第 三 章 1



「遊園地なんかどうでもいいんです。プロの走りを見学したいんです!」


 悠真は怒りのこもった目で、あたしをまともに睨みつけ、言った。


 あたしたちチームモトムラは、MotoGPアカデミー・NSFエヌエスエフテストに参加するために、三重県の鈴鹿すずかサーキットを訪れていた。NSFテストとは、チームHRCが来季に走らせるバイク、RSアールエスの後継モデルであるNSF250にひゃくごじゅうアールのテスト走行会だ。レース業界でテストと言えば試走のことで、試験じゃないが、レーサー選考を兼ねているのは明かだった。


 そんな大事なテストで、悠真は転倒してしまった。幸い怪我はなかったが、HRC首脳陣しゅのうじんにいい印象を残せた訳がない。


「海さんお願いします。テストにわたしも連れて行ってください」


 NSFテストは午前に行われ、午後からは全日本選手権に参戦しているホンダ系チームの合同テストが行われる。プロの走りを見学することで、努力することで、失敗を穴埋めしようとする。なんとも悠真らしいが、


「せっかく鈴鹿まで来たんだから、みんなで遊園地に行ってらっしゃいな」


 鈴鹿は、サーキットに遊園地やプールが一体になった複合娯楽施設だ。


 今日のテスト、あたしたちの他に、晶のとこの哲求くん、岩代さんも参加していた。そのメンバーで遊園地に行こうって話があるらしい。


「せっかく鈴鹿まで来たから、プロの走りを見学したいんです!」


 そのまなざしには焦躁しょうそうがある。あたしには悠真が闇雲やみくもに突っ走っているように見えた。


「あのね悠真。おまえが真剣なのはすごくいいことよ。でもね、息を抜くことも覚えなさい。MotoGPだって、サマーブレイクって夏休みがあるでしょ」


 悠真に言うことを聞かせるには、MotoGPの話を絡ませるのが一番だけど、納得は……する訳ないか。


「なんでわたしが、岩代幸佳なんかと……」


 なんとも憎らしそうにつぶやく。


「ほら、行ったいった!」


 あたしは悠真の肩を掴み後ろを向かせ、背中を押す。軽くつんのめり、首だけで振り返り、うらめしそうにあたしに一瞥くれてからとぼとぼと歩き出した。


「さて――」


 あたしはパドックに足を向ける。悠真には悪いが、あたしには先約があった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る