第319話―冬雅は決めた。もう告白しないと―
暗闇の中から薄明に目覚める。
瞼をゆっくりと開くと同時に襲われる眠気。
そのまま二度寝をしようかと思ったがやる事があるので誘惑を断ち上半を起こす。そこで
「…そうだった。もう早く起きる必要なんか無かったんだな……」
心の中に穴が開いたようだ。
今度はやるせない気持ちで腰を上げると窓に近づきカーテンを両手で開ける。隣のベランダには
腰まで伸ばした黒髪は絹のように美しい冬雅が…いるわけがなかった。
鉛のように重たくなった身体で一階に降りて洗顔と歯磨きしてから
居室に入る。
「おはよう兄者」
「えっ、ああ。おはよう
アニメを視聴していた弟の移山。
まだ出勤するには早い気がするけど訊いても仕方ない。
どうせ早く起きたとかだろうから。
焼き魚と味噌汁を作り始めて、出来上がるとテーブルに運び
朝の食事を独身男性の二人。うーん、なんだか移山に恋人がいないのか気になってくる。
「比翼から聞いたんだけどよ兄者これからJKをナンパしに行くって?」
「なっ、へっ?どういうこと」
冬雅や真奈がいるのにそんな馬鹿な事をするわけがない。いや、いなくても犯罪まがいな事をしないのだが。
「軽い冗談。通学路で待ち伏せして会いにいくんだろう?
…言ってみたが犯罪臭がすごいなぁ」
「そのセリフ昨日やったよ」
比翼から知らされたというのは決断した行動だろう。字面通りで、それ以上もあれば、それ以下もあり
合ってお互い納得するまで話をしたいと思っているが絶対にそうは行かずに何かが起きるのだろう。
「そうなのか?俺は仕事にいかないといけないのに兄者は好きな相手を会いにいくんだからなぁ。…リア充にもほどがあるだろ。はっは」
「うっ、痛いところを…ああ。
冬雅を会わないと始まらないし終わらないんだ。だからこれは勝手で個人的な決意で美化されるようなものじゃないんだけどね」
少し熱くなった思考をクールダウンしようと緑茶を啜る。淹れたばかりの熱さに舌が悲鳴を上げる。
自分の行動を貶すような発言したのは勘違いしないためだ。周囲にも俺にも、恋愛は自分勝ってなもの。
「ほーん。兄者、頭が良さそうでバカだからなぁ。冬雅の口で言っていたら諦めていると思うぞ」
移山は言外に含みが
力不足を感じずにはいられない。役者不足と偉そうにするのは遠そうだ。
「冬雅の口って、本人から直接に言われたら諦める事なら…
そうならないと思う」
「だと、いいけどな。警告するなら周囲の事じゃなく冬雅と兄者の二人で決めないといけない選択もある」
「……ああ、肝に
俺と冬雅で決めること。その選択とは何か分からないが模索して行こう。
「おっと、そろそろ会社に行かないと。そういうわけだから頑張れよ」
カバンを持ち立ち上がると失念していた事を思い出す。
「そうだった。移山たまにはお弁当を作ったから持っていてくれ」
「えぇー気持ち悪いなぁ。まぁ、持って行くけどよ」
習慣となっていた冬雅のお弁当を作ってしまい処理に困っていた理由。そんな背景など読まれている
から悪態をついたのだろう。サイズが女の子向けだから同僚から見られたら大変だろうけど。
…まぁ大丈夫だろう。根拠ないけど。
「中身は冬雅の好みになっているから移山の口に合うか保証はしないけど」
「いや、それを持って会いに行けば喜ぶんじゃないか?」
「そんなに食べないから無理するだろうから。、いいよ」
「これを知ったら冬雅は泣くだろうなぁ。本当に遅れるから、じゃあ。っと比翼に伝えてくて…
色々と疑って悪かったと」
「えっ?いや自分の口から言えばいいんじゃないか…ってスルー!?」
遅れる理由なら別に応えなくてもいいけど。頼まれたから比翼に伝えておかないといけないか。
そして日が沈むまで俺は家事をして執筆していた。そろそろ下校の時間かと俺は帰路に就くであろう場所に向かおうと立ち上がる。
待って、そもそも塾があるのかもしれない。俺は真奈にラインで送信してすぐ返事が来る。
予想は的中で塾で少し遅くなるようだ。そして冬雅はため息が多いとも書かれていた。
そして数時間後、真奈から帰りますとシンプルなメッセージが届く。
(そろそろ行くか)
今日は
「そうだ。これを持っていかないと」
俺は部屋にある大事な物をポケットに入れて外へ出る。
冬雅が通るとされる場所へ着くとスタンバイ。真奈と同じ塾だから途中まで同行しているため教えてもらったのが駅前。
日が沈むまで時間は、そう掛からないだろう。俺は大事にしていたポケットから物を取り出す。
(冬雅が修学旅行でプレゼントされたお守り。幸せになってほしいと祈ってくれた。
冬雅と会うなら、これは必ず持っていかないと気がした)
元気づけられポケットに戻す。
少し暇なので人間観察して小説のアイデア浮かばないかなと天に祈るようにして喧騒な駅前を眺める。
どれぐらい経ったか待っていたら冬雅の声が聞こえて振り返り、やっと見つけた。俺は駆けたい気持ちを抑えて真奈と二人で
談笑している方へ足を進む。
「えっ!?お、お兄ちゃん…」
どこか
飛び込んだから気づいたのだろう。
思いよらない再会に冬雅は目を疑うように停止していた。まるで、冬雅だけが動いている世界に止まっているように錯覚させられる。
「冬雅。こんばんは、久しぶり…じゃないか。その少し話をしないか?」
「……」
冬雅は
見守る。
「その、お兄さんの前なら感無量で告白するかと思ったのだけど」
「そうか。必ずそうさせてみせるよ」
年が離れているから失敗すると思い断ったが冬雅は、それでも果敢に告白してきた。
毎日すると自分に課して何度も想いを告げられた。惹かれるようになったのは諦めない心と純粋で温かい好意に。
「いつものように行かないと思う。それでも諦めないんだ。だから――」
「そんなの…出来ないよ」
諦めないでほしいと発する前に冬雅が遮られた。な、何を。一体どうしてそんな事を?
「お兄ちゃん…ううん。
それじゃあ……さようなら」
「「………」」
それだけを告げると冬雅は駅の構内コンコースへと足を進めるのだった。俺と真奈は視線だけが追い言葉や近づこうと出来なかった。
「どうして、あんな事を」
「お兄さん………」
冬雅がいなくなってから開放されたように呟くと真奈は俺の手をギュッと強く握り出して励まされる。
もし真奈がいなかったら俺は膝を崩していたのかもしれない。
「それじゃあ、お兄さん。行きましょうか」
「…ああ。そうだな」
そのまま俺の家へと足を進める。
いつもなら話題に悩む事なんてなかったのだが今回に限っては違った。それからは
真奈の勉強をしている隣で執筆して、料理を手伝ってもらい、夜の帳が降りて家まで送るのも真奈に
励まされるだけだった。
傷ついてJKに心配されるなんて情けないにもほどがある。その気概だけがあって行動に移せないほど
弱くなっていた。
「ハァー。明日から真奈に心配されないよう頑張らないと…いや
賢明でよく見ているのに隠すなんて出来ないじゃないか…」
夜の住宅街は静かで不思議と誰もいないものだった。俺しかいないと考えると自然に口から考えた事が出る。ただのブツブツを見られたら危険人物以外に何者でもないなと
自分に呆れて歩く。丁字路の下に位置する俺は右に曲がろうとして
誰かが肩にぶつかた。
「あっ、すみません」
謝るのは冬雅と年齢が変わらない女の子だった。鎖骨まである黒髪は闇色に輝き、色が抜けるように白い、潤いがある瞳。
「いえ、こちらこそ、すみません」
そう返事をして再び歩く。考え事をし過ぎて注意散漫していた。
振り返れば、冬雅と曲がり角でぶつかった事から始まった。
懐旧の情が溢れていく。燦々と降り注ぐ月光を見上げて俺は込み上げてくる涙を堪えて進むしかなかった。
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