第12話  夜番

 船上に置かれた木箱に上に二人の男が腰かけている。海上から吹き付けてくる潮風に肌を撫でられ、二人は身体を縮こませる。昼間じりじりと照り付けていた太陽は地平線に顔を伏せ、頭上には星が一つ一つ孤独に輝くだけで辺りは一面夜に包まれている。

 会話というのは時に難しい。お互いがお互いを憎からず思っていたとしても、何らかの事情で一緒にいるのが気まずく、更には手近な話題もなければ、手懸りも足場もない岩壁をよじ登らんとするかのようで、何かを話さねばと考えれば考える程に焦りばかり募り、一向に話題が浮かばない。

 ただ世の中は諸行無常、どんな物事にも終わりは訪れる。

「ゲフン、ゴホン、オッホン、ええと、まあ、なんてぇか、悪かったな」

「いえ俺は何にも影響なかったので気にしなくて大丈夫ですよ」

「ああ、次回はもっと考えて相談するようにするぜ、相棒」

「いや、次も協力しないですからね。他の人に頼んでください」

「ちぇっ、ノリ悪りーな。それにしても寒ぃな」

「そうですね。上から毛皮羽織ってるのにこんな冷えるなんて思いませんでした」

 かくしてパントレと礼一の仲は戻った。

「そう言えば、結局罰は何になったんですか」

「禁酒期間二日延長」

「それはドンマイです。ところで見張り番って何すればいいんですか」

「見張ってりゃいいさ。見張り番だからな。そいで敵が来たら殺す、それだけだぜ」

 簡潔な説明をありがとう。多分これ以上聞いても何も出ないだろうな。

「実際それしかやりようがないぞ。どんな張り切ったって敵がいつ来るのが分かる訳じゃないかんな」

 一理あるのかもしれない。大体ここから数時間緊張状態を保ち続けるなんてことは不可能に近く、無駄に疲れるだけだろう。

「そういえば、この船って何で人少ないんですか。あからさまに人員不足じゃないですか」

暇になったので、この船に関する疑問をパントレにぶつける。

「ああ、そのことか。なんつうか、ちょっと説明が面倒でな。船長ってあれ元々の船長じゃねぇんだよな。元々この船はホアン船長の兄貴が指揮することになってたんだとよ」

「ホアン船長のお兄さんが、、ん?あの人の家って何やってるところなんですか」

「そりゃこうやって船で商品運んで売りに行くんだから、貿易商だ。あの船長の親父が一代で大きくした商会でな。フダの国の中でも名の知れたところでよ。兄貴の方はいずれは商会を継ぐ予定で親父の下で働いてたんだがな、何があったか知らねぇが教国の方にとんでっちまったらしい。それで急遽家の外に出てたあいつが呼び戻されて、船長をやることになったって訳さ」

「何か思ったより大変なんですね。でも家の外に出てたのに船長に急遽なるってあり得るんですか。船長ってそんな簡単に出来るもんじゃないですよね」

「おいらに聞くない。船長なんてまともな職就けなくって冒険者やってるんだから」

「いや冒険者だって立派な仕事じゃないですか」

「馬鹿言うない。まさかあんた本気で言ってるのか。冒険者が何て呼ばれてるか知らねぇのか。辺境の掃除人だぞ」

「何ですかそれ?」

「いや知らねえならいいや、取り敢えずだな、あの船長は何か知らねぇが、普通に船長出来てるぞ。ただな後継ぎが急に姿を消した商会からの依頼ってのは何だかきな臭いだろ。そいで依頼を受ける奴ってのが中々いなくてな。出航するまでに十分な人員が揃わなくって、しょうがないから足りないまんま出てきたって訳よ。船長が欠員が出たばかりなんて言ってたのは、確かにその通りっちゃその通りなんだが、分かりやすく言っちまえば当初揃うはずの人数が揃わなかったってことよ」

「人が集まるのを待つって考えはなかったんですか?」

「そこまでの内部事情はおいらも知らないやい。ただどうもあの船長、実家の方では冷遇されてるようでな。出航の時も誰一人商会から人が来なくって驚いたもんよ。普通例え商会の会長の息子って訳じゃなくても十人くらいは手伝いも兼ねて来るもんだし、船にも商会の人間が数人乗るのが基本なんだが、誰も来やしねぇ。まるで港を出た後どうなろうが知ったこっちゃねえって感じだな」

 礼一はパントレの説明を聞き、人間どんな事情を抱えているかわからないもんだと考え込む。

「ま、あの船長自身に性格的な問題があるかって言われると、そんなことはないから安心するといいぜ。罰は厳しめだが、魔道具については何でも知ってるし、航海についても粗方理解している節があるしな。おまけに簡単な治療までやってくれるってんだから、並みの船長よりも優秀なぐらいだぜ。ってのがおいらから見た印象だがね」

「パントレさんって何回も航海したことあるんですか?」

「いや今回が初めてだぞ。自由が唯一取柄の冒険者稼業やってんのに、誰が好き好んで長い間同じ船の中で、ちっとも面白くない見飽きた野郎達の顔見て過ごしたいかってんだ。今回はあいつの親父さんから昔のことほじくり返されて依頼されたからしょうがなくってところだ」

 意外にもパントレが航海初心者で礼一はやっぱり先輩扱いするのをやめようかと考えだす。

「じゃあパントレさんは海の魔物あんまり知らないんですか?」

「そりゃそうだろ。ま、どいつも殺そうと思ったら殺せるからな。いつも後で船長に殺した奴らの死体見せてどういう魔物か教えてもらってんだよ。これでも大分知ってる奴が増えたんだぜ」

「それ危なくないですか?最初に聞いといた方が対策立てられるじゃないですか」

「ハンっ、普段海暮らしてる奴が船上に上がってくるだぜ。慣れてない相手なんて余裕でやっちゃえるに決まってらぁ」

 航海初心者でさして海にも慣れていないパントレはそう言って海の魔物全般の危険性を一笑に付す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る