第103話 お正月その3 初詣と恥ずかしさと公園
撮影会も終わり、神社へ初詣に車で向かう。その際、各家の車に分れて乗ることになったため、璃月とはいったん分れることに。
お父さんの車に揺られて10分程度。目的地の神社から少しばかり離れた駐車場に停車すると、僕とお姉ちゃんはドアを開けて降車する。
暖房で温められた車内とは違い、外は当然のことながらに寒く、それを証明するかのように息は白くなる。白い息を見るたびに車内へ逃げこみたくなるが、お父さんは早々に車の鍵をかけてしまい逃げることは叶わなくなる。諦めて外にいることにした。
白いため息をつき、僕は目的地である神社のほうに視線を送る。
視線の先には、駐車場の出口付近から鳥居付近まで屋台が2列に軒を連ねており、1本の道ができている。元旦の昼間ということもあってか、多くの人がいて祭りのよう。神社に歩いて行くだけでも一苦労しそうなのが見ただけでもわかってしまう。
げんなりしてしまい、たいしてなかった僕の初詣意欲はマイナスの域まで達しようとする。もはや、璃月と車に残ってイチャイチャしたい。
もうここはアレでいんじゃないかな。
最近ではお賽銭も電子マネーになってるとこもあるって聞くし、ドライブスルー初詣っていうのはどうだろう。いや、ダメだ。この駐車場の車のからざっと見るに、数キロにわたる渋滞ができることが予想される。何時間待たされるかわからないので、今のままでいいような気がしてきた。やるならバーチャル初詣くらいが関の山か。
初詣を簡略化しようとする罰当たりな僕の元に、可愛い女の子が1人やってくる。
「いたいた、鳴瑠くーん」
その正体はお姉ちゃんではなく、振袖姿の璃月。
青色を好んで身に着けている彼女には珍しく、赤色と白色が目立つ花柄の着物を身にまとっていることもあり、普段とは違った印象が見受けられなんとも新鮮でいい。何色でも似合っちゃうのが僕の璃月だ。
帯もいい。帯にのちゃってるおっぱいとか、ほんとにえっち。下から支えたい。
また、足元は草履ではなく、ブーツ。和と洋が合わさった感じが堪らなく好き。僕はお姉ちゃんと同じ厚底の草履を履いているけれど、璃月がブーツにするなら言ってほしかった。言ってくれれば、お揃いのブーツにしたのに・・・・。
首回りには白いふわふわとした・・・・よくわからない謎のやつが巻かれていて暖かそう。僕も璃月の首に巻かれたい。謎の白いのに嫉妬する僕がいた。
最後に璃月のふわふわとした触り心地のいい黒髪セミロングは、くるくると束ねられていてお団子じょうに。それをモミモミしたくなるけど、どうにか我慢。それをしちゃったら髪型が崩れてしまうからだ。それさえなければ、躊躇なく揉みしだいていたことだろう。そこから上へ視線をあげれば、どんなときにも変わらぬものことアホ毛がぴょこんとそそり立つ。安定感がある可愛さ、振袖とも合うそれは最強だ。
最後に再度、全体を通して見る僕。
あまりの可愛さにため息をこぼしてしまう。
あー、かわいっ。ほんとにね、璃月は制服着ても、ジャージでも、犬の恰好をしても、メイド服でも、水着でも、着物でも、裸でも、私服でも、着物でも可愛い。
はわー、みんなに自慢したいな。こんなにも可愛い子が僕の彼女なんだよって。
だが、誰にも信じてもらえない自信があった。自信しかないとまで言える。
今の僕は男の娘で、見てくれは女の子。
故に2人並んでいても女の子同士になってしまうわけで、悲しいことに恋人同士には見えないだろう。よくて仲が良すぎる友達くらい。自分の可愛さが辛いな。
落ち込む僕はさておかれ、無事に璃月たちと合流することができ、いざ神社に向かうこととなった。皆が歩みを進める中、璃月だけは僕の隣から動かない。
「ねぇ、鳴瑠くん。いっぱい人がいて、はぐれちゃうかもだね」
「だね。夏祭りの時みたいに手錠を使ったほうがいいかも」
「うん。でもママたちの前でそれは使えないよね。もちろん、リードも首輪も使えない。もはやここまでくると、私の手のうちが全部ダメになって悲しさすら覚えるよ」
冗談めかしながら言う璃月。
そんな彼女に、僕は手をさしだしながら提案する。
「手、つなご」
「いーの?」
普段であれば手どころだけでなく、腕に抱き着いてくるのに璃月は、上目遣いで訊ねてくるだけ。親の前だから遠慮してるんだと思う。僕もその気持ちはわかる。
お姉ちゃんやクラスメイト、知らない人の前でなら平気でくっつけるし、ちゅーや、手錠を使った特殊プレイすらできる。だが、親の前では妙な気恥ずかしさがあって、普段のようには何故だかいかない。
それを今回思い、結婚式でちゅーをするのってすごいことなんだってわかったし。
だけど、それでも僕は璃月の言葉に頷く。
「恥かしいけど、手つないどこ。璃月とはぐれたくないし」
「私も、はぐれたくないから繋ぐ」
言って璃月はきゅっと握る。
その手は冬の冷たさで冷たくなっていて、もっとはやく提案すればよかったと後悔する。これから僕が温めてあげればいい。思い握る手を強くした。
「鳴瑠くん。恥かしくなって手を放してってゆっても、放したあげないんだからね」
親の目を気にしながらも、璃月は嬉しそうに言う。
そうして、僕と璃月はいつも通り2人で歩みを進めたのだった。
☆♡
先ほども言ったが、屋台が2列に並んでおりその間には1本の道ができている。
ようするに、1本道。
何をどうしようとも、誰かの意思が介入しなければ迷いはしないはず。
なのに、なのにも関わらず――、
「ねー、璃月。聞きたいことがあるんだけど(わたあめを持ちながら)」
「鳴瑠くん。わたあめ、おいしい?」
「うん。璃月、わたあめ買ってくれて、ありがとぉー‼」
「いーえ。私はね、鳴瑠くんが喜んでくれてうれしぃよ」
可愛く微笑む璃月。
そんな彼女を見て、雑に話を変えられてしまったことがどうでもよくなってしまう。いけないと思い直し、今以上にペースを乱される前に話しを戻すことにした。
「って、話しを逸らさないで」
「わかったよ、鳴瑠くん。それで、何かな」
「僕、聞きたいんだけどさ。璃月、わざと迷子になったでしょ」
「うん、ぶっちゃけ、2人きりになりたかったの」
潔く認める璃月。
――そんな僕たちのいるここは、神社ではなく住宅街の中にある小さな公園。
遊具も申し訳程度にブランコとスベリ台があるだけだし、ボールを使った遊びが禁止との看板もあって僕たちの他に誰もいない。普段から使われていないのだろう。
璃月以外の気配がしないここは、先ほどまでいた人で溢れお祭りのような神社前とは違い落ち着いた静けさが支配している。静か故に、隣でブランコをこいで鳴るキーコーキーコーという規則的な音が、璃月が存在する証明みたいで心地よかった。
ちなみに、大きく道から外れていることになぜ気づかなかったかといえば、璃月に買ってもらったわたあめに気を取られていたからとかいうカッコ悪い理由。
わたあめで僕の気を引いて人気のない公園に連れてくるとは、璃月には僕を誘拐する才能があるのかもしれない。この経験から僕は、お菓子で気を引かれても璃月以外にはついて行かないことを決意する。
小学校で習うレベルの防犯意識を高めた僕は、今回のことから何も学んでいないに等しかった。それはさておいて、璃月は真面目な顔をして口を開く。
「私ね、思うの」
聞き思う。
この後、璃月はすんごく適当なことを言うって。
それがわかっていながらも、僕はどうしようもなく璃月のことが好きなので「なにかな?」と相槌をうつ以外の選択肢はない。ジト目を送りつつ、聞くことにした。
「確かにはぐれたくないとか言ったよ。けど、それってさ、鳴瑠くんとはぐれたくないって話なわけで。ママたちからはぐれたくないかとは、別の話だと思うの」
「えーと、ようするに何が言いたいのかな?」
「ようするに、私ね。ママたちからはぐれたことにして、鳴瑠くんと隠れてちゅーしたり、抱き合ったり、2人でしか話せないお話をしたかったんだぁー、えへへ」
もっとかみ砕く言い方をすれば、
『親がいてイチャイチャできないから、それができるように親から一時的に離れてイチャイチャしたくてたまらなかったの。だから行動に移したの‼』
ってことだろう。うん、うん、その気持ちはわかるよ。
同意しつつその気持ちに心当たりがあったので、璃月に教えてあげることにした。
「今の璃月は欲求不満なんだぁー、めっちゃえっちじゃん‼」
「うにゃー、悪口ゆわないで‼」
「悪口じゃないと思うけど」
「悪口だもん。私、えっちくないから悪口になるもん‼」
今年初の『私、えっちくないもん』が聞けて、妙な嬉しさがあった
ちなみに僕も璃月同様に、イチャイチャできなくて欲求不満気味だったりしてる。
「とりあえずさ、璃月」
「なに、まだイジワルゆーの、バカ鳴瑠は」
「僕がいつ璃月に悪口言ったっていうのさ」
「けっこーゆってる気がするけど・・・・・それでなに?」
嫌な顔をしながらも璃月は、僕に話を促してくる。
どんなにこの後、酷い目に合うとわかっていても、璃月は聞かずにはいられない。
それが璃月という女の子なのだ。
「提案なんだけど、璃月の抱負『自分のえっちさを認める』ってのはどうかな?」
「う、うぅぅ、ばかなりゅ‼」
ブランコの上でアラぶり泣き始めてしまう璃月。
そんな彼女を泣き止ませることにしたのだが、多大なる時間を用いることとなったのは想像に難くない。そのため最終的に初詣ができずに終わってしまったのだが、甘えてくる璃月はめちゃくちゃ可愛いので、そんなことは些細なことに過ぎなかった。
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