第8話 選定
「さてと、あの男から大体の話は聞いたろうね。今から魔石の選定をするよ。どちらからでも良いから上の服を脱いでそこの椅子に座りな。ほら、さっさと」
地下室に入るなり店主はそう言う。
こりゃまたせっかちなことで。礼一がおっかなびっくりシャツの裾に手を掛けて躊躇っていると、その横で洋がさっさ上裸になり椅子へと歩み寄る。よくもまあそんな容易に覚悟を決められるものだ。
「それじゃ始めるよ。特別何かする必要はないからなるべく静かに呼吸をすることだけ意識しな。息をゆっくり吐くようにすれば自然と出来る。いいね」
洋は指示された通りに真面目腐った顔で呼吸をする。それを確認した店主は彼の胸に手を当てる。そして暫くごちゃごちゃと独り言を呟いた後に、唐突にどんでん返しを通って奥の部屋へと行ってしまう。
「あー、どんな感じだ?」
痛かったりはしないのか心配で、恐る恐る礼一は洋に尋ねる。
「何も」
洋からの返事は極めて素っ気無かったが、現時点では何も異常が無いことを確認出来、礼一は胸を撫で下ろす。
バンッ
どんでん返しが一回転し、再び店主が二人の前に姿を現わす。彼女の手には幾多もの魔石が収められた木箱が乗っている。
「さっきと同じようにじっとしていな」
店主は木箱を床に置き、洋にそう告げる。それからパズルのピースでも嵌めるかのように、魔石を彼の胸に当てがっては頭を振り振り悩み始める。周りで見ている礼一としては何をしているのかちんぷんかんぷんなのだが、どうやら洋の方は何か感じるものがあるらしい。時折顔を顰めてはこれではないと言うかのように首を振っている。
一通り手持ちの魔石を全て試し終わると店主はまたもやどんでん返しの向こうへと消え、直ぐに新たな箱を手に帰ってくる。そうして先程と同様の作業の作業を繰り返す。
蚊帳の外に置かれた礼一としては少々退屈な時間が続く。いい加減単調な作業を見るのも飽いた頃、ようやっと店主がこちらを振り向く。
「次はあんたの番だ。こっちに来な」
死刑宣告を受け、礼一はのろのろと歩を運ぶ。
「さっき見ていたからわかるね。兎に角余計な動きをしないように」
礼一は処刑台に上げられた心境で全てを諦め脱力する。これで文句はなかろう。
「うひゃいッ」
大人しくしているつもりだったのだが、胸に当てられた手が余りに冷たくて思わず礼一は叫び声を上げる。
「動くなと言っただろう」
速攻で怒られる。そんなこと言われても生理反応だ。しょうがないではないか。等と言える訳もなく頻りに頭を下げて座り直す。
店主の魔力が胸を起点に全身に染み渡るのがわかる。元の世界にいた頃の自分が見れば、矢鱈と体格の良い女性が至近距離とは何のご褒美かと頬をつねる光景である。所謂夢心地というやつだが、ところがどっこい実際やられてみると全身をまさぐられているようで嬉しくも何ともない。寧ろ気持ちが悪いぐらいである。
「ふむ、成る程な」
店主は一言そう呟くなり、小箱から魔石を取り出す。そして洋の時と同様に礼一の胸にもそれを当てがう。
この作業に関しても特別痛みが発生することはなかった。しかし自分の身体に合う魔石と合わない魔石があるようで、何も感じないものがある一方、合わないものに出くわすと先程に勝るとも劣らない気持ち悪さを感じた。まるで何か別の存在に身体を乗っ取られるような感覚である。
「終わりだよ。ご苦労さん」
店主の声を聞き、いつの間にか身体に入っていた力を抜く。真っ白に色の変わった指がここ数分の緊張具合を示していた。
幸いなことに礼一の検査は洋程長くは無かった。一箱目の中程まで試したところで、もう十分といった様子で女が作業を切り上げたのである。
ホッとする反面、何だか自分だけ雑な扱いを受けたのではないかと不安を感じる。
「ちょっとここで待っていな」
店主はそう告げると、どんでん返しの向こうに隠れてしまう。残された礼一と洋はする事もなく互いに相手の顔を見る。
「何だか奇妙だったな。自分の身体でもない魔石に合うものと合わないものがあるだなんて。合うやつは本当に何にも感じないが、合わないやつは何というかチョコレートに生魚ぶち込んだような感じだったな」
間が持たなくなって最初に取り留めがなく、且つ誰にも伝わらない感想を述べたのは礼一であった。
「合うもの?無かったぞ」
怪訝な顔で洋が答える。嘘を言っている様子もないので本当に合うものがなかったようだ。だからあんなに時間がかかっていたのか。洋には悪いが、自分がいい加減な扱いをされていたのではないと分かり、礼一は安堵する。
「なあ、本当にこのまま手術受けてしまって良いのかな?」
くどいかもしれないが、大事なことなので礼一は洋に確認をする。別にどうするのかは彼の自由であるし、その決定は尊重する。ただ何をどう考えているのかは聞いておきたかった。
洋も礼一の意図を察したようで何か言おうと口を開きかける。
バタンッ
どんでん返しが回る。
「はい、これ」
現れた店主は一切の説明をせずに小さな壺を二人に手渡す。怖いもの見たさで中を覗くと、濁り切った緑色の液体が並々と注がれている。
「そいつを飲んだら今日はもう何もしなくて良いから部屋に帰って寝転んでな。夜になったらまた呼ぶからね。そろそろ荷物が来る刻限だから私は上に行く。飲み終わった壺は其処らにでも置いとくといい」
店主は一方的にまくし立てるといそいそと部屋を出ていく。
「これ飲んで大丈夫なのか」
飲む前から既に気分が悪く、礼一は表情を曇らせる。何しろ見た目が最悪な上に、衛生面や健康面で安心できる要素が一つも見当たらないのだ。
二の足を踏んで壺の中身と睨めっこしていると、隣からゴクゴクと喉を鳴らす音が聞こえる。親友は一足先に地獄に旅立ったようである。
「意外とイケる。無味無臭」
洋は壺を限界まで傾けて液体を飲み干すと、開口一番そう報告する。味がイケるとかそういう問題ではないのだが。
しかし飲まないという選択肢は存在しないので、躊躇いつつも壺を持ち上げて口を付ける。飲んでみれば確かに無味無臭、嫌な感じもそこまでしない。これなら大丈夫かもしれない。多少抵抗がなくなり、一口も二口も変わるまいと一気にいってしまう。見た目に反して飲み易いのは幸いと言うべきか。
こうして何はともあれ地下室での用が済み、二人は階段へ向かう。お腹はすっかりタプタプで、ゲップが喉元に上ってくる。
「ふー、ようやくだ。はあッ?」
上階へと続く最後の一段に足を掛けたところで、礼一は顎が外れる程の衝撃に見舞われる。
「うるさいね。さっさと部屋に引っ込みな。退いた退いた。邪魔だよ邪魔」
そう悪態を吐く店主の肩には昨日まで礼一と洋がヒーヒー言いながら運んでいた量の荷物が一括りにして載せられいる。やっぱこの世界の人間は狂っている。物凄い脱力感に襲われながら礼一は洋を引き連れ部屋に戻る。
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