第26話  退治

 翌朝、二日ぶりの訓練に備えて中庭で身体を解していると、シロッコがやって来た。外に出ていたようで肩の辺りに引っ掛かって葉っぱが揺れている。

「二人とも起きているな。早速訓練に出よう。今日からは本格的に魔力を使って戦う。相手はあの〈緑鬼〉のままだがな」

 彼は早口で今日の予定を伝えながら礼一の横に並ぶ。

「それと昨日聞き忘れたんだが爺さんに余計なことを喋ったりしていないよな。ん、言っていないなら良いんだ。情報を渡しすぎるとこっちが困ることもあるからな。信頼には程遠い人間なのはわかるだろう」

 シロッコの問いに礼一は首を横に振る。色々話はしたが、自分達が不利になることは口にしていない。

「ん、何よりだ。よし、外に出るぞ」

 明らかに表情を緩めたシロッコが号令を下す。ごめん。礼一は心の中で彼に謝罪する。確かに自分達が困るような情報は渡さなかった。そう、礼一と洋が窮する事態は訪れないだろう。しかしシロッコがどうなるかはわからない。ちょっとした意趣返しのつもりだったのだ。店主が塞に来た際の諸々の彼の行状に対する。しかしこれでおっかない任務に派遣されるとなれば少しばかり良心が痛む。

「今更言えないよな」

 元気に歩くシロッコの後ろ姿にそう呟き、礼一はきっぱり過去から目を背ける。

「何喋ったんだ?」

 勘が良いと言うべきか、不審な言葉を耳にした洋が探りを入れてくる。

「いや問題ない。何も問題ない。俺たちに悪影響はない。いいから前のおっさんには言うなよ」

 浮かない顔をする彼を無理やり黙らせる。何としても隠し通さねばならぬのだ。

「シロッコさん、魔石の力は使うんですか?いや昨日は“魔物の家”で大体能力がわかったんですよ。大分面白いやつで.....」

「ん、出し抜けにどうしたんだ。それにその話は昨日聞いたと思うんだが」

 如何にもな大根芝居でシロッコに擦り寄る礼一だが、早くも化けの皮が剥がれかかっている。傍から見ても露骨に無理がある。加えて驚くべきことにこの不自然な会話は〈緑鬼〉の住まう山まで続いた。地獄である。

「どう考えても今日の君は様子がおかしいぞ。ん、前回来たのはここらだったな。木に付けた刀傷がそのままだ」

 先日魔物を殺した地点ではすっかり自然が戻り、膝上まで伸びた草花が朝露で以てズボンを濡らす。

 「ん、魔物が寄ってくるまでには時間がある。その間に基本的な身体強化の使い方を教えておく。いいか、一番大事なのは自然体で最大限の身体強化を使えるようになることだ。現象が出るギリギリのところまで身体強化をする。難しく思えるが、毎日繰り返せば変に考えることもなく無意識に出来るようになる筈だ。それに練習を重ねる内に段々と上限が広がり、より強力な身体強化を使えるようになるだろう。まずは手だけでもいいから試してみるといい。ん、それと一点注意しなければいけないのは現象が出てから魔力を抑えるのではなく、徐々に魔力を増やしていって現象が出る直前で出力を安定させることだ。このやり方をしないと現象が発生する瞬間が掴めず余計な苦労をする。体感というのは人其々だから自分自身で試行錯誤してみるといい。殴り合いをしてコツがわかる訳でもないからな」

 シロッコは具体的にどういうやり方をしたら良いのか教えてくれる。どこぞのパントレとかいう奴の脳筋訓練法とは大違いである。礼一と洋は早速手に魔力を通し、丁度いい塩梅を見極める。しかしまぁ難しい。一度このラインまでが限界とわかったつもりでも気付けば勝手に現象が出ていたり、はたまた魔力が少なくなっていたりと安定しない。どうやら見付けた限界点を徹底的に頭と身体に刷り込まないといけないらしい。出来るようになるまで結構苦労しそうだな。この感じは補助輪なしで自転車に乗ろうと必死こいていた時を思い出させる。

「おい、そろそろ敵が来る。一度手を止めて周囲を警戒してくれ。魔力が使える今であれば〈緑鬼〉如き屁でもないが、油断はしないほうがいい」

 シロッコの声で我に返る。魔力を使用して戦うのは久方振りだ。頬を叩いて気を引き締めつつも、実力を試せるという好奇心で胸が膨らむ。

 それから待つこと数分、生臭い臭いと共に木陰から〈緑鬼〉の群れが顔を出す。キャッキャ、キャッキャと子供のような鳴き声が木霊し、面白がるようにこちらを見る眼が無数に揺れる。

「ん、いくぞ」

 今日は敢えて正面から力試しをするという方針なのだ。真っ先に突進したシロッコに続き、礼一達も地を駆ける。強化された足は面白い程に速く動き、景色を置き去りにして魔物の目の前に到達する。勢いもそのまま踏みしめた片足を軸に蹴りを繰り出せば、敵は仲間諸共、毬のように飛んでいく。

「あっけないですね。これなら投石を警戒する必要もない」

 いつも手こずりが嘘のようにあっという間に終わってしまった。通常〈緑鬼〉は遠巻きに投石をするという厭らしい戦法を取るので戦いの最中は気が抜けない。しかしこうもさっくり倒してしまえるならその心配は不要だ。尤も今の速度なら彼らのヌルい投石程度、苦も無く躱せるに違いないが。

「ん、油断しない方がいい。それに身体強化が雑過ぎる。元々真っ向から戦わない〈緑鬼〉相手に威張っても仕方ないだろう」

 悦に入る礼一をシロッコが戒める。少しぐらい調子に乗せてくれてもよいだろうとは思うが、彼の指摘通り靴の履き口からは緑色の煙が漏れている。

「うわっ、とっと」

 慌てて皆から距離を取り魔力を収める。パントレの教えがこんなにも尾を引くとは。魔力は気合いと無意識に思っているせいかついつい力が入りすぎる。平静でいないと0か100かでしか魔力のコントロールが利かないのだ。こいつはどうも始末が悪い。礼一は苦い思いで口端を噛む。

「わかればいい。ん、次が来た」

 物音を聞きつけたのか茂みが揺れ、第二陣が現れる。

「トップバッターは任せよう」

 先程の反省がある。先頭は他に任せ、多少余裕を持って攻撃にかかることにする。デキる男は同じ失敗を繰り返さないのだ。礼一は丁度良いところまで足に魔力を通し、いざ行かんと前を睨む。

「あれっ?」

 正面の戦闘は既に終盤、洋がラスト一匹に止めを刺していた。

「油断するなと言っただろう」

 呆れたようなシロッコの声が響く。

 確かに同じ失敗はしなかった。そして別の失敗をやらかした。デキる男への道は遠い。

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