第106話 バスとお菓子と探偵ごっこ

 スキー・スノボー教室の日。

 朝日も昇らぬ午前5時に学校に集合した僕たち1年生たちは、クラスごとに分れてバスに乗って出発。さっそくスキー場へ向かうこととなったのだった。


「ねー、璃月。好きぃー」

「私も好きだよぉー」

「えへへ」

「えへへ」


 たわいもないことを言い合い、笑い合う僕たち。

 バスの席ではもちろん、璃月の隣。

 僕の隣は永遠に璃月だし、璃月の隣は永遠に僕だ。

 それが決まっているので、この席順になるのは当然の理。

 なのだが、この場所がどうしようもなくよろしくないことが1つ。

 それが何かと言えば、


「その流れで、キスとかしないわよね?」


 真ん前の席から先生の声。

 僕たちの座るここはバスの前方の方で先生の後ろ。

 しかも、あまりのイチャつき具合に学校は僕たちを特別警戒生徒なるものに指定し、動向を監視したりもしている。特別扱いとか、サイテー。

 そんなわけで、僕たちの席は立地最悪、ご近所トラブルまったなしの前人関係(隣人関係の亜種)最悪な人とご近所になってしまっているわけで・・・・。

 くじでここが当たった時からテンション駄々下がりの僕たちであった。

 その思いでいっぱいの僕と璃月は、先生の問いに元気よく「「もちろんですよ」」と答えとく。満足したように「そう」と先生は言って何も言わなくなる。どうやらタゲはひとまず外れたよう。そんなわけで僕たちは――、


「「――ちゅっ」」


 バレナイようにちゅーをした。

 唇はすぐに離れてゆき、璃月はにへっと笑う。

 それから「しーだよ」とでも言いたげに人差し指を立てて可愛くウィンク。

 はい、可愛いぃぃぃぃ‼

 叫び出したかったが、どうにか我慢する。

 嘘をついてイチャついてるのがバレたら、僕たちのどちらかが先生の隣に行かされる可能性もあるし。それでもちゅーはしたいものだから、そっちはしちゃうけど。

 なので、そっちは我慢せずに隠れてしちゃう僕たち。

 何より、先生に隠れてちゅーをするのが、ドキドキして最高にいい。このシュチュエーションに関しては楽しいので、この場所でよかったなと思う。

 たぶん、これが住めば都ってやつなのかもしれない(違う)。

 それはいいとして。


「本当に璃月が廊下側でよかったの?」

「うん、いーよ。むしろ、こっちがいいんだぁー」


 今の座席順は、僕が窓側で璃月が廊下側と鳴っている。

 それに思うところがあり、僕は訊いてみたのだ。


「でも、璃月って外の景色とか見るの好きだし、こっちのが見やすくない?」

「そうだけど、どうしてもこっちがいい理由があるの」

「なに?」

「私って欲張りだから、景色だけじゃなくて、鳴瑠くんもみたいの‼」

「僕も璃月に視姦されたい」

「私、えっちくない‼」


 視姦される喜びにうちひしがれて、僕はその文句を聞いてはいなかった。

 この欲張り彼女め‼

 可愛いな、ほんとに‼

 今回の学校行事内の1番の思い出は、この言葉に決定かな。今から引き返して帰宅後に、そのままベットに入っても「今日は楽しかったな」って言える自信しかない。

 あーあ、学校行事って最高だな(まだ始まってない)。

 行事に対して時間外から、評価を高める僕に璃月は訊ねてきた。


「鳴瑠くん、おかし、食べる?」

「うん」

「はい、んー」


 璃月はパクリとポッキーの端を口に咥えると、キス顔のまま僕に突き出してくる。

 どうやらポッキーゲーム――口渡しで食べさせてくれるらしい。

 それをありがたく、ぱくりと口に含むことにした。

 はわわー、璃月の顔が近い‼

 何度となくちゅーをしてきているが、慣れることはなくドキドキがやまない。前に座っている先生にこの心臓の音が伝わってバレちゃうんじゃないかと思うと、余計にドキドキしてしまう。マジで璃月に対してこのピュア感を抱きたかったよ、とほほ。

 ちなみに、璃月にはドキドキがバレてもいい。むしろ、伝えたいまである。

 思いながら食べ進める僕たち。


「ぽりぽりぽり」

「ぽりぽりぽり」

「「――ちゅ」」


 2人でキッチリ、互いを食べ終わるところまでする。

 そうすると璃月は、


「えらいねー、残さずに食べられて」

「えへへー、でしょでしょ」

「いーこ、いーこ、したあげる」


 璃月が頭を撫でてくれて、幸せ。マジでバスの中が幸せ過ぎて、スキー場に着いてから良い事があるとは思えなくなってきた。変な心配をする僕は彼女に言う。


「最後までポッキー食べれば、他のおやつ《りつき》も食べれるから、夢中になちゃったぁー」

「もー、そっち《わたし》はおやつには入らないんだから。主食なんだから」


 文句を言ってくるも、嬉しそうにする璃月。

 そんな僕たちの会話を不信がったようで、先生が顔をのぞかせる。

 僕たちは、慌てて離れることに。

 そんな僕たちに先生はジト目を送ってきた。璃月からのジト目は興奮するが、先生からだと何も感じない不思議。失礼なことを思っていると、璃月が動く。


「せんせーには私の作ったおやつ、あげます。どーぞ」

「・・・・、ありがと」

「いーえ」


 いぶかしげな様子で受け取る先生は、璃月からマカロンを貰った為か、それ以上の言及はしないで自身の席に戻ってゆく。それを見て、璃月は笑ってる気がした。

 ・・・・んー、妙な違和感を感じる気が。


「ねー、璃月」

「あ、もしかして鳴瑠くんもマカロン、欲しかったの?」

「・・・・璃月の作ったものなら、何でもほしい」

「ごめんね、鳴瑠くん。あのお菓子は君用のじゃないの。だから、嫉妬しないで」

「ん、んー?」


 妙な引っかかりを覚える。

 だが、璃月は「その代わり別のをあげるね」などと言いながら、別のを食べさせてくれる。と言ったわけで、そのことがどうでもよくなったのだった。

 璃月のくれるお菓子、おいしぃー。

 更にバスで揺れること30分ほど。

 外の景色は街並みは消え、白く染まった山の雪景色へと変化してきた。

 そんな折のこと。


「ねー、璃月。実は僕、心配なことがあるんだ」

「え、なに、なに。今日のことが楽しみ過ぎて眠れなくなちゃったとかいうショタぽいお話かな。もしかして、スキーしながら寝ちゃうかもってお話なのかな‼」


 何やら勘違いして、興奮し始めるショタコン彼女。

 璃月には悪いが、残念なことに違う。昨日はぐっすり寝れたし。


「違うよ」

「そっかぁ・・・・」


 すごい落ち込みようの璃月。

 悪い事をしたなと思いながら、僕は続ける。


「いいかな、璃月」

「なに?」

「実はね。スキー場って怖いところだって昨日、知ったんだ」

「え、なに急に。怖いんだけど」

「お姉ちゃんの持ってるマンガによるとね」

「不思議。一気に怖さが無くなった」

「もー、雪山をなめちゃダメなんだから」

「確かに、下手な自信を付けて調子に乗って転んで骨折とかは笑えないよね」

「違うよ、もっと大変なこと‼」

「遭難とか?」

「違うよ、璃月。スキー場とか雪山と言えば、コテージがあって。そこで、くろーずどさーくる、てヤツになって殺人事件が起きるんだ‼」

「私たち、日帰りだから、コテージ行かないよ!?」


 そう、彼女の言う通り、僕たちは日帰りなのである。

 だが、油断はしてはいけない。

 何故かは決まっている。だって、


「スキー場とか、雪山に行くと。決まって吹雪になって視界不良で道が封鎖されたり、トンネルが爆破され崩落したり、爆弾が使われて雪崩が起きて道が通れなくなったりするんだよ。お泊り決定だよ、璃月とお泊り、えへへ、最高。したい」

「最後まで危機感をもちなさい」


 変な注意をされる僕。

 コホンと先払いをして、気を取り直す。


「泊まりが決定した後も大変なんだよ。泊まることになったコテージの電話線が全部切断されていたり、バスの燃料が抜き取られていたり、爆破されたりして、帰れなくなったりすることもあるんだからね。連続殺人事件が起きるんだよ‼」

「絶対に断言したあげる。私たちの学校に、高校生探偵はいないよ‼」


 璃月はなぜか、僕の読んだマンガタイトルを言っていないのにも関わらず、その内容を当ててきた。

 もしかして璃月も探偵なのかも?

 そんなわけがないのに疑い始める僕。どうしてこんなアホなことを考えているのかといえば、そのマンガを読んだばかりというのが原因である。

 今の僕ならば、タバコ1箱を千円札で買う人に対し、ニセ札使用を疑ってみたり。喫茶店のモーニングの時間に、モーニングメニューではなく普通のメニューを頼んでいる人を疑ってみたり。もはや、病気レベルでいちゃもんを付けるほどであった。


「鳴瑠くん。よく聞いて」

「むにゅ?」


 頬を両手で掴まれる僕。

 璃月の手がやわらかで、一生こうされてたい。


「そのマンガみたいなことは起きないから落着きなさい。そして忘れなさい」

「で、でもぉー」

「ほら、よしよししたあげるから、ね?」

「うん、忘れる‼」


 僕の言葉に笑顔になると、彼女は頭を撫でてくれた。

 というわけで、高校生探偵ごっこ(ほぼしてない)は終わりを迎えて、疑り深い僕も消え去る。あれれ、でも、『よしよし』という言葉を使っても平気なのだろうか。

 先生に聞かれたら、イチャイチャしてるところを見られるような・・・・・。

 ふとした疑問に璃月は、なぜだか答えてくれる。


「へーき。せんせー、私のもったお薬が効いてきた頃合いだもん。寝てるもん」

「そっかぁー、えへへ、璃月のナデナデきもちぃー」

「でしょー、ナーくん。ここ撫でられるの好きだもんねぇー」

「にゃはは」


 喜びながらも僕は現実逃避に失敗し、思ってしまう。

 事件の香りがするぞ――と。

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