第76話 シュンの頼み事


 シュンに叱責され、甘凱かんがいは自らの失策を悔いた。下賤の身の王太子の形だけの『お勉強』と思い、一度も自らの目で見る事がなかったのだ。


 彼はすぐにその考えを改め、シュンに向き直る。


「わかりました。明日、自分が講義に付いて参ります。……それにしても、師範達は何故そんなことを……」


「理由は幾つか思い当たります。一つは現国王様が教練校にいらした時の年令に合わせてしまったと思われること。それから……」


「それから?」


「一番重要な事です。その師範達がしゅう大臣の側の人間だと言うことです」


 甘凱は目を剥いて驚きを隠せなかった。


「そんな馬鹿な!!大臣の手配で太子様と我々はここへ来たのですぞ!」


 顔を赤くして叫ぶ彼とは反対に、シュンは冷静に答える。


「どの様な場所にも、あのお二人方の力はそれぞれ存在するのです」


「何故、その様な邪魔を?理由がわからぬ」


「理由はさて置き、一度、家の方へ連絡をした方が良いかと思います」


 本当のところは、シュンは周公の思惑には気がついている。だがそれを言うことは出来ない。生憎と甘凱かんがいはそれに気がつく様な男ではないので、素直にシュンの提案を受け入れた。


「は、しかと承りました」


「あ、それからもう一つ……」


 シュンは、そこまで甘凱に甘えて良いのかどうか、一瞬、躊躇ためらった。


「お、王太子様は馬に乗りたいとおっしゃっておりました。どうぞ、叶えて差し上げて下さいまし」


 シュンは両袖を合わせて礼をする。甘凱も慌てて返礼すると、


「馬、でございますね。なんとかいたしましょう」


 シュンはこの愚直な護衛長に好感を持った。この者なら、なんだかんだと文句を言いながらも、あの二人を護ってくれるかもしれない。


 そう思った。





 翌日、下級生の午後の武課が終わる頃、シュンはこっそり弓道場を覗いてみたが、シンとソウは現れなかった。


 シュンは、シンが王太子と知ってはいたが、決して王太子と親しくなる為に近づいた訳ではない。だか彼らはそうは受け取らなかったのだろう。


 少し寂しい様な胸の痛みが去ってくれない。


(仕方ない……)


 重苦しい気持ちを振り払う様に、隠れ家へと向かう。幸い、まだカイとケイはそこに居た。


「どうした?」


 やはり顔に出ていたのだろうか。ケイに声をかけられ、シュンは軽くうなずいた。


「いえ、どうも王太子様に嫌われたみたいで……」


「しくじったな」


 カイが意地悪く笑う。ケイもそれに乗る様に続ける。


「私としては、君が王太子に気に入られている方が良かったのだけどね」


 シュンは二人の言い方に、少々怒りながら、


「私は別に下心があって近づいた訳ではありません。しくじったとか言わないでください」


 と返した。


「怒るなって」


 カイはそう言いながら、菓子皿に入れてあった干し杏をシュンにくれる。


 ——甘い物で釣れば大人しくなると思って……。


 と思いつつも、そこは素直に受け取った。


「講義でも姿を見ないのか?」


「はい、白兄はくけい。私も別の講義がありますし。もしかしたら、下級生の講義へ移ったのかもしれません」


 それよりも、シュンの事にへそを曲げて授業に出てない可能性もある。


 シュンは杏を口に放り込んだ。もぐもぐと口を動かす様を見て、カイが笑った様に見えた。


 ——?


 何かおかしな事をしたかと気になる。


「……明日、下級生の授業を見に行ってきます」


「そんなに面倒見ることもないだろ?ほっとけよ」


 カイは突き放す様にそう言ったが、シュンはこのまま——後味の悪いまま、彼らとの関係を終えたいとは思わなかった。


「お前が謝りたいなんだろ」


「どう言う意味ですか?」


「謝ればお前がすっきりするだけってことだ」


「そうでしょうか……?」


 そうではなく、誤解を解きたいと思う。しかし、全てを話すことは出来ない。


「そんなに子ども扱いすんなって」


「様子を見て来るだけです」


 二人の会話を聞きながら、ケイは考えを巡らせる。


 シュンが王太子と接点を失ったところで、以前の状態に戻るだけだ。返って周大臣はシュンの利用価値を見出さず、彼女から離れるかもしれない。


 甘い考えだが、シュンを巻き込まない事を考えれば、その方が良い。


 ケイはふっと小さく笑った。




 つづく




 次回『花の宴』

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