第37話  深謀

「それじゃあ持ち上げるぞ。よっこらっせっと、うわぁ」


 協力してシロッコを運ぶことにした礼一と洋であったが、初っ端から息がずれて失敗する。お互いがお互いに楽をしたがるせいで変な先手の譲り合いが起きているのだ。とてもとても阿吽の呼吸には程遠い。こんな有様だからその後何度挑戦しても上手はいかず、あちこちぶつけた振動でシロッコが目覚めてしまう。


「痛いな。ん?そうか。俺はまた殴られたのか。あの野郎、タダでは済まさない」


 起き上がったシロッコはウェネティに殴られたことを思い出し、恨めし気に宙を睨む。


「どうするんですか?こんな好き勝手されると流石の俺たちも限界なので何かするなら協力しますよ。ちょっと洋と復讐の方法を話し合ってきますからシロッコさんはゆっくり休んでいて下さい」


 礼一は絶賛沸騰中のシロッコに即座に便乗し、洋を物陰に引っ張っていく。


 察しの良い読者諸君ならば彼がまた怖気づいたか小賢しい企みを抱いて二枚舌を使ったと考えているだろうが、今回の礼一は普段とは一味も二味も違う。彼の脳内には実に深謀遠慮な計略が渦巻いていたのだ。


「いいか。シロッコとウェネティが直接対決するとなると被害の程は計り知れない。街一つを守ることが出来る二人なら街一つを壊すこともまた容易だ。俺達なんて木っ端同様に吹いて飛ばされるに違いない。わかるな」


「ああ」


「だけどな。どんな台風にだって台風の目が存在する。ここはいっそ二人をぶつけてしまってだな。ごにょごにょごにょごにょ。いいな」


「わかった。それでいこう」


 作戦会議は恙無く終了した。さあさ、皆さまお立ち会い。ここからが我らが礼一君の腕の見せ所である。


「ささっ、こちらへ」


「ん」


 礼一と洋はシロッコを街の方へ導きながら小走りで道を進む。おっさんは物々しく頷いて後に続きながらも、時折何を考えているのかわからない目で街の方を眺めやる。


「さぁ、もう真っ直ぐ行って門を抜ければ街に入れますよ。どれ、一つ先馬に立って哀れな子羊どもを散らしてきますよ」


「君達が何やら企んでいるのはわかっているが今更止めはしない。ん、俺は俺でケリをつける」


 街の手前で暇を告げる礼一達であったが、シロッコは咎め立てもせず静かに見送るのだった。


 何だかな。こんな風に冷静になられるとこっちのやろうとしていることが間違っている気になる。尻の辺りがムズムズし始めた礼一は返事もせずに門に飛び込むのだった。


「よし、さっさと行きますか」


「ラジャー」


 無事に門を抜けた二人は一路、管理官の館を目指す。大方の位置は買い物中に人々の話を盗み聞いて掴んでいたので、後はそれっぽい建物に当たりをつければよい。


「ここじゃないか?立派な建物だし。ウェネティの育ての親ならこんな建物がぴったしだ」


 目的地付近には神殿に見えなくもない立派な柱の並び立った一大建造物が聳え立っていた。まず間違いなくここが目当ての場所だと確信した礼一達は軍服を見せつけながら急用の旨を伝え、入り口から中へと押し入る。


「申し上げます。申し上げます。管理官様。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です」


 奥へ通された二人は迫真の演技と大音声で以ってどこかの誰かよろしく駆け込み訴えを一席ぶち始めた。あんまりに一生懸命演技をしていたもので一下りを終えるまで管理官がどんな風体をした人物なのかすら確認出来なかった程だ。

 長い口上を息継ぎもそこそこに唱え切ったせいか頭の方にカ~と血が上る。くらくらしながら前を向けば豪勢な服を着た女性が冷然と礼一達を見据えていた。


「へっへ、じゃ俺たちはもう帰ります。ああ何も要りません。名前?そんなものどうだっていいんです」


 ちょっとこいつは分が悪いと感じた礼一は女性が引き留める間もなく洋を引き連れてトンズラをこくことにする。


「どこに隠れていようか。この建物の近くじゃないと意味がないしな。あっ、ほら、丁度いいじゃないか。ここで待機しよう」


 来た時と同じように無理くり館の扉を通過した二人は立ち並ぶ円柱の影に身を寄せる。入り口にいた守衛もさっさと帰れとばかりに舌打ちをしてこっちを見もしなかったので都合が良かった。


 キンッ、カンッ、ガシャンッ


 少しすると急に扉の内側が騒がしくなり、これでもかと言うほど重装備を身にまとった兵隊がゾロゾロと湧き出してくる。こんな辺鄙な街でクーデターが起こる訳でもなし。あんな人員も武器も置いとくだけ金の無駄じゃないか。そんな感想を抱きながらも見つかっちゃいけないと礼一はぺったりと柱に背中を引っ付ける。


 その後、重装歩兵達は慌て気味に外に出ていき、空気は元通り静まった。


「後どれくらいかな。なるべく早めに止めてもらって被害も抑えてくれると助かるんだけど。まぁあの人数で向かったなら止められないってことはない筈だ」


「多分大丈夫」


 さてギャンブルの天秤はどちらに傾くのか。礼一と洋は柱に全体重を預けながら結末を聞き漏らさないようにじっと耳を澄ます。

 さーてそろそろかな。そう思って待っていると彼方で万雷の如き音が爆発的に膨れ上がる。それは人の声とも獣の叫び声とも衝撃音とも取れる音で、全てをごったまぜにしたようなサウンドでもあった。


「おうおう、おっぱじめやがった。お盛んなこって。だがまぁめでたく一番被害が少ない方向に話が持って行けた。これはみんなのためでもあり、俺たちのためでもある」


 礼一と洋は成功を祝ってハイタッチを交わす。そう、これが彼らの描いた青写真だった。シロッコとウェネティを街のど真ん中で衝突させ、鎮圧は管理官に任せる。無事に騒動が落ち着けば自分達を含んだ全員が最小限の被害で全てが丸く収まるという計算だったのだ。己の手を一ミリも使わず、人の褌で相撲を取る辺りに多少の小狡さはあったが、それはそれ、これはこれだ。


「人の為にここまで駆けずり回る人間もそうはいない。そう、俺たちは聖人君子」


 計画を完遂出来て嬉しかったのか洋が調子に乗って胸を張る。だがまぁ許されだろう。少なくとも死ぬ気で走ったし、慣れない演技も精一杯こなしたのだから。


「そろそろ鎮まって来たな。予測は正しかった訳だ。あとはさり気なく仲直りした二人に合流すればいい。行こうぜ」


 二人は尻を摩りながら柱の影を離れ、人の消えた通りを闊歩する。


 街並みの奥に夕景色が見えている。絵にも描けない美しさとはああいうものを指すのだろうか。束の間童心に帰った礼一と洋は足を止め、ぼんやりと彼方を眺めるのであった。


 そうして呑気にぶらぶら足を運んでいると前の方にちかちかと光がちらつく。目障りに感じながらようく確認するとその正体は夕日に照らされた鎧兜であった。そう、戦いを終えた重装歩兵の一群だ。


 近付くと装備品があっちこっちベコべコに凹んでいたり、二人三脚をしていたりとかなり痛ましいご様子。勇敢に御勤めに果たした結果だろう。本当に頭が下がる。


 邪魔になっちゃ悪いと思った礼一達は道を譲るべく進路を横にずらす。他意なんて少しもなかったし、唯々当然のことをしたまでという気持ちだった。しかし世の中は上手く出来ていない。


「見つけました。奴らです。この街に災いの種を持ち込んだのは。こら、待たんか」


「あの二人、逃げる気だぞ」


「ひっ捕らえろ」


 兵士の内の一人が顔を上げてこちらを見るや否やすわ不俱戴天の仇とばかりに騒ぎ始めた。彼はどう考えてもこっちを指差していて、気付いた仲間の数人もこっち目掛けて一目散に駆け寄ってくる。


「え?俺たち?ってそんな場合じゃない。逃げるぞ」


 追われてしまえば逃げるまで。礼一と洋は訳も分からず取るも取り敢えず走り出す。身に着けているものの重さが違うので速度はこちらに分があるが、犯罪者扱いされる理由がわからない。


 いや厳密に言うと幾つかは不安要素はあるのだが、こんなに憎まれる程のことはしていないはずだ。だって街に入ってから現在に至るまで誰かに実害を加えたり、違法行為を働いた覚えは天に誓ってござりゃせんのだ。

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