無い!!



「うわぁ! 何だこりゃ! 見ろ、タイチ!」


 二階からイチヤの叫び声がした。私がとうに目を覚まし、リビングでテレビを見てくつろいでいた時だった。


 予想通り、騒ぎになったか。感想はそんな感じだ。では様子を見に行くとしよう。私は階段に向かった。


「おわ! こりゃ、何だか……さっきよりヒドくなってないか、トシカズ」


「う、うん。凄いね。徹底的」 


 足音がして、アイとマリアが上がってきた。


「ふぅ! さっぱりしたぁ~♪ あれぇ? みんなどうしたの? もうママ掃除終わったって言ってたよ……って、きゃあああああ!」


「わ! 何この散らかり方! 部屋中が滅茶苦茶になってる! ねえ、どうしたの、タイチ?」


「……え?」


 話しかけられたタイチが鈍い反応を示す。


「え、あ? ああ! 僕たちも外から戻って、いまこれを見たばっかりでさ! びっくりしてるんだ! は、ハハ!」


「?」


 マリアの不思議そうな視線から目を反らすタイチの顔が、真っ赤になっていた。


 あ、危なかった。タイチは生唾を飲み込んだ。


 湯上がりで上気したピンク色の頬のマリアから視線が外せないとか、濡れた髪をアップにしてるから見える首筋がやけに色っぽいとか、そんな事はとてもとても言えない。


 私が後ろから覗きこむと、部屋は想像以上に滅茶苦茶になっているのが分かった。


 棚からは本が引き抜かれ何冊床に落ちているし、ピンクのシーツはマットレスから外され、一部が引き裂かれたりしていた。


 枕の脇で倒れている、首のないクマやウサギの縫いぐるみたちが痛々しい。


 掃除してくれたアイの母親は、子供たちの文具や教科書を綺麗に揃えてくれたのだろう。


 しかし今、丸テーブルの上に真っ直ぐに置かれた物はひとつもない。ペンも消しゴムも飛び散らかって、誰のものか分からないぐらい滅茶苦茶になっていた。


「取り敢えず、みんなで手分けして片付けない? もうアイのお母さんにばかり迷惑かけられないよ」


 マリアが混乱する場を仕切りだした。自分の部屋を汚されたショックから立ち直れないアイの背中を、優しく擦ってあげた。


「うぅ……クマのラッフィぃぃ……ポンピングラビットぉぉ……私のお気にのシーツぅぅ……」


 フラフラと部屋に入っていく部屋ぬしのアイ。親友の頭を撫でながら、マリアもついていく。


 それを契機に、それぞれが片付けに動き出した。


 四人もいれば進捗はとても早く、落ちた本が綺麗に並び、千切れたノートで真っ白だった床が、だんだんと本来のカーペットの色を取り戻していく。


 しかしここで異変に気づいたのは、いちばんぼーっとしていそうなトシカズだった。


「あれ……おかしいな……」


「ん? どした?」


「……無いんだよね、僕のメガネケースが」


「め・が・ね? ケース? もードンくさいな! そのへんにあるだろう」


 タイチは面倒臭そうにベッドのあたりを指し示す。


「いや、そこも結構探してるんだけど、どこにも見当たらないんだ! ホント!」


「だからぁ、そのあたりに――」


「あ……あ……大変!!」


 タイチの文句はマリア驚きの声に中断された。普段おとなしいマリアは大声をあげること自体が珍しい。


 何事かと焦った全員が、マリアに注目した。


 勉強机の隣で片付けをしていたマリアが、いまは目を見開きショックで肩を震わせていた。


「どうした、マリア!」


「な、無くなってるの……私のブローチが……」


「えぇぇ!!」

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