第92話 カイの意地


 今度はシュンが黙る。


「せっかく巻き込まないようにしたのに、なんで戻ってくんだよ⁈」


「も、戻りたかったからです! 悪いですか⁈」


 戻りたかった。

 この場所に。

 会いたかったから。


 しかしカイはシュンの気持ちには気づかず突き放す。


「ああ、駄目だね。それを持って帰れ」


 カイが割符わりふを指差して言う。だがケイが先にそれを手にした。


「これは私が預かる。シュン、君の決心は私が周公に伝えよう」


「おい、よせよ!」


 カイはやや無理矢理にケイの手から割符を奪い取る。カイの意外な行動に、さしものケイも防ぐ事が出来なかった。


 カイは割符を握りしめながら、ケイから距離を取る。ケイはそんなカイを見つめながら、


今更いまさら何を言う。何の為に今まで力を注いで来たのだ?」


 その言葉に今度はカイが押し黙る。ケイは更に言葉を重ねた。


「周公の計画が夢物語と思っていた訳ではあるまいな?」


「……そんな事は思ってねえよ。その為に育てられたんだしな」


「だけど」とカイは言う。


「これは御大おんたい(周公)には持たせねえ。シュン、お前が持っていろ」


「ええっ⁈」


 名指しされたシュンは驚く。驚いたのはケイも同様だ。カイは威嚇するように声を荒げた。


「それだけは譲れねえ。これはコイツの奥の手だ」


 いわば保険。


 周公の手が及ばぬようにする為の手。


「御大の手にこれが渡ってみろ。シュンの安全は誰が保証すんだよ」


 周公にとって、カイは重要な持駒。ケイは周家一族の筆頭。ではシュンは——?


 太子との入れ替わりを知る者は少ない方が良い。必要無くなれば——。


「私の保証では足りないか?」


 心底すまなそうな顔でケイは言う。しかしカイは首を横に振った。周公相手では、ケイも歯が立たない。強く命じられては従うしかないのだ。


「ケイ、こっちに割符があるのは間違いないんだ。欲張るなよ」


 暫しの逡巡の後、ケイは口を開いた。


「……よかろう。シュン、間違っても無くすなよ」


「はい……」


 シュンは割符を受け取ると、そっと布で包み直し、懐へ戻した。その様子を困ったように眺めていたケイはため息混じりに付け足した。


「周公への『お願い』は無しだぞ。実物を渡せぬのならその進言は出来ない」


 ただ報告だけはする、と彼は額に手を当てて黙り込んだ。





「……全くとんでもない事をしてくれたな」


 カイが力が抜けたように言った。


「カイ兄……ごめんなさい」


「なんだよ、今更。お前だってしたい事をしたんだろ」


 疲れたようなカイの笑顔に、シュンの胸がチクリと痛む。たまらなくなって目を逸らすと、今度はケイと目が合った。


 ケイもまた額に当てていた手を離し、苦笑いを浮かべる。


「まあ、なんだ。カイが入れ替わらずに済むのが、一番良い策だな」


「おい、それじゃあ俺はどうすんだよ?」


「私の右腕として戦場へ行く。二人で戦場の鬼神となるのはどうだ」


 珍しいケイの軽口に、カイも口元を緩める。


「それも、良いな」






 つづく



 次回『隠し場所』

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