第11話  愚策

 前を行くパントレの足は何故か甲板ではなく一路船倉を目指しているようである。また武器でも取りに行くのかと礼一は大人しくその後ろをついて行く。唯一つ奇妙なのは、彼が時々後ろを伺いながら忍び足で歩いているところである。しかしながら、いつになく真面目で厳しい顔をして黙り込んでいる彼に話しかけるのは、どうにも躊躇われる。見張り番の仕事とはそんなに大変なものなのだろうか。船長は気楽なように話していたが実際はどうなのだろう。

 そうこうしている内に、二人は船倉に辿り着き、中に入る。しかし何故だかパントレは船倉の奥の方を見つめてじっと立っている。

 礼一は何かあるのかと船倉の中を見回しながら、後ろ手で扉を閉める。ガチャンッと扉の閉まる音が二人しかいない空間に木霊す。

「さて礼一、これであんたはもう逃げられないぞ。進むも地獄、退くも地獄というやつだぜ。観念しろい」

 そう言ってパントレは急に礼一の方に向き直るなり、その肩をがっしりと掴む。一体何のことやらさっぱり分からず、礼一は目を白黒させるっきりで動けない。

「我々は夜の任務に備え、ちょっとした呑み物と腹ごしらえの為の肴を調達せねばならない。仮に貴君がこの提案を拒否したとしても、一緒に船倉に降りて行き中に入ったという事実は既に出来上がってしまった。最早我々は運命共同体、死なば諸共、一連托生の仲という訳だ」

 パントレはニカッと笑って礼一に通告する。おい、飲み物と魚の字が違うぞ。

普段と様子が違うと思ったらそういう訳か。一気にしょうもなくなり、肩を掴んでいる手を振り払う。

「駄目ですよ。毎回記帳もしているし、控えもあるからちょろまかすのは無理って言ってたじゃないですか。どうせまた船長に怒られて禁酒の刑に処されて終わりですよ」

「チッチッチッ、察しの悪いガキってのは哀れだぜ。まぁ察しの良いガキはそれはそれで嫌いだけどな。あんな簡単な仕組み穴があるに決まってんだろ」

 パントレはさも人を小馬鹿にしたように鼻からフンっと息を吐き、小さい身体を一生懸命にのけぞらせて、礼一のことを見下ろしているかのように下目で見る。もっとも身長が可哀そうな値で止まってしまっている彼にそんなことをされたところで、これっぽっちの悔しさも湧かない。どうせまた馬鹿なことを言うだけだろう。

 礼一はパントレの考えた物資をちょろまかす妙案なんてものに、これっぽっちの期待も抱いていないので、偉そうにこちらを見つめる彼の方を見もせず、この後どうやってホアン船長に話しをするかを考える。

「そうかそんなに聞きたければ教えてやろう。毎回記帳する時に量を微妙に多く記しとくんだ。船長は五日毎に控えの内容と実際の残量を照らし合わせてチェックするっきりだからな。次のチェック迄の間に足が出てる分をおいらが頂けば完全犯罪成立って訳だぜ」

 別に聞きたいとも言ってないのに勝手に喋り出した内容を聞くと、自分が思っていた以上にこっすいことを考えていて、礼一は只々呆れる。

「バレたらあんたさんも一緒に酒禁止になるんだからな。協力するしか道は残されてないってぇ訳だ」

「あのー、盛り上がってるところ悪いんですけどそもそも俺酒飲まないですよ。未成年ですし」

「何だそれ。酒飲まない人間なんている訳ぁねぇだろ。あのホアン船長だって船長室の引き出しの中に如何にも高そうな奴を保管して、おいらたちに隠れてチビチビ飲んでんだぞ。さてはあんた人間じゃねぇな。まさか魔物とかじゃあねぇよな」

 何で人類総呑んだくれって設定なんだよ。あと散々教国のこと批判した割に、サラッと人のこと魔物扱いしてんじゃねぇよ。

「じゃあ船長に報告してきますね」

 礼一は踵を返し、扉に手をかけて外に出ようとする。

「おい、待てって、待てって、頼むから待ってくれ。おいらがこのため何日待ったと思ってんだ。三日も待ったんだぞ」

 パントレは礼一の腰にしがみついて何とか止めようとする。如何せん馬鹿力なので、礼一はバランスを崩して倒れ、その拍子に扉が開く。

「ぐうぇっ」

 パントレが開いた扉の方を見て、蛙が潰れたような声を出す。その青ざめた顔を冷や汗がたらーりたらーりと伝う。まるで四六のガマだ。一体どうしたのかと礼一は起き上がってそちらを見る。

「パントレさーん。最初からすっかり全部聞かせてもらいましたよ。とっても面白いお話でした」

 ホアン船長が扉の向こうで、凄い笑顔を浮かべて微笑んでいる。


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