第22話 闇夜
「嫌な言葉が聞こえんですけど、本拠地っていうのは一体何のことですか?」
「いや、だからこいつら〈海童〉の本拠地のことだ。今迄こいつらの群れのボスは出て来てないだろ。そいつの近くに行くってことよ」
何で自ら死地に飛び込むんだよ。この船の人は全員頭イカれてんのか?
「おい、おいっ、人のこと馬鹿を見るような目で見てんじゃねぇよ。誰が好き好んでそんな面倒な奴に御目通り願うかよ。そこを越えないと教国に着けねぇんだからしょうがねぇんだよ。ぶっちゃけおいら達が雇われてる主たる理由は、そこを通過する為の戦力としてなんだよ。だからあんたさん達も力をつけるように言われてんだよ」
やばい。事態が思った以上に嫌な方向に現在進行中なことを知り、礼一の額から汗が垂れる。
あのクソみたいな小人共の島から抜け出せて助かったと思ったら、直ぐにまた地獄の入り口に立たされている。マジで渡る世間は鬼ばかりである。
「じゃあこれからこの魔物達の襲撃ってもっと激しくなっていくんですか?」
「当たり前ぇだろ。まぁまだ激戦区に到達する迄には二、三日、日があるからな。その間に徐々に増えるってもんよ。おいらも大して知らねぇんだよ。ほとんど船長様の話の受け売りだ。兎に角心の準備をしとけってこった」
そういやこの船、ピオを除けば、ホアン船長も含めて全員ここら辺航海するの初めてなんだよな。
普通だったらあり得ないことなんだけど、何でかあり得ちゃってんだよな。やってんな。
「今日の晩飯どんなんですかね?」
礼一は全てを諦めて直近の飯のことに思いを馳せ、出来る限り急いで片付けを済ませ食堂に向かう。これもある意味で心の準備なのかもしれない。
「ほーい」
食事の席に着くと早速ピオが料理を運んでくる。
礼一はわくわくして皿の上を見るが、何と料理は昼と同じ揚げ物であった。
確かに腹は大層減っているが、流石に昼も夜も同じ茶色のものが目の前に来るとまたかという心持ちになる。
「あとこれー」
礼一が悩まし気に皿を見つめていると、ピオが夫々の前にトロリとした茶色の液体の入った器を置いていく。
「あと、これもー」
続けて、朝方に食べた赤色の芋を細切りにして揚げたものが配られる。
礼一と洋にすれば見たことのない食事なので、戸惑うこと頻りであるが、皆にとっては特段珍しいものでもないようで、次々に料理に手を付けていく。
礼一も何だかんだと心の中ではボヤいているものの、腹は減っているし、美味しそうな匂いは鼻をかすめているので料理に手を伸ばす。
結論から言うと、同じ揚げ物でも大違いであった。昼間のものと違い、今回のは鮫の肉をミンチにして練ってから揚げたもののようで、ふわふわしており、付け合わせのしょっぱいタレが堪らなく合う。
また一見合わないように思われた芋の揚げ物の甘さが意外にも食欲を掻き立ててくれる。
甘い芋としょっぱいソースが互いに相乗効果を生み出しており、食事の手が止まらない。
最終的に大満足して食事は終わった。
「おい、今日の夜の見張りの時は武器をちゃんと持って来いよ」
食事が終わった後自室に向かって廊下を歩いているとパントレに声を掛けられる。
「覚悟しとけよ。もしかすると、夜も奴らが来るかもしれないからな」
うへぇ
礼一は心の中で悲鳴を上げる。
しかし行かないという選択肢は存在しない。
仕方なく部屋に行って武器を取ってから甲板に出ると、パントレが何やら作業をしている。
「何してるんですか?」
「灯りを点けてんのさ。流石に真っ暗ん中で襲われちゃ堪んねぇからな」
確かに何も出ないというならともかく、魔物が来るというのであれば点けておくのが良いのかもしれない。
「でも点けたら此処に居ますよって言ってるようなもんですよね。余計に寄ってきたりしませんか?」
魔物が来たところで対処出来る自信が、米粒一粒程もない礼一は心配になってそう尋ねる。
「なーに、もうとっくに奴らの親玉にはおいら達がこの辺りにいるって情報は伝わってるだろうよ。今更場所が割れることに気を使っても手遅れだってことよ」
そう自信満々に言われても困る。
礼一は剣の柄を握り締め、辺りを見回す。心なしか誰かにじっと見られているような視線を感じ、気持ちが悪く、全身が粟立つ。
「そういや、さっき身体強化を使って戦うことは出来てたようだが剣を一切使ってなかったな。ありゃ何でだ?」
そうなのである。前の夕方の戦闘において、礼一はひたすらに魔物を蹴飛ばすばかりで終ぞ剣を使うことが無かったのである。
「いや、それが身体強化が足にばっか偏っちゃって、剣を振り回せるほど腕を強化出来ないんですよ」
取り繕ってもしょうがないので、礼一は正直に現状を申告する。
「ふん。そうか。まぁそういうことあるだろうな。そういやお前って纏える現象はわかってるのか?」
まるでもう出来ていて当然といった感じでパントレが尋ねてくる。
「いや、まだわかってないです。ていうかそんなに早く色々出来るようになんないですよ。もうすぐ二十歳に差し掛かる人間に成長性を求めないで下さい」
自分のスペックが高くないという自覚はあるものの、面と向かって出来ていない事実を突き付けられると少々不機嫌になる未だ人間が出来ていない礼一であった。
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