ドス黒なずみ童話 ⑤ ~どこかで聞いたような設定の娘の婚活~【なずみのホラー便 第44弾】

なずみ智子

ドス黒なずみ童話 ⑤ ~どこかで聞いたような設定の娘の婚活~(前編)

 ただいまからお話しするのは、ある娘の婚活にまつわるお話である。


 彼女の名前は、ラプンツェル。

 この名前からお察しの通り、彼女は”実の両親の行い”が原因で、18才を目前に控えた今現在も、森の中の高い塔の一室にて暮らしていた。

 彼女が暮らしている”住居の手配を整えた”のは、やはりゴーテルという名前の魔法使いであることも、皆様、お察しの通りである。


 生まれてこのかた、一度も塔の外に出たことのないラプンツェル。

 だが、彼女は”外界へと積極的に足を踏み出したい”――”外の世界を見てみたい”という気持ちがそれほど強いわけではなかった。

 それもそのはず、魔法使い・ゴーテルの庇護の元、彼女は何不自由なく、ゆったりふわふわと暮らしていたのだから。


 戸籍上はラプンツェルの養母となっている魔法使い・ゴーテル。

 血のつながりのない彼女ではあるも、ゴーテルは『シンデレラ』の継母のようにラプンツェルを精神的&肉体的に虐めることなど一切なく、彼女がまだ幼い頃より健康や栄養状態に常に気を配り、「自宅学習」という名目の元、マンツーマンで読み書きをみっちり教えてくれてもいた。


 今現在、”何やら別の仕事が忙しいらしいゴーテル”がラプンツェルの元へと顔を出すのは、3日に1度ほどの頻度にはなっている。

 しかし、ゴーテルはラプンツェルが退屈しないように、彼女の本棚には『ラプンツェル』をはじめとし、『白雪姫』や『シンデレラ』、『眠り姫』や『ヘンゼルとグレーテル』、そして『赤ずきんちゃん』など、子供向けに改良済の物語の数々、美しい挿絵付きの詩集や高価な画集、伝統料理やお菓子のレシピ集などをたくさん揃えてくれていた。

 高尚なクラシック音楽や伝統音楽のレコードたちも、その蔵書数に負けないくらい揃えてくれてもいた。


 ちなみに蔵書たちの中で、ラプンツェルがとりわけお気に入りだったのは、意外なことに自分の名前の由来である『ラプンツェル』ではなく、何やら東洋のとある国を舞台としているらしい『竹取物語』であった。

 挿絵として描かれている”かぐや姫”は、その後ろ姿より髪の長さこそラプンツェルと同じぐらいであったが、見事なまでの緑なす黒髪の持ち主であった。

 物語のラストで、”かぐや姫”は故郷へと帰る。

 月の都へと帰った美しい姫――地上の人々の手の届かぬ高い所へと帰った美しい姫と、”地上の人々の手の届かぬ高い所で暮らしている美しい娘”の自分を重ね合わせずにはいられなかった。



 こんな感じで、ラプンツェルの日々は、いつもと変わらない調子で穏やかでゆったりふわふわと過ぎていく。

 レースがたっぷりと付いたドレスのごときネグリジェ姿のまま、ベッドで寝転び、見目麗しい王子様の姿が描かれた画集をぱらりぱらりとめくっていたラプンツェルは、”魔法使い・ゴーテルの来訪を知らせる音”に顔を上げた。


 童話『ラプンツェル』通りなら、ラプンツェルはその長い髪を窓の外へと垂らしていたが、童話は童話である。

 ラプンツェルの髪そのものも、地上に到達するほどに伸ばすことは無理であったし、伸ばすことができたと仮定しても人ひとりの体重が髪にかかったとしたなら、その重みでラプンツェルの髪は引っこ抜かれ、禿げ頭になってしまうことは明らかだ。



 魔法使い・ゴーテルが塔の下にやってくると、ピンポーンという不思議な音が部屋に鳴り響く。

 その音を聞いたラプンツェルは、部屋の扉付近に設置されている”横長の黒い長方形”の横にあるボタンをピッと押す。そうすると、さらに摩訶不思議なことに”横長の黒い長方形”の中に、ゴーテルがパッと出現するのだ。


 ゴーテルの姿と声をきちんと確認したラプンツェルは、ゴーテルの言いつけ通り、また別のボタンをピッと押す。

 そうすると、幾分もしないうちにヴィーンという不思議な音が聞こえ、その後に”チーン”という、何やら軽快な音が扉の向こうより聞こえてくる。



 十数年前までは魔法使いらしく箒に乗って、青空の彼方から姿を見せていたゴーテルであったが、今やラプンツェルの部屋の扉を開けて姿を見せる様になっていた。

 それもそのはず、ラプンツェルが物心ついた時、すでに”おばあさんに近い年齢のおばさん”であったゴーテルは、いまや、”純然たるおばあさん”となっていたのだから。


「やれやれ、やっぱり年を取ると箒に乗って空を飛ぶのすら、億劫になってくるものだねえ。費用はかかったけど、エレベーターを設置して正解だったよ」


 魔法使いとはいえ、やはり年には勝てないらしかった。

 そのうえ、実を言うと、ラプンツェルは”エレベーター”が何であるのかすら、今だに知らなかった。

 しかし、ゴーテルを完全に信頼しきっているラプンツェルは「おば様がこの塔にかけた魔法の一種よね、きっと」と脳内で完結させ、深く問うことは一度もなかった。


 さらに言うなら、この部屋の中にゴーテルがいろいろ残してくれている「レコードプレーヤー」「冷蔵庫」「電子レンジ」「ガスコンロ」「電気ポット」「掃除機」なども、ゴーテルの魔法の一種であると思っていた。

 それだけではない。

 ”蛇口”というものをひねるだけで水やお湯がいつでも出てくることも、スイッチなるもの1つで部屋が明るくなったり暗くなったりすることも、また、同じくスイッチ1つでトイレで水がザーッと流れて排泄物が消えてしまうことも、ゴーテルがこの塔にかけた魔法の一種だと信じ切っていたのだ。

 

 ゴーテルは”いつものように”持ってきた手料理をラプンツェルの冷蔵庫へと手際よく入れていく。

「一度に全部、食べちゃ駄目だよ。電子レンジで温める時は、タッパーに貼ってあるメモに書いてある時間通りに温めるんだよ」

 次は”いつものように”、ゴーテルはラプンツェルの部屋を掃除し始める。

「ラプンツェル、ゴミはちゃんとまとめてるね。そして、洗濯物はこれで全部かい? ベッドのシーツも含め、出し忘れはないね? 窓のカーテンは次の時に取り換えようかね。次はまた3日後にここにくるからね」



 ラプンツェルの世話を一通りしっかりとやいたゴーテルは「分かってるとは思うけど、火の元にはくれぐれも気を付けるんだよ。火事になったとしても、いろいろと行ったり来たりしている私は、すぐにあんたの元に駆け付けられるとは限らないんだからね」と、”いつもの言葉”を口にした。


 そして、ゴーテルの”いつもの言葉”は、もう1種類あった。


「ラプンツェル、私以外の者が”ピンポーンを鳴らしても”絶対にこの部屋へと招き入れるボタンを押しちゃあいけないよ。姿を見せたのが男なら特にね。どんな思惑を持って、あんたに近づいてくるか、分かりゃしないからね。あんたの好きな”かぐや姫”みたいに、とてつもない無理難題を言って追い払ってやりな。世の中ってのは、不条理で汚いところなんだ。”人に寄生し、骨の髄まで喰いものにしようとする者”だっているんだ。あんたは下界から離れて、何にも汚されることなく暮らしてればいいんだ」


 ラプンツェルの”外の世界を見てみたい”という気持ちがそれほど強くないのは、幼き頃から自身を縛り付ける呪いのごとく聞かされているゴーテルのこの言葉も、一因ではあるのだ。


 自分の言いつけに、ラプンツェルがしっかりと頷いたのを確認したゴーテルは、両手に空になっていたタッパーと汚れた洗濯物を抱えて帰っていった。



※※※



 ラプンツェル自身も、魔法使い・ゴーテルの庇護の元、自分は何不自由なく、ずっとゆったりふわふわと暮らしていくものだと思っていた。


 けれども、そんなある日の昼下がりのこと。

 純白のレースのカーテンの向こうには、この上ないほど爽やかな青空に天使の羽根のごとき雲が広がっていた。


 カーテンだけでなく窓までをも開けたラプンツェルは、それらの美しさと自身の頬を撫でるやわらかな風に思わず、目を細めてしまっていた。

 だが、ラプンツェルは、その美しい青空の中に見慣れないものを目にしてしまう。



――何かしら? あれは……初めて見る”鳥”だわ……



 ラプンツェルは今までに、信じられない程に巨大な”白くて細長い鳥”がキーンという羽音を立てながら遥か上空を横切っていったり、はたまたバラバラという爆音とともに”魚のような形状の鳥”が飛んでいるのを見たことがあった。

 魔法使い・ゴーテルに聞くと、「飛行機だよ」や「ヘリコプターさ」とその”鳥たち”の名前をきちんと教えてくれた。



 しかし、今、ラプンツェルの目に映っている鳥は――彼女の視界の中でどんどんと大きくなり、明らかに彼女を狙って迫り来ているとしか思えない鳥は、ラプンツェルが初めて見る鳥だ。

 風を切りながら近づいてくるそれの、鳥というより虫の羽音のようなブーンという音も、さらに大きくなってくる。



――!!!!!



 だんだんと大きくなってくる鳥の顔を見たラプンツェルの肌が、恐怖でゾッと粟立った。

 顔の中央に、光のない真っ黒な目が1つ。自分へと向かってくる鳥は”一つ目”なのだ。

 ラプンツェルが知っている鳥とはあまりにも違う。違い過ぎる。



「きゃあああっ!!!」


 悲鳴をあげたラプンツェルは、部屋の奥へと逃げ込んだ。けれども、彼女は窓を閉めることを忘れてしまっていた。

 つまり、時はすでに遅し。

 彼女の肌を粟立たせた”鳥”は、そのまま部屋の中へと入って来たのだ!


「いやあっ!! 助けて、おば様!!」


 ゴーテルへ助けを求めながら、ラプンツェルは部屋の中を逃げまどう。

 ”鳥”は、そんなラプンツェルを不気味なブーンという羽音とともに面白そうに追いかけてくる。


「あっちへ行ってぇ!!」


 ラプンツェルは泣き喚きながら、枕を掴んで”鳥”へとブンと投げつけた。

 見事に直撃を受けた”鳥”は、ガシャンという音ともにあっけなく床へと落下した。

 しばらくの間、ヴ、ヴ、ヴ、と苦し気に”呻いていた”が、やがて動かなくなった。



「まさか、死んじゃったの……? 私が殺しちゃった?!」



 床の上で転がっている”鳥”が息絶えてしまったのは、明らかであった。

 柔らかな羽毛で覆われていない鳥の灰色の体は、触らなくともゴツゴツとして固いものであるだろう。

 胴体部分からはなんと4本もの足がニュッと伸びており、その4本の足先に左右に分かれた翼が付いている。

 見れば見るほど不気味で異形な鳥であった。



「どうしよう? どうすればいいの? 助けて……おば様!」


 ラプンツェルは泣き続けた。というよりも、ゴーテルに助けを求めて泣き続けることしか、彼女にはできなかった。

 その時、ピンポーンと”ゴーテルの来訪を知らせる音”が、部屋に響き渡った。


「さすが魔法使いのおば様だわ、私が怖い思いをしていることを感じ取って来てくれたのね」と、ホッと胸を撫で下ろし涙をぬぐったラプンツェル。

 しかし、”横長の黒い長方形”の中にパッと現れたのは、ゴーテルではなかった。


 男性だ。

 それも若い男性。

 さらに言うなら、ラプンツェルが幾度も読み込んできた童話の中より、まるで王子様がそのまま抜け出てきたとしか思えないほどに綺麗な男性であった。

 サラサラでツヤツヤの髪の毛、パッチリ&クッキリとした二重の瞳、あまりにもシュッと通った鼻筋の王子様の突然の来訪。


 しかし――

「あのぅ、すいません。僕の”ドローン”がお宅に入り込んじゃったみたいで、回収させてもらっていいですかぁ?」


 名乗りもせずに、ラプンツェルへと自分の用件を告げた王子様。

 当然、ためらうラプンツェル。


――どうしよう? 台詞こそ違えど、童話の『ラプンツェル』みたいに、私の元にもついに王子様がやってきたということよね? それに……私が先ほど殺しちゃった鳥は、王子様が飼っていたドローンという名前の鳥だったのね。王子様の大切な鳥を私が殺しちゃった……なんてことしてしまったの、私は……! でも、きちんと王子様に謝るべきよね。謝らなきゃ……! おば様には、おば様以外の人をこの部屋に入れちゃいけないって言われているけど……



 ゴクリと唾を飲み込んだラプンツェルの、震える指先がボタンを押した。

 王子様をこの部屋へと招き入れるボタンを。

 魔法使い・ゴーテルがこの塔に残していってくれた魔法によって、王子様もまたラプンツェルの部屋へと足を踏み入れてきた。


 「すいませんでしたっ!」と、ラプンツェルに頭を下げた王子様は、床に転がったままのドローンの死骸へとタタッと駆け寄り、ドローンを両腕で抱き上げた。


「あ、あの……王子様、私の方こそ、ごめんなさい」

 目に涙をいっぱい溜めたラプンツェルは王子様へとガバッと頭を下げた。


「へ? 王子様ってもしかして俺のこと?」

 ”王子様と呼ばれた王子様”は、わずかに眉根を寄せて、ラプンツェルを見た。


「王子様の大切な鳥を私が殺してしまったんです」


「はぁ? 殺したって……何言ってんですか? 壊れただけですけど……それに壊れることになった原因も俺側にあるし、できれば警察を呼ばないでいただけると非常に助かるわけで……」


「あ、あの、その”ケイサツ”って方、どなたですか?」


 ”王子様ではないらしい王子様”の頬が、強張った。

 彼の顔には”おいおい、この女、ちょっとヤバくね?”という心の内がありありと浮かんでいたが、ラプンツェルがそれを読み取れるはずはなかった。


 無遠慮にラプンツェルの部屋の中をグルッと見回した王子様は、今度はラプンツェル本人に――ラプンツェルの頭のてっぺんからつま先まで無遠慮な視線をサッと走らせ、”あちゃー、これは……”と言わんばかりに顔をしかめた。

 だが、次の瞬間、王子様は何かをピコーンと閃いたらしかった。


「お宅にはテレビもパソコンも置いていないみたいですね。それに、スマホやガラケーも持っていない、いや触ったことすらないっていったところですか?」


「え、えっと……」


 テレビ、パソコン、スマホ、ガラケーなどとラプンツェルが初めて聞く言葉が次々に王子様の口から飛び出してきた。


「その様子じゃ、俺のことももちろん知りませんよね? 俺は”グリムン”っていいます。もちろん、本名じゃなくてネット上で使ってる名前だけど。お宅の名前は何ていうんですか?」


「ラ、ラプンツェルです」


「へえ、”お宅の名前も”ラプンツェルなんですね。ねえ、ラプンツェルさん、今日みたいにインターホンを鳴らしたら出てくれるますか? 俺、またここに来てもいいですよね? いろいろお話しましよう」


 王子様もといグリムンの申し出は、あまりにも軽薄であり、強引で自己中心的なものであった。

 しかし、ラプンツェルはグリムンの申し出に、首を縦に振ってしまっていた。


 ラプンツェルは、自分の胸がこれ以上ないほどに、息すら出来ないほどに高鳴っていることを感じていたのだ。

 生まれて初めての体験だ。まさに”こんなの初めて”だ。

 「もしかしたらこの胸の高鳴りこそが童話の中で美しい姫や娘たちが体験した恋というものなのかもしれないわ。いいえ、きっとそうだわ。あの人は私の王子様なのよ。童話は現実に起こることだったのよ」とラプンツェルは思わずにはいられなかった。

 


 数日のち、グリムンはまたラプンツェルの元へとやってきた。

 それから幾度も顔を合わせるうちに、ラプンツェルはグリムンの全身像を冷静に見ることができるようになっていた。


 最初はグリムンの綺麗な顔にばかり気を取られていたも、その綺麗な顔の目と鼻のあたりには”自然のものではないような不自然さ”――何らかの魔法がかかっているかのようにも見えないわけでもなかった。

 それにグリムンとラプンツェルの背丈は並ぶとそう変わりはなかった……どころか、ラプンツェルの方が背が高い。

 グリムンは、童話の挿絵の中の王子様のように長身で肩幅の広い男らしい体型というわけでもなく、中性的な体型であった。全体の引き締まり感のみならず、もしかしたら腰回りだって、ラプンツェルよりもグリムンの方が細いかもしれない。


 だが、グリムンの髪は相変わらずサラサラのツヤツヤであったし、何やら香水をつけているらしく近くに寄ればいい匂いがするし、とラプンツェルはグリムンの来訪を、ソワソワと心待ちにせずにはいれなかった。


 繊細な花柄レースのカバーがかけられたソファーへと並んで腰を下ろす、ラプンツェルとグリムン。

 2人でいろいろなことを話すというよりも、グリムンが質問し、それにラプンツェルが答えるといった会話の図式は、”魔法使い・ゴーテルには絶対に秘密の逢瀬”を幾度も重ねても一向に崩されることはなく、ラプンツェルは胸の高鳴りとともに寂しさをも感じずにはいられなかった。


 それに秘密の逢瀬と言えども、グリムンは口づけどころか、ラプンツェルの手すら握ることはなかった。

 もちろん、部屋の中のロマンティックなお姫様ベッドにラプンツェルを押し倒すことなどもない。

 ラプンツェルが「どうしたのかしら? 最近、お洋服がきついの」といった妊娠を意味する台詞を魔法使い・ゴーテルに向かって口に出すような展開になど一向になりそうになかった。


 そもそも、グリムンは目の前のラプンツェルよりも、手の内の長方形の固そうな物――”スマホ”という名の物を終始、気にしていた。

 ラプンツェルとの一問一答(インタビュー)が終わるたびに、スマホに目を落とし、スッスッと指を滑らせている。

 時にはスマホを、ラプンツェルの顔やラプンツェルの部屋の中へと向ける。向けた後、必ずカシャッという音をスマホが発する。

 またある時には、そのスマホをグリムン自身の片耳へと当てて、”まるで誰かと話しているみたいな独り言”を言ってる。


 グリムン何をしているのかは、ラプンツェルには分からなかった。

 けれども、今は私と話をしているのに、手の内のスマホなるもの方をグリムンが構って大切にしていることは、言いようのない寂しさのみならず嫉妬の感情まで湧き上がらせた。



 初回から8度目に該当する”秘密の逢瀬”の時のことであった。

 ついに”この時が来た”と言わんばかりに、グリムンがラプンツェルの顔をじっと見つめ、口を開いた。


「ラプンツェルさん、俺と一緒にここを出ませんか?」


「!!! えっ、で、でも……!!!」


 一緒にここを出よう、つまりは”結婚していつまでも幸せに暮らそう”と一瞬にして、脳内変換をしてしまったラプンツェルの心に喜びが広がる。

 けれども、その喜びの片隅に、自分を今まで育ててくれて、今もいろいろと世話を焼いてくれている魔法使い・ゴーテルの悲しむ顔もちらつかずにはいられなかった。



「実はね……俺、結構、有名なユー〇ューバーなんですよ。俺と一緒に稼ぎましょう。もちろん、ラプンツェルさんの顔出しは必須ですけど……ビジネスパートナーとして一定期間の契約を結びましょうよ」


 ラプンツェルは面食らった。

 というより、グリムンが何を言っているのか、さっぱり分からなかったため、混乱した。

 「ユー〇ューバー」や「顔出し」や「ビジネスパートナー」などという言葉の意味が分からなかったのだ。


 ラプンツェルの混乱を察知したらしいグリムンは、ハァと溜息をつく。

「こんな風に世間の流れに全くついていけないほど、外界から隔離し続けてきたのはもはや一種の虐待じゃねーか」と、ボソッと小声で呟いた。


「ラプンツェルさん、文字の読み書きはできるんですよね? じゃあ、俺が今から見せる『Tw〇tterまとめ』だって読むことができますよね。ラプンツェルさんの養母となっている魔法使い・ゴーテルですが、ネット上でこんなこと呟いているんですよ」


 グリムンがスマホに女のように細くて白い指をスッスッとすべらせたかと思うと、スマホをラプンツェルの目の前へとかざした。


 『Tw〇tterまとめ』が何であるのかは例のごとく分からなかったラプンツェルであった。

 しかし、スマホの中に魔法のごとく映し出されている衝撃の言葉たちの数々が、目に飛び込んできたのだ!



※※※※※※※※※※※※※※※


 ラプンツェル保護師 @Gotell-Tall-tower


 ワイ、魔法使いのババア。ワイのラプンツェル畑を荒らしまくったDQNカップルから、また赤ン坊、取り上げたったwww

 ちなみに、この18年で10人目となる赤ン坊。

 何がイン〇タ映えやねん、蠅どもが。やっていいこととそうでないことの区別もつかんのか。マジでしばくぞ。


※※※※※※※※※※※※※※※




――後編へと続く――

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