失くならない物



 笑いながら、ちらりと笑顔のマリアの横顔を見るタイチ。


 彼は先ほど拾ったアレ――自分のポケットにしまっていたカメオのブローチを、いつマリアに返そうかと迷っていたのだ。


 ちょっと汚れてしまったけれど、マリアは喜んでくれるだろうな。その時の愛らしい少女の顔を思い浮かべて、自然とタイチの顔がニヤニヤする。


 そんなピンクの気持ちに反応したのか、マリアが突然タイチの方を振り向いた。


「あ、タイチ!」


「え! は、はい!」


 タイチの声が裏返った。


「ちょっと……こっち、いい?」


 マリアは三人――特にアイ――を見ながらひそひそ声でタイチを手招きをする。


 二人はアイの部屋をこそっと出ていった。


 秘密の相談だろうか。私はこの若い二人に少し興味を持ち始めていたので、扉が閉まる前に立ち上がり、すっと隙間から廊下に出た。


 私の目に、つらそうに話を切り出すマリアが映った。


「さっきはみんなの前だから軽々しく言ったけど……謝らなきゃと思って。あの……『仕方ない』とかいってゴメン!」


「え?」


 タイチの顔色が変わった。


「不用心に胸から外して、窓際の机に置いたの私だもん。ちゃんと身に着けていれば、こんな事にはならなかった。せっかくタイチがくれたのに……私が――」


「違う……マリアのせいじゃない! 窓を開けたのは僕だし、失くしてなんていない!」


 泣きそうになるマリアを見て、タイチが大声でさえぎった。拳をばっと開いて、中に握っていたブローチをマリアに見せた。


「あ!! ブローチ! どこでそれを?」


「庭の土の上で見つけた。カラスも途中で落ちたなんて、気づかなかったんだろう」


 マリアの顔から心配の色が消え、とろけるような安堵の表情に変わった。


「ああ! 良かった……私てっきり失くしたって……もう二度と戻ってこないって思ってたの……」


 涙声でブローチに指を伸ばすマリア。しかしタイチはそれを許さず、再びブローチを握りしめ、ポケットの中に隠してしまった。


「え……?」


 驚いた表情で固まるマリア。


「大事にしてくれるの、嬉しいよ。だけど失くす度にそんな悲しい表情かおをされるのは嫌だ! 僕が買ったのは物だけど、送ったのは気持ちなんだ。それはずっと失くならない」


「タイチ……」


「それにさ……土で汚れてるブローチなんて、マリアには似合わないよ……」


 タイチは表情がたなくなって、つい恥ずかしさで目を反らした。ポリポリと指で頭を掻く。


「あ、あの! 今度もっとマリアに似合うやつ、選ばせて欲しいんだけど……」


「……うん!!」


 マリアは目一杯に涙を貯めて、コクンとうなずいた。そのままタイチに一歩ずつ、近づいていく……。


「タイチ!」


 マリアがハッとしてその場から飛び退いた。顔が真っ赤だ。タイチが振り返ると、半開きになったドアに挟まるように、級友の顔が縦に並んでいた。


「あーあ、暑い暑い。また・・窓を開けないとねー」


「ぞーんび、にゃ! 安心しろ、タイチ。ちゃんと録画してるぞ。続き続き」


「ぬぬぬぬ、こんなのワタシの部屋の前で見せんなー!!(泣)」



 タイチとアイの二人は顔を真っ赤にして、お互いにそっぽを向いてしまった。


 こういう暑さに弱いタイチは、両手でうちわを造って必死に顔を仰いだ。そうしているうちに、遠目で見ていた私と目があった。


「な、何だよ! お前まで僕をからかうつもりか? こいつ!!」


 タイチは苦し紛れに走ってその場を逃げると、私を奥の部屋の扉の前に追い詰めた。


「た、確かにお前の活躍は認めるけどなあ、それとこれとは話が別だ! そんな呆れた目で僕を見るのは許さない!」


 泥棒は許したくせに? タイチの理屈は照れているせいで、無理やり過ぎた。私は無視して横をすり抜けようとした。しかしタイチは身をかがめると、無遠慮に両脇に手を通してきて、軽々と私の体を持ち上げてしまった。


「ほら、何か言い訳してみろよ!」


 ほんと子供ガキには付き合いきれない。私は言った。


「ニャア!!」




(僕らが犯人を許したのには理由がある   おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る