第160話 寄り添う二人は


 きつい勾配のある雪山を下りると、ようやく馬を繋いだ小屋まで着いた。あとはなだらかな下りの道だ。馬でゆるゆると帰途に着けば良い。


 と、思っていたシュンをカイは馬上から手を伸ばすとその身体を引き寄せた。そのままあっという間に同じ馬に乗せられる。


 普通なら後ろに乗せられるところを、カイは自分の前に横抱きに抱えてシュンを乗せた。


「カイけい? あの、恥ずかしい、です」


「うるせぇな。街の近くまで乗せてやるってんだ。しっかりつかまってろ」


「あの……?」


 戸惑いながらも言われるままに彼の胸元にしがみつくと、ほのかに彼の肌の匂いがした。


 急にカイと過ごした夜のことが思い出されて顔が熱くなる。


 ほの明るい暁光の中で二人は再びむつみ合い、この上なく甘美な夢を見たのだった。


 ——二度もあのような。


 思い出してしまうとカイの顔もまともに見られない。しかしその反面、間近にある彼の凛々しい顔を見たいという気持ちもある。


 幸にして白兄はシュンが乗って来た馬を連れて二人の先を行く。二人の気持ちを知っていて、素知らぬふりで少し先を進んでいるのだ。


「こうしていると、暖かいですね」


「そうか」


 片手で馬を操りながら、シュンを抱き寄せる手はまるで彼女を離すまいとするかのように力が入る。


 その腕の強さに、シュンはまた心を躍らせた。


 思い返せば山道を降りる時もシュンのことを気遣ってくれていた。足を滑らせぬよう手を取り、転んでも平気なように下で待ち——。


 それを顔に出さないし、いつも不機嫌そう。


 ——でも私だけに見せてくださる顔があった。


 もしかしたらカイの持つ優しさを知っているのは自分だけではないかと慢心してしまう。白兄を除けば、という話になるが。


 その優しさに、自分もまた応えていかなくてはならない。


「お二人の後を追っても良いでしょうか?」


「——何のことだ?」


紫珠しじゅで学んだ事を活かすような、まつりごとに関わる事をしたいと思います」


「……」


 カイは答えない。


 その代わりにシュンを抱く腕に力を込めた。


「…………」


 カイは胸に抱いている少女に顔を寄せた。何か確かめるように頬を触れ合わせると、シュンの耳元に口付けをする。


「やめておけ」


 短くそう言った。


 どう足掻いても自分には未来がない。


 ——俺の目の届かない所へ行くよりも、何処か安全な所にいて欲しい。


 それがカイの思いであるが、その場所は何処かと問われれば、答えられはしない。


 それでもシュンは汲み取った。


 カイが自分の事を心配しているが故に、付いてくるなと言っているのを。


 ——今は考えまい。今だけはカイ兄のことだけを想っていよう。





 つづく




 次回『裁可の時』

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