第2話 小人
目の前の医者は、ぶっとい注射器を構えて近寄る。そんなもん刺されたら死んじまう。看護婦さん頼むから離してくれ、ていうか力強くない?イメージ崩れるんだけど、助けてマミー、パピー、、、
起きた瞬間、目の前に突き付けられた槍の穂先を見て思考停止に陥る。痛みに顔を顰めて身体を見下ろすと、縄でギチギチに縛られている。
「—————」
槍を握っている人間?が何かこちらに向かって叫んでいる。異常に背が低く、身体を起こした礼一と頭の高さが同じである。
下手に刺激するとまずいので、無難なことを言おうとするが言葉が浮かばない。どうやら言葉も通じないようで何を言っても無駄だろう。それにこの体勢では、日本人のリーサルウェポン、DOGEZAを繰り出すことも出来ない。
洋はと見ると、同じようにふん縛られて、岩場に転がされている。彼はさして焦った様子もなく、状況に身を任せている。
小人達は暫く槍を突き付けながら騒いでいたが、言葉が伝わらないと見るや、二人を海の方へと連行し、接岸している舟の中へ転がした。
首に付けられた縄を掴まれて移動している最中に、何度も躓いて転んだ上に、所持品の詰まった鞄はその場に打ち捨てられる。礼一は涙目で小人共を睨むが、彼らは何食わぬ素振りで船を漕ぎ出だす。
島から離れて数分、舟の中は重くるしい雰囲気に包まれていた。風は少しも吹いておらず、せっせと櫂を動かす男達の呼吸が規則的なリズムを刻む。礼一と洋は身じろぎもせずに船縁に当たる水音ばかり聞いていた。
暫くしてドンッという軽い衝撃がしたかと思うと、小人達が舟の外に飛び出し、次いで礼一と洋も浅瀬へと引き摺り降ろされる。二人はパンツにまでしっかり海水を染み渡らせた上で、砂浜へと連れていかれる。砂浜の向こうには疎らに木が生えた森が広がっている。
小人共の男衆が舟を砂浜へ上げる一方、どこからか走り出してきた女衆が、二人の縄を引っ張り森の中へと導く。女衆の顔に険しさはなく、珍しいものを見るように二人を見上げている。
小人達の服装に男女の別はない。皆一様に貫頭衣のようなもの羽織り、腰の部分を縄で留めている。従って礼一も洋も、髪の長さや体の起伏で性別を推測する他ない。
しばらく歩かされて辿り着いたのは、腰を屈めなければ入れない小さな洞窟のようなところだった。洞窟の中には来る途中で見かけた木々の葉が幾つも枝ごと吊るされており、二人はそこに押し込まれるように入れられる。首に繋がれた縄は、洞窟脇の木へと括り付けられた。女衆は縄が木にしっかり結わえられていることを確認すると、二人の腕と胴体を縛っていた縄を解き立ち去った。多少自由にはなった。しかし依然足はしっかり縄で括られ、自由には動けない。
「俺たちは犬かよ」
礼一が呟くと、洋は真面目な顔をして彼の目を見つめ
「すまん」
と謝った。洋の話では島にいる時に彼らがこちらに向かって舟を漕いで来ているのが見えたそうだ。少しでも状況が良くなればと思い、大声を上げて助けを求めたが、残念ながら会話が通じる様子もなく、あえなく現在の虜囚の身になったということらしい。
「あそこで野垂れ死ぬよりはまだマシだったよ。それより口の中がパサパサだ」
すっかり喉が干上がり、これ以上喋るのも億劫になった二人は黙って今後へと思いを馳せる。森の奥は不気味に暗く、日焼けで火照った二人の肌を冷たい汗が伝う。
取り敢えず疲れたので寝転がり、ボーっと洞窟の天井を見上げる。
小さな音がしたと思うと視界の端で栗色の髪が揺れ、小人の女性がこちらを覗き見る。腕には袋を抱えている。目が合った途端慌てたように袋を洞窟の入り口へ置いて、走り去ってしまう。
「いやいやそんな目で見るなって、大体お前だっていっつも不愛想な顔してるじゃないか」
咎めるような目で見てきた洋に弁明し、甘い薫りの漏れ出る袋へと手を伸ばす。中には十二分に熟した様子の黒色の果実が十数個入っている。齧り付くと、瞬間果汁が溢れ出し、口中に甘みが染み渡る。堪らなかった。喉の乾いていた二人は安全かどうか等という疑問すら浮かばず無我夢中で貪り食った。
第一村人との接触は失敗に終わったものの腹が膨れ、乾きも癒え、人心地が付く。現状を再確認する余裕も出来、相談を始める。小人が聞き耳を立てている可能性もあるが、どうせこちらの言葉はわからないのだ。考慮する必要はあるまい。
「あいつらこの後俺らをどうするつもりだろう?」
「食べる、生贄にする、殺す」と洋、
「全部死んでんじゃん。マシな未来ないのかよ」
「逃げるか、大人しくするか」
そうなのだ。言葉が通じない以上説得するという道は限りなくゼロに近い。後出来ることといったら何とか逃げ出すか、静観するかしかないのだ。
「逃げるとしたらこの縄を解かなきゃいけないけど、何か手はある?」
洋は暫く思案し、諦めたように首を横に振る。駄目なようだ。最初から考える迄もなくこの場に留まる以外に選択肢等なかったのだ。
いつの間にか西日が木々の間から差し込んでいる。彼方から小人達の騒ぐ声が聞こえる。今頃自分達の処遇について話合っているのだろうか等と考えていると、その声が段々とこちらに近づいて来る。
見れば如何にも長老然とした顔中に奇妙な模様の描かれた老人を先頭に、小人達がこちらに歩いてくる。集団の構成員の顔には、全員程度の差はあれど同じような模様が描かれている。模様はまるで数を正確に表すかのように、縦に五本、それらに垂直に交わる形で横に一本を一セットとし、顔に幾つも点在している。
老人は礼一と洋に近寄ると二人の心の内を見透かすかのように、じっとその目を見つめ、後ろの集団を振り返り大きく一つ頷いた。
集団の中から老人に次いで模様の多い男が歩み出で、手に持った壺を老人に差し出す。老人は小指をその中に突っ込むと、礼一と洋夫々の前髪を搔き上げ、額に指を押し当て横に一文字の線を引く。
ヒリつくような感覚と共に、線を引かれた箇所が徐々に熱を帯びる。横を見ると、洋の額に小人達と同様の一本線が引かれている。これじゃあすっかり原住民の仲間入りである。違いがあるとすれば、小人達の顔の模様は黒いのに対し、洋の額の線は赤いことである。
老人は出来栄えを確認するかのように二人の顔を見た後に、徐に腰に帯びた山刀を引き抜く。
ギョッとする。遂に殺られる時が来たのかと思い、何とかしようと思うものの、頸動脈の辺りを血がドクドクと流れているのを感じるばかりで、ボーっとしてしまって体が動かない。
見る間に老人は山刀を振るう。バサリと二人の足と首とを縛っていた縄が断たれて地面に落ちる。
老人はそのまま踵を返して去って行く。その他の小人もそれに随う。去り際に二人の足元に二本の槍が投げ置かれる。
呆気に取られ固まる礼一の横で、洋が立ち上がり、小人達の後を追おうとするも、槍で威嚇されて立ち止まる。
「っ、死ぬかと思った」
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