そいつを逃がすな!
「突撃だ!! にゃーーーーー!!!!」
突然、壮絶に寝ぼけたイチヤが叫んだ。
それだけでも、タイチたち見張り組の心臓は、口から飛び出しそうになった。
続いて耳をつんざく警報が、家中に鳴り響いた。
「ぎゃーーーーーーー!! 何なにナニぃぃぃぃ!!!!」
アイが尻尾を踏まれた子猫みたいに飛び起きた。
起こった事は単純だった。床に置いたエアガンの突起に、イチヤが付けていた防犯ブザーのストラップが引っかかり、ピンプラグが抜けてしまったのだ。
律儀に電池まで補充されていたブザーの強音が、仲間たちの自由を奪う。
「なんだ!! 敵襲か!?」
飛び起きたイチヤが銃を構え、見えない敵を威嚇する。彼の頭はまだ寝ぼけていた。
「トシカズ! お願いだから、イチヤのブザーを止めるの手伝って! タイチ、あれ!」
ブザーに負けない大声と身ぶりで、マリアがタイチに警告した。
タイチは両耳を押さえていたが、不思議とマリアの声は聞こえた。パニックから立ち直って、あわてて部屋の中を見る。
しまった! 飛び出すタイミングを逃し、完全に出遅れたタイチは、自分の失敗を呪った。
運が良いことに、相手もびっくりしたのか、最初は立ち止まってオロオロしていた。だがすぐに身の危険を察知し、窓の方へ引き返そうとダッシュをかける。身軽な族は逃げるのも素早かった。
「やっば! このままじゃあ逃げられちまう! 何とかしないと!」
そう叫んだタイチだったが、侵入者を止める策が全く思い付かなかった。
万策尽きたって? 私に聞くのかい? ふん、まだまだいくらでも策はあるさ。取り敢えず、こいつを逃がさなければいいんだろう。
私は背を屈め、誰よりもすばやく動いた。暗闇の部屋を走っていって、ベッドの上で一度跳ね、机の上に見事に着地した。
ここは通らせないよ。私は窓の前に立ちふさがって威嚇した。
慌てて急ブレーキをかける侵入者。見事、逃走の
「よくやった!」
タイチがガッツポーズをする。
侵入者は慌てていたが、逃げることについては冷静だった。すぐに身を翻すと、もうひとつの脱出経路、部屋の扉の方へと猛然とダッシュした。
「きゃあ!!」
目前に迫る黒い相手のあまりの勢いに、マリアがびっくりして思わず後退りした。足が絡まって尻もちを付きそうになる所を、タイチがすばやく背中に回って肩を支えた。
「あ、ありがとう!」
マリアのお礼の声のバックに、タイチに足を踏まれたアイの高い
「追うんだ、トシカズ!」
マリアを介抱しながら、タイチはすぐに指示を出した。けれどトシカズはまだパニックから完全に抜け出せず、目を見開いたまま動けなかった。
「くそっ!」
トシカズはあんな状態だし、アイは足を押さえてうめいている(何やってるんだ、あいつ?)、イチヤは銃を捨てて、必死にブザーを止めるピンを探していた。
駄目だ。間に合うかわからないけど、僕が行くしかない。
タイチはマリアからそっと手を離して、黒い影を探した。
部屋を出た影は飛ぶように走り去ると、廊下の折り返しにある階段でくるりと向きを変えた。
このまま一階に逃げる気だ。アイの家の間取りがタイチの頭に浮かぶ。そのままいったらすぐに玄関で、やつは簡単に外に出られるだろう。外に逃がしたら、素早い相手を探す手段は永久になくなる。
「待て!」
タイチはサッカーで鍛えた強い脚力を発揮し、バネのように飛び出した。
「気をつけて!!」
マリアも何とか立ち上がって、後を追おうとする。
タイチはとても素早かった。力任せに廊下の終わりまで猛ダッシュすると、階段の手すりをつかんで全力でブレーキをかけた。それでも止まりきれず、家の壁を蹴って何とか反転した。
しかし相手はもう階段を降り終え、一階までたどり着いていた。何という素早さだろう。
『逃したかも……』そんな最悪の結末が脳裏をよぎる。だが今は体の動く限り追うしかない。
「いてててて!」
一階までの階段をたった三歩で降りきったタイチだが、さすがに着地で体勢を崩して尻を打ち付けてしまった。衝撃で尾てい骨がしびれ、顔をしかめた。
涙目でこらえていると、玄関の方でダンダンと扉を叩く音がした。
ついてる! タイチは幸運の神様に感謝した。音からして、そいつは玄関の扉を開けるのに苦労し、立ち往生しているみたいだ。
痛みが回復するのを待って、すぐに追い詰めようとしたタイチだったが、幸運は長くは続かなかった。
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