タイチの気持ち
「ただいまー」
玄関の鍵がカチャリと回る音、そして大人の男性の声。
「げげ! アイのお父さん?」
そう。帰宅したアイの父親が玄関のドアを開けてしまったのだ。
「うわぁぁぁ、何だ!!」
バサっという何か薄いものを打ち付けるような音がした。その黒い影はびっくりして声を上げる父親の脇をすり抜けて外に出てしまった。
「くっそー! 日頃の行いが悪かったか!」
タイチは舌打ちしながらも、玄関に向けて走り出した。
「な、な、何だんだ、あれは!! え? タイチ君?」
「ど、どうもお父さんお邪魔してます! 急ぎなので失礼します!」
「はあ……」
アイの父親とのどこか滑稽なやり取り。
タイチは靴もろくに履かずに、扉から外に出た。
「どこだ!」
正面はもちろん、急いで左右を見回したが、夕暮れのオレンジ色の光に照らされるアイの家の前の道路に、侵入者の姿は見あたらなかった。
くっそー、いよいよ諦めなきゃいけないのか……タイチは今になって息切れしてきた肺に、ハアハアと空気を送り込んだ。
その時、タイチの頭上からバサッという音がした。玄関で聞いたあの音だ。汗が目に流れ込んできたので、タイチは右目だけを開いて空を見上げた。
タイチは見た。侵入者はちゃんと
彼(彼女かもしれない)はタイチに何かを言いたそうだった。最後にもう一度タイチと目を合わすと、ひとっ飛びでアイの家の前の道路を飛び越えた。彼が再び落ち着いた先は、目と鼻の先にある大きな公園の、大木の枝の上だった。
「あ……もしかして……」
タイチは目が良かったので、彼が移動した先にある物が見えた。
「そうか……なんだ、そうだったのか……」
タイチの体から力が抜けた。少年はその場にペタリと座り込んで、力のない、けれど妙に納得した笑い声を上げ始めた。
「はは、何だよ。それならこんなに疲れるまで追っかけなくても良かったよ……ふぅ。ん?」
笑いが収まった時、タイチは自分が座りこんでいた玄関のすぐ横――庭の土の上に何か光るものを見つけた。
昼間、何度もアイの家に出入りしたけれど、気づかなかった。日の沈む時間帯になって、西日が反射して初めて発見できた。
タイチは座ったまま手を伸ばし、それを指で拾い上げた。
なんだ、こんな所にあったんだ。犯人はこいつを自分の住処に持っていかず、ここに落としていったんだ。これこそ落とし物だ。
タイチは落胆したような、ホッとしたような、不思議な気持ちになった。
タイチの背後で玄関の扉がカチリと鳴った。思わずタイチは拾った物をポケットにしまった。
ドアがゆっくりと開いた。追いかけてきたマリアだ。少女はタイチのそばに来てひざまずき、心配そうに尋ねた。
「大丈夫? タイチ」
「……ああ」
「容疑者さん、捕まえられなかったみたいね……」
「うん、そうなんだ」
マリアはタイチの満足げな表情を不思議そうに眺めた。
「……なんか、その割にはスッキリした顔してない?」
タイチは鼻頭をこすった。
「……うん。捕まえるとか、どうでも良くなってさ。世の中って、たまに仕方ないって思うコトあるだろ。今回がそうかも」
タイチは起き上がろうとして、マリアに助けを求めた。少女が差し出した手をギュッと握る。
「わかっちゃえば、もう納得って感じ。あーあ、あんなもの見ちゃったら、捕まえられないよ! でもさ、マリア。何だか今日はいろいろあって楽しかったな!」
そう言ってタイチはマリアに笑いかけた。
マリアの心臓が高鳴った。屈託のない、本当にやるべき事をやったという満足そうな笑顔。ああ、私の好きなタイチの表情だ。
マリアは胸に温かいものを感じて、頬を赤らめた。彼がもういいと言う理由は、マリアにはまだわからない。けれどこんな顔をされたら私、何だって従ってしまうわ。
タイチはマリアの手を握ったまま、言った。
「さあ、部屋に帰ろう、マリア。戻ったらイチヤの双眼鏡を借りるんだ。その後は、みんなと宿題の答え合わせだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます