第59話 紫珠校の春


 ショウ国の王太子の教育の一つとして、紫珠しじゅの教練校に行く、というものがある。


 若い時から、平民のひいでた者と貴族の子弟からなる教練校に、数ヶ月、かよったり或いは寮に滞在して学ぶ、というものである。


 王太子自らも同世代の者達のをするが、同時に相手からも次世代の王としてされる事になる。


「安心せい。形だけのものだ。周りも我々側われわれがわの者で固めるし、警護の者も入れる」


「……そんなら心配ないか……?」


 ソウは首をひねる。シンも複雑そうだ。


 勝手に『学校』に連れて行って、命を狙われるって、何なんだよ。


(やっぱり、街にいた方が良かったかな)


 そんな事を思っても、やはり王宮の外に出られるのは楽しみだ。


 シンは馬に乗れる授業の事だけ、考えることした。





 女子寮にも春は訪れていた。


 庭の花々が咲き誇り、華やかさが増す。春には入学者と入寮者が幾人かやって来るので、その新しい顔ぶれも賑やかさを増す原因かも知れない。


 シュンの部屋に同室者は入らない事となった。初の女子の上級生というので、特別に一人部屋の扱いとなったのだった。


 上級生になる件については、寮監も寮母もとても驚いていたが、彼女ならそれもあり得るかと納得もしていた。


「この寮の有り様を考えると、あまり手放しで褒められる訳ではありませんけどね」


 寮母はそう言ってシュンをたしなめた。十五から十七、八が結婚適齢期だからだろう。この学校における女子の教育は良妻賢母になる為のものである。それに反していると釘を刺したのだろう。


 それでもシュンは嬉しかった。


 その心持ちをそのまま手紙につづって、花蓮へ送ったところ、とても複雑な返事が来た。


 驚きと呆れと、遊べなくなった事への怒りと、でも嬉しいという言葉と祝いの言葉とが書き綴ってあったので、シュンは思わず笑ってしまった。


 ただ、カイ兄と白兄に報告した時、白兄の様子が妙であったことが気にかかるが、今のところ身辺に変わった事はなかった。


 それに今日からは上級生の受ける本科が受講できるのだ。シュンは少し浮き足だって女子寮を出た。


 上級生の校舎に入ると、やはり皆、ぎょっとしたようにシュンを見て、その後は物珍しげに遠巻きに眺めている。シュンと同様に今回上級生になった者もいたが、別段近づいてくる者もいない。


(覚悟してはいたけど……皆、心がせまいなあ)


 友人のいない場所で、少しうつむいているシュンのそばへ、二人組が近づいて来た。白と黒の——。


「カイ兄!白兄!」


「やあ、来たね。おめでとう」


「ありがとうございます」


 見知った顔に会えて、シュンは心から喜んだ。ケイは優しげに微笑んだ。


「君にはしゅう家と家との後押しがあるという噂を流しておいたから、妙な奴は近づいて来ないと思う。この国の二大勢力が後ろについてる女子だからね。ただ、何かあったら私に言いなさい」


「はい、白兄。感謝致します。……あの……」


 少しだけシュンは言いよどんだ。


「何だ?早速何かあったのか?」


「……本家の方は、何かありましたか?」


「何もないよ。君は気にしなくて良い」


 ケイは少し困ったように微笑むと、「では」と背を向けた。その後ろにいたカイは相変わらず黒布で口元を隠していたが、片手を上げて「頑張れよ」とシュンを励ます。その仕草しぐさを見ただけで、シュンは心が暖かくなる。


 去っていく二人の背に向かって、感謝の一礼をすると、シュンは教室へ向かった。




 つづく



 次回『容貌』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る