甘えん坊な妹は兄のラブコメの邪魔をする。

花林糖

第1話『再会』

 短い春休みの終わりが迫る中、妹尾基晴せのおもとはるのスマホは一通のメール受信していた。


『すまん、もう無理だ。お前がなんとかしてくれ』


「はっ? なんだこれ?」



 前述のないメール。

 これだけでは、一体何を謝罪して何をなんとかして欲しいのか分からない。すぐに返信しようと思ったが──


「おーい、何してる基晴! もう休憩終わったぞー」

「ああ! すぐ行くー」


 今はバスケ部の練習中。

 あとで確認しよう、と基晴はスマホを置いて練習へと戻ってしまった。

 そして、意味深なメールのことはすっかり忘れてしまうのだった……。




 翌日。マンション二階の一室で、優雅な一人暮らしを満喫していた基晴のもとに、とある人物が訪れていた。


『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!』


「はいはい、なんだなんだ一体?」


 丁度お昼時に鳴ったインターホン。

 それも執拗なまでに連続で鳴らされ、少しだけ嫌気が指していた。


 だからだろうか。

 ろくに確認もせず、「ガチャ」っと扉を開けてしまった。


「お兄ちゃんっ!!」

「うわっ!?」


 扉が開いた瞬間に誰かに抱きつかれ、勢いのまま尻餅をつく基晴。

 いや、『誰か』なんて決まっている。


「み、美菜みなッ!?」

「うん! 会いたかった……ずっと、ずっとずっとずっとずっと会いたかったよっ!!」


 歓喜の声上げた基晴の妹──妹尾美菜は、基晴の背中に腕を回して、基晴の胸に顔を擦り付けている。

 首を左右に揺らす動きに比例して、美菜のツインテールも細かく揺れる。


「ちょ、美菜落ち着けって……」

「そんなの無理だもん! ずっと会いたいのを我慢して……ぐずぅ、やっと……やっとなんだからぁぁ…………っ」



 兄妹の感動の再会、のように第三者からは見えるだろう。

 ──が実際は年末年始に帰省しているのだから、それほど月日は経っていない。精々が二ヶ月前後と言ったところだ。

 そんなに『久しぶり』って程じゃない。


「ほーら、よしよし……」

「ぅぅぅ………」


 今年から高校生になるというのに、こうも子供みたいに泣きじゃくる妹に呆れる。

 それでも基晴は優しく抱き留めて、背中を丁寧に撫でて落ち着かせる。



「ずずぅ……ぅぅ、おにいちゃん………」

「ん、大丈夫か?」

「うん、ありがと。ねぇ、お兄ちゃん」

「んん? どうした?」


 しばらくして泣き止んだ美菜が、下から見上げるように基晴の顔を見つめる。

 先程まで泣きじゃくっていたため、目の周りが少し赤くなっている。しかし、その目の奥に何やら決意の色が垣間見える。



「手、出して……」

「手?」


 訝しく思いながらも、基晴は特に何も考えずに手を差し出した。

 そしてどこから取り出したのか、美菜は丸い金属製の輪っかを取り出すと……


 ──ガチャッ!


「がちゃ?」

「…………」


 何処かで聞いたことがあるような音が響き、右手首にその輪っかがハマっていた。

 その輪っかは、テレビドラマなどに登場するアレによく似ていた……


「あの、これはナニ?」

「手錠だけど?」

「なんで、そんなものを……」

「だってぇ、もう離れたくないんだもん」


 言いつつ美菜は、自分の左手首にもう片方の輪っかを装着した。輪っか同士は長さおよそ二十cmくらいの鎖で繋がっている。

 鎖は通常より明らかに長いが、それが手錠と呼ばれる拘束具の一種であるのは、間違いないようであった……。


 しっかりと手錠で繋がったのを確認した美菜は、今日一番のとびきり綺麗で可愛らしい笑顔を浮かべた。



「……これでもう離れられないよね?」



 満面の笑みがこの時ばかりは怖かった。

 こうして手錠で繋ぐ、兄妹の新しい日常が始まったのである。

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