第63話 練習 その2 パン喰い競争

「鳴瑠くん、私の特訓にも付き合って‼」


 借り物競争の特訓なのか、お姫様抱っこの特訓なのか、もはやわからなくなっている中。璃月はそんなことを言ってくる。

 もちろん、答えは決まっている。付き合うに決まっていた。


「それで何の特訓をするの?」

「パン喰い競争の特訓」

「え、パン喰い競争に特訓とかあるの?」


 ぶっちゃけ、あれってただただ走って、パンを口で咥えてゴールするだけだし。そもそも、それを競って何になるのかな?

 運動嫌いの僕は、さらっと体育祭の競技を目の敵にしようする。


「パンをとる特訓がしたいの」

「うん、どんなに無意味なことでも、やってみる価値ってあるよね‼」


 残暑の為かは知らないけど、僕はアツい手のひらがえしをする。言い訳させてほしんだけど、彼女の希望に出来るだけこたえたい。それが僕なので仕方がないんだよ。

 それはさておいて。

 璃月はリュックの横に付いている、布に覆われた長い棒を取り出した。布から中身を取り出すと、それの正体が明らかになった。


「釣り竿?」

「そ、すごい釣り竿」


 なんかいいモンスターが釣れそうな気がする。

 どうやら、パンの引っかかっている釣竿を僕が持ち、璃月がそのパンをとるという特訓をするようだ。


「はい、鳴瑠くん」

「うん」


 釣り竿を受け取って、パンを先に着ける。

 それから璃月の頭よりもちょっと上くらいにパンを垂らした。普通のジャンプ力があれば容易にとれるくらいの高さだ。


「準備できたよ」

「うん」


 パタパタと璃月は少し女の子走りで僕から1度はなれると、ある程度のところでUターン。パンのところ――僕のところに再びやってきてジャンプした。


「ぴょん、はむぅー」


 パンのぶら下がる位置はあまり高くないはずなのに、璃月はパンをとることができない。どんなにジャンプしても、パンにはとどかずに何もない空を口で喰う。ダジャレみたいになったけど事実そうだった。


「ぴょんぴょん、はむぅー。ぴょんぴょん、はむぅー」


 2度連続でチャレンジ。

 やはり失敗。

 ジャンプするたびにおっぱいが上下に揺れるけど、なんか興奮できずにいる僕がいた。なんていうのかな、おっぱいとかよりも「頑張ってパンをとってくれ」という気持ちがでかい。璃月のおっぱいのように、その想いがでかい。

 まったくもって、『あー、璃月のメロンパンを食べたいなー』などとは思っていなかった(ある一点を見ながら)。


「・・・・」

「ぴょんぴょん、はむぅー。ぴょんぴょん、はむー。ぴょんぴょん、はむー」

「・・・・」

「ぴょんぴょん、ぴょんぴょん・・・・ぴょん・・・・・」

「・・・・・」


 繰り返しが増えるごとに辛い。見てるのが辛くなってきた。

 個人的には、跳ねてる様子とかパンにかぶりつこうとしてるのがめっちゃ可愛いいし、おっぱいが上下運動する様子はえっちくてしかたないんだけど・・・・・何分、目標が達成できなさ過ぎてやっぱり辛い。

 どうやら璃月は、ジャンプ力が壊滅的に無いようだった・・・・・。

 僕は無言で、釣り竿を少し下げて――、


「はみゅ‼」


 ようやくぶら下がっているアンパンがとれた璃月。

 嬉しそうにアホ毛をぴょこぴょこさせてキラキラな瞳でこちらを見てくる。どうにか目を伏せないように頑張って彼女を見て・・・・・提案した。


「璃月、パン喰い競争は、辞退しよう」

「え・・・・鳴瑠くん」

「人には向き不向きがあると思うの」

「え、えー・・・・・パンとれたのに」


 言えない。

 少し、パンの位置を下げたことなんて。


「えーと、あー、うーん・・・・・そう。ジャンプして揺れるおっぱいを他の人に見られたくないんだよ」


 少し考える璃月。

 それから彼女は照れた顔をする。


「もしかして、独占欲?」

「そーそー」

「もう私は君のものなんだから、そんな心配しなくていいのに・・・・えへへ、うれしー、私のこと独占したくて仕方ないナーくん可愛いなぁーえへへ」


 そう言いながら抱き着く璃月は、僕のお腹にほっぺをスリスリしてくる。いくら恥をかかない為とはいえ、嘘をついてるみたいで心にくる。

 世の中には優しい嘘もあるんだ。

 そう思ってどうにか耐える。耐えていると、


「でも、鳴瑠くん。私は出場したいの」

「え、え・・・・・」

「パンが欲しいの」

「もう僕が買うのじゃダメかな!?」

「ダメなのそれじゃ。パン喰い競争のパンじゃないとダメなの」

「どうしてそんなこだわりが・・・・・」


 僕の問いかけにもなっていない呟きに、璃月は答える。


「噂なんだけどね、うちの学校のパン喰い競争のパンは、パン喰い競争の為だけに作られたパンなんだって。それでね、そのパンを――ん、これ以上は言えないの」


 途中で何かを言いかけ、口を閉ざす璃月。

 何を言おうとしていたのか気になるが、言えない事情があるのなら仕方ないので、僕はこれ以上は聞かないことにした。

 たしかに言ってもらえないことは悲しい。けれど、彼女が僕に嫌がらせをしてくることはないっていうのはわかるし、何か理由があることは察することはできる。

 だからこそ聞かないことを選んだ。

 その代わりとは言っては何だけど、


「それじゃ、璃月がパンをとれるようになるよう頑張って特訓しようか‼」

「うん‼――ちょっと、待って。時間かかちゃったけど私、パンとれたじゃん」

「璃月、残念だけど、あのままじゃ取れなかったよ・・・・・」

「え」


 璃月は素の様子で驚愕する。

 どうやら、自分のジャンプ力の低さをわかっていない様子。僕は1から全部なにが足りなかったのか説明。そして璃月は肩を落とした。


「・・・・・・鳴瑠くんがそーゆーならそうなんだと思う。でも、このままじゃ、パンがとれないってことだよ。どーしよぉ・・・・」

「璃月、どうしてパンがそんなにとりたいのかはわからないよ。でも、やるべきことは1つだよ。特訓だよ。ジャンプ力を強化しよう‼」

「・・・・そうだね‼」


 最初は無意味でやる意味のないことだと思っていたパン喰い競争の特訓。これを僕は、彼女がやりたいことをやり遂げるために全力を持って力を貸すことにした。

 で、まずは。


「ジャンプ力の強化を目標にしよう。まずは、石の上に乗った少し高い位置にある僕の唇に、ジャンプをしてちゅーをするっていうのはどうかな?」

「なにそれ・・・・すんごくモチベーション上がるよ‼」


 璃月はノリノリだった。

 そんなわけで、僕は土手にあった適当な段差に乗ると目を瞑ってキスを待つ態勢に入った。高さ的には先ほどのパンと変わらないくらいだ。


「・・・・・」

「てい‼」

「・・・・・」

「んー、てい‼」

「・・・・・」

「んー・・・・・・・・ていっ‼」


 数回目のチャレンジ。

 そして遂に、「「ちゅ」」と僕の唇に璃月の唇が重なった。

 触れた瞬間、僕は目を開けると段差から飛び降り、嬉しさのあまりそのまま彼女に抱き着いた。今日のちゅーは、普段以上に達成感があった。


「璃月‼」

「ナーくん、できたよ‼」

「うん、できたね‼」


 頑張ったね、という思いを込めて僕は璃月の頭を撫でまわした。

 彼女も目を瞑りそれを受けていた。表情は緩みニヤニヤとし、アホ毛をパタパタ振っていることから嬉しいのだとわかる。 


「頑張ったね。これを毎日やって、本番でも高く飛べるようになろうね」

「うん。これからも高い位置にある君の唇にちゅーさせて」

「うん‼」


 何か趣旨が変わっている気がしてならないけど。とりあえず、僕たちは毎日ジャンプしてちゅーをする、この特訓をすることになったのだった。

 なんて素晴らしい特訓なんだろうか。

 僕のパン喰い競争への評価は、今日だけで格段に上昇していた。

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