容疑者T



「ねえタイチ。でもなんか今日のイチヤ、結構マジだったと思わない?」


 先程までのイチヤの演技に気圧けおされたのか、トシカズが真面目な顔で聞いた。


「あのなあ、トシカズ。あいつのはいくら上手でもプロのコスプレイヤーみたいなもんだ。立派なもの被ってるだけで、中身はイチヤそのまんまだぞ」


 その言葉はちゃんと本人に聞こえていた。失意の底から歯を食いしばって復活するイチヤ。


「く……くそぉ!! 言ってろ、タイチ! さあ、そろそろ種明かしの時間だ!! もう僕には犯人がわかってるんだ!」


「え、もう? マジ?」


 タイチとアイ、トシカズはお互いに疑念のアイコンタクトを送る。


 イチヤは持ち上げていた人さし指で、トシカズから、アイ、マリアと順に指し示していった。その指は最後にタイチの前でピタリと止まった。


「タイチ! 犯人はお前だ!」


「げげ! 馬鹿言うな! な、なんで僕なんだよ!」


 一瞬にして三人の疑いのオーラが、タイチに襲いかかる。日頃のタイチの行いが後押ししているようだ。マリアだけはまったく信じられないのか、キョトンとしていた。


「なんでそんな適当なこと言うんだ! 証拠でもあるのか!」


「ははは! そのお決まりの台詞、イコール私は犯人だって言ってるようなもんだ! では理由を教えてやる。タイチ、お前は何か失ったものがあるのか?」


「へ? 失ったもの? え? えー……」


 タイチは腕組みをして考えてみた。


「いや……言われてみたら何も盗られていない。というか大事な物、ここに持ってきてないしなあ……」


「ほら見ろ! 事件は被害が無いやつが犯人だって決まってるんだ! 先々週の放送がそうだった! トシカズ刑事、あいつを拘束しろ! 犯人の身体検査を行うぞ! 奴に盗品を運び去る時間は無かった。みんなの宝物を所持しているはずだ!」


「は、はい! 名探偵!」


 すっかり暗示にかかっていた素直過ぎるトシカズは、困惑するタイチの背後に周り、チームメイトを羽交い締めにした。


「こ、こら離せ! 何で言われたとおりに動いてんだ、トシカズ!!」


「ぐふふふふ……」


「い、イチヤさん? こら! 手をワキワキすんな、離せったら! わぁぁ! うっ! うひゃひゃひゃひゃ!!」


 マッド・サイエンティストのような手付きのイチヤが、タイチの服を脱がせにかかる。一流ゲーマーの中学生の指はとても器用に動き、あっという間にタイチをトランクス一枚に仕立て上げた。


「きゃあ!!」


「わぁお(嬉)」


 恥ずかしがる二名の女子が手で顔を覆う(うち一名は、指の隙間が広い)。


「むむむ、そんな馬鹿な! 何も持っていないだと!!」


 イチヤが驚愕の叫び声を上げた。


「え、無かったの?」


 力を緩めたトシカズの腕から逃げ出したタイチは、あわててTシャツをつかむと、体――特に下の方を必死に隠した。


「バカヤロ! どこにそんな物隠す場所があるってんだぁぁ!」


「むーん、捜査は完全に行き詰まってしまった……」


 推理に失敗して意気消沈したイチヤは、すっかり大人しくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る