ! なのになぜその陣形をとるのだぁ~~~~~っ!!」


 狼狽する刑事たち。

 その時鑑識の中から一人の人物が現れる。筋骨隆々な肉体を包むノースリーブの迷彩服。

 同じく迷彩柄のマスクからのぞくまっすぐな瞳。


「「そ、ソルジャー部長!」」


 機動捜査隊刑事部長ソルジャー、文字通りの重役出勤だった。


「ザクセン、シノビよ。友情は常に行動と等号で結ばれないように偽装と嘘も常にイコールとは限らない。彼らは確かに事実を話している。しかし事実をもってして真実を隠匿することも可能なのだ」


「部長……」


「フフフフフ、ソルジャーか。捜査を部下に任せてようやくご出勤とはいい身分だなァ」


「ああ、捜査とはつまり信頼関係だ。オレは彼らがここまで真実の断片を集めてくれることを信じていたから任せたのだ」


「ソルジャー部長……」


 ザクセンとザ・シノビは感涙を目に浮かべながら自らの上司の登場を歓喜する。

 誰よりも信じた男が信用を以て返礼とする。まさに真の友情だった。


「そして彼らの集めた証拠で俺は知的な神が誰に憑依したのかがわかった。神の依り代はお前だな、スペシャルフェネクス」


 ソルジャーはそのまっすぐな眼光を犯人と断定したものに向ける。明らかに確信を持っている。

 自信と経験、刑事の勘。そして動かぬ証拠をつかんだのだ。


「フ~~フフフ、ハァ~~~ハハハハハ! 何を言っておるのだソルジャーよ。この俺が殺人などという知性の欠片もないことをするとでも?」


「ああ、するだろうさ。一介のレスラーが神の力を手に入れたら、すぐに試してみたくなるのが性ではないか?」


「そうだとしても証拠は一切なーい! それに俺のレスラー強度は95万と出ているのだ~~~っ!」


「ああ、だが神の憑依がオンオフのできるものだとしたらそんな計測結果は当てにならん」


 ソルジャーの理論にその場の全員が黙りこくる。レスラー強度はあくまで指標。神の領域に至る力の前になぜやったかハウダニットを問うことこそが馬鹿らしい。そうソルジャーは一蹴した。


「問題はいつ被害者は殺されたのかだ。オメガマン、ナウマンはほぼ同時に暗雲内に入り、それぞれの存在を認識している。その後にプリズマー。遅れてスペシャルフェネクスという順だがこれは出た順だ。スペシャルフェネクス、お前はいつ暗雲に入ったのだ?」


「ぐぬぬ~~~っ!」


「恐らくお前は一番最初に暗雲に入り、最後に出たのだろう? ええ、どうなんだスペシャルフェネクス!」


 単純な前提の転換。入った順番と出た順番が同じとは限らないというトリック。

 だからスペシャルフェネクスは入った時間を言わなかった。


「それともう一つ。証拠はこのパイプ椅子だ。陣形を組むために使用したが実は3つ余っていて8つあったのだ。これは現場に8本の鉄パイプがあったことを意味している。ザクセンよ、8辺のある立体は何だと思う?」


「ま、まさかピラミッド! つまりは犯人は犯行にピラミッドパワーを利用したのかぁ~~~~~っ!!」


 ピラミッドパワーとはピラミッドの模型の中にカミソリや食材を入れて放置しておくとカミソリは再び切れるようになり、食材はいつまでも腐敗しなくなるという不思議な力のことだ。

 科学的には完全に実証されていないがピラミッドの形には広大な宇宙に散らばる巨大エネルギーを吸収し貯蔵する力があるのだという。


「ああ、ピラミッドパワーの本質は酸化の逆。物体に電子を与える還元効果だが、もしそれを逆転させたらどうだろうか」


「はっ! そうか! 6をひっくり返したら9になるようにピラミッドを反転させれば血液や遺体が酸化し、死亡推定時刻を遅らせることができる!」


 ザクセンはソルジャーの理論に納得する。天才的な推理能力、これが天才刑事の実力。


「となると本来の死亡推定時刻は30分以内。犯人はスペシャルフェネクス、お前以外いなくなるわけだ」


「「な、なんという冷静で的確な推理力なんだ!」」


 ソルジャーの鋭い指摘に部下二人は称賛の声をあらわにする。しかしそれは神の逆鱗に触れる行為だった。

 北野天満宮に再び暗雲が立ち込める。

 暗雲そのものはすべてのものに見えているがスペシャルフェネクスだけは例外。

 彼の視界には暗雲の中に巨大なメガネをかけたスキンヘッドの男の頭部が浮いていた。

 これこそが知的な神。見ての通り頭のいい生首ハゲメガネだ。


「ハッハッハッ。だからいったであろう、素直に我を受け入れれば良いのにと!」


「お……お前は……知的な神!」


「安心しろ私の姿はお前にしか見えぬ。声もお前にしか感じ取れぬ。ここで私が手を差し伸べたところだ神の力を借りたなどとは誰にもバレやしないさ」


 知的な神はスペシャルフェネクスを甘い言葉で誘惑する。

 周囲の人物からは急に暗雲が立ち込め、スペシャルフェネクスが暗雲と会話しているようにしか見えないのだが、彼らは何らかの脅威をそこで感じ取った。

 スペシャルフェネクスはそこで逡巡する。

 アリバイ工作は見破られ、犯人であることは半ば特定されて逃げ道は無い。

 そう、神の力でも使わない限り。


「フンわかった受け入れよう。知的な神よ再び憑依するがいい、そしてその力を我に授けよ。神の力を再び我に!」


「ハッハハハハハよくぞ言ったぞフェネクス、さあ神の子の復活だ」


 知的な神はその巨大な生首でスペシャルフェネクスの背後からぶつかっていく。体当たりをされたように一瞬弾かれるが、溶けるように知的な神は融和する。


「てめえ何をしやがったぁ~~~~~っ!! 死ねぇ~~~っ!」


 緊急事態であると悟ったプリズマーはスペシャルフェネクスに先制攻撃を仕掛ける。しかしそれは難なく躱され、逆に宙に投げ飛ばされ、そのまま関節技を決められる。


「い……いやだ──────っこんなみじめな死に方は────────っ!!」


 プリズマーの頸に肘を当て、逆の手と足で両足を拘束したスペシャルフェネクスはその神の力を以て落下する。


「インテリジェンスモンスターパワーアタック!!」


 知性の欠片もない技がプリズマーの全身を四散させる。ただの打撃にも拘らず神の力を以てするとこの威力。


「ハハハハ────────ッ!! 俺は死なーん!」


 爆発四散したプリズマーの欠片たちが光を乱反射させて機動捜査隊を攪乱する。

 その隙に逃げようとするスペシャルフェネクスだったが、何か糸のようなもので引っ張られて動きを止める。


「我らがただ部長の推理を聞くだけだと思ったか! 忍法蜘蛛糸の術!」


 ザ・シノビの忍び装束がほつれて糸になっている。それがソルジャーの推理中にスペシャルフェネクスの気付かぬうちに巻き付いていたのだ。


「よくやったシノビ! 確保ぉ~~っ!」


「い、いやだぁ~~~~~っ!! 俺は捕まりたくない~~~っ!」


 空中で体勢を崩したスペシャルフェネクスはソルジャーによってそのまま高速され、地に墜とされる。

 あまりの強い空気抵抗に胸にAの文字を刻まれながらスペシャルフェネクスは逮捕された……

 めでたしめでたし

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