異世界神の存在証明
不死身バンシィ
第1話 アナタはカミを信じますか?
人の出逢いは一瞬だ。
一秒にも満たない時間、お互いの顔を見合わせた瞬間に全てが決まる。
初見で培われたイメージを後から覆す事はとても難しいのだ。
「じゃあ行くよリーザ、準備OK?」
「はいミズハ、問題ありません」
身嗜み、良し。
天候、良し。
周囲の人通り、良し。
それでは呼び鈴、ぽちっ。
「……は~い、いま出ます~」
イエス。
狙い通り、平日昼間の一軒家を守る専業主婦だ。
家の状態を観るに、経済状況も余裕アリ。
用も聞かずに応対しようとする辺り、世間ズレもしていない。
ここに来てようやくアタリを引けたか。
「はーい、どちらさまー?」
「お忙しいところ申し訳ございません。私共、世の皆様に幸福をもたらすために、ありがたい神の教えを」
「間に合ってます」
「ちょちょちょ奥さん、はやいはやいはやい」
予想以上に見切りが早い。
くっそ、なんなんだこの世間における「神」の扱いの悪さは。
人類の上位存在の癖して侮られすぎだろ、さっきのイエス返せよ神様。
「そう言わずにお話だけでも!絶対損はさせませんから!」
「え~でも~、ウチは形のない物は信じないことにしてるんで~」
「ほう、奥様は唯物論者でいらっしゃる?」
「夫が数学者なもので~」
「なるほどそれは素晴らしい。私共と意見がぴったりだ。目に見えもしない神など信じるに足りない」
「でも、神様ってそういうものじゃないんですか~?」
よし、食いついた。
「いいえ奥様。私共の神は違います。姿形があり、触る事も出来る。実体を持つ神なのです」
「なんかそっちのほうがうさんくさいんですけど?」
「皆様最初はそうおっしゃいます。しかし、百聞は一見に如かず。リーザさん」
俺の後ろに控えていた長身の美女が歩み出る。
服装こそ一般的なレディーススーツだが、その非現実的なまでに整ったスタイルと顔立ちは、ただそこに居るだけで圧倒的な存在感を醸し出している。
「その人が神様なのかしら?確かにものすごい美人さんではありますけど」
「ええ、勿論それだけではございません。これよりこの方が神である証拠をお見せします。はい、じゃあリーザさん浮いて」
「はいミズハ、リーザ浮きます」
スーツの美女が音も無く空中に浮いた。
浮けて当然、むしろ貴方達は何故浮けないのですか?と言わんばかりの浮きっぷりである。
「はいじゃあ次は回って」
今度はグリコのポーズで水平回転を始めた。いやそのポーズはいらんけども。
「えーとなんか神様っぽくないので羽根とか出せます?あと光るとか」
「光るのと羽根は専門外なのでちょっと。尻尾と火なら出せます」
「じゃあそれで」
スーツの裾からびょろんと尻尾がまろび出て、小さく艷やかな唇が火を吹いた。
無論空中で回転しながらである。
「どうですか奥様、これが私共の奉ずる神、リーザ様でいらっしゃいます!入信を御希望なされるのであればこちらの方に住所と氏名を」
「もしもし警察ですか、なんか玄関によくわからない人が」
「撤収――――!!」
◇
「百件回って応対にこぎつけたのが七件、そのうち七回が警察沙汰。いまどき戸別訪問はやはり無理か」
「先程の場面はもう少し時間を掛けるべきでした。ミズハはいつも早漏すぎます」
眉一つ動かさず、物凄いことをバッサリ言ってくれる。
リーザとはいい加減長い付き合いなので慣れてはいるのだが。
「リーザさん、ここ飲食店なのでもう少し言葉を選んで」
「申し訳ございません、未だこちらの世界の風習には不慣れなもので」
「風習に不慣れな奴から出るスラングじゃねえよ、大体こっち来てもう三年だろ」
「三年。そうですか、もうそんなになるのですね」
ふと、リーザが横を向いて外の風景に目を向ける。
住宅街から五駅離れた繁華街、何度となく二人で訪れた行きつけの蕎麦屋である。
時刻は正午を少し回った所、昼食時の市街地は足早に行き交う人々で溢れていて、俺達とは違う時間を生きているように見える。
窓越しにそれを眺めるリーゼの顔は何故か物憂げで、美しくも酷く儚げに感じられた。
目の前に置かれているのがザル蕎麦で、手に持っているのがナイフとフォークでなければもう少し様になったと思うのだが。
「一周して逆に器用なんじゃないかと思えてきたわ」
「これが最も完成された食事作法なのです。片手で二本の棒を持って食物を抓むなど、理解に苦しみます」
「ウィンブルムにはナイフとフォークもあったけど、箸は無かったからなあ」
ザルの上の蕎麦をナイフで適切な長さに切り、フォークで巻いてツユにつけて口に運ぶ。
言葉にすると簡単そうだが、実際見てると何故そんな事が可能なのかまるで分からん。
本来ならば出禁にされてもおかしくない食べ方だが、リーゼの日本人離れした容姿のおかげで、今の所「日本に不慣れなおもしろ外国人」扱いでなんとか通っている。
ショートボブに切り揃えられたコバルトブルーの髪と、同じ色の切れ長の瞳。
肌は陶磁器のように白く、スタイルは計算され尽くしたような
日本人どころか人間離れしている造形美だが、堂々としていれば案外怪しまれないものである。
「ここの蕎麦も何度食べたか分からんくらいだけど、珠には故郷の味が懐かしくなったりする?」
「私は向こうではあまり食事は摂りませんでしたので。ミズハこそどうなのです、故郷の味は」
「それがちっとも懐かしく感じんのよね。向こうの食に慣れ過ぎちまったかねぇ」
「……そうですか」
箸を置き、テーブル席のソファに身を任せて蕎麦屋の天井を見上げる。
そういえば、向こうにはこんな低い天井は無かったな、等と思い出す。
五年に渡る異世界での冒険と、その合間にあった日々の暮らしを。
◇
神と人と魔が争う事なく共存する異世界、ウィンブルム。
永久の平和が約束されていた筈のその平穏な世界に、俺こと「
その時の俺は訳あって召喚される前から瀕死の重傷を負っていたのだが、召喚した人間が予想外の状態でテンパった女神、リーザの咄嗟の処置によって一命をとりとめた。
まず命を助けられた事には礼を言ったが、一体これはどういうことか。何故貴女は死にかけの俺をこんな世界へ引っ張り込んだのかと尋ねると「ある日突然現れた魔王が征服戦争を仕掛けてきた。この世界の住人では誰も彼を傷つけることが出来ない。ならば世界の外の住人を」と、出たとこ任せで
なんじゃそらと文句の一つも言ってやりたくなったが、なにぶん命を救われた身。
召喚されなければ死んでいたとあっては、ケチをつけられる筈もなく。
ついでに色々あって少々捨て鉢になっていた俺は、縁もゆかりも無い異世界の危機を恩返しに救ってみることにしたのである。
したのである、と言ってはみたもののそこからが大変だった。
なんせ神と魔が手を取り合い、そこに人が並ぶ世界である。
皆、一人の例外もなく俺より強い。具体的には人の子供が地球の熊くらい強い。
「俺、なんで呼ばれたん?」と尋ねた回数はゆうに五十を超えた筈だが、その度にリーザは小首をかしげて「さあ?」と返してくるのだった。
しかし、それでもコツコツと地道な活動を積み重ね、有力者の信頼を得て、魔王に対抗しうる勢力を形成。最後には一騎討ちの末に黒翼の魔王、クロウを打ち倒す事が出来たのだった。
遮るもののない、満天の星空を見上げて眠る幾百の夜を過ごし。
堅牢な王城で、無数の謀略に囲まれて眠る幾百の夜を過ごした。
その果てに俺達は目的を達した。
初めて出会った日に嘯いた、慰みのような夢を叶えたのだ。
なのに、何故俺は、こんな――
「ぶくぶくぶくぶくぶくぶく、ざばーーっ」
「こらっリーザ!良い歳した神様が潜水艦ごっことかやめなさい!水が溢れる!」
日本の地方都市の風呂トイレ付き1K月6万の賃貸アパートで、暑いのは嫌だこれだけは無理だこの世界は狂っていると泣いて訴える全裸の神様を水風呂に漬ける羽目に陥っているのだろうか?これ結構水道代シャレにならないんですよ?俺世界を救った英雄なんですけど?もうちょっと良い目を見れても良かったはずでは?
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