5章

第41話 壁ドン

 7月に入り梅雨も明けた。

 本格的に暑くなってきて、暑いのが苦手な僕は既に夏バテをおこしていた。そのため、やる気もでなければ、身体も重いし、食欲もわかない。

 食欲に関しては特にひどい。

 お昼休みに食べる璃月のお弁当ですらあまり食欲がわかず、全てあーんして食べさせて貰わないと喉を通らないほどだった。

 僕の体は確実にダメになっていっていた。人としてもダメだった。

 とはいえ。

 体がだるいながらも璃月とイチャイチャしたい気持ちは変わることがないわけで、ほぼほぼ平常運転なある日の昼休みのこと。僕は璃月に切実にお願いをした。


「僕ね、璃月に無理やりされたいことがあるんだ」

「切実なお願いの仕方に性癖がにじみ出てる」

「いやさ、この間、璃月に無理やりやられたじゃん。そのときの快感が今だに忘れられなくてさ。色々無理やりされたいなって最近思うようになったんだよね」

「言い方、気を付けよ?それアレだよね。映画館で私が君を席から立たせてあげた話しだよね。悪意があるの、言い方に」

「どう悪意があって、周りにどういった勘違いを引き起こしちゃうの?ほら、璃月の口から言ってみてよ」

「ドM発言から急にSぽくならないで」

「僕ってほら、どっちもいける口なんだよ」

「最近、君って私のことド変態とか言ってくるけど、君も負けず劣らずだからね」


 ため息をつく璃月。

 やりとりをしているここは、いつものことながら教室。こういった話をすると、先ほどまでそれぞれ喋っていたクラスメイトたちが、一斉に静まり変える。

 アレなのか、そんなに僕たちの話を聞きたいのか。まぁ、どうでもいいので特に言及したりはしないけどさ。


「それで、私に何をされたいの?」

「んーとね、壁ドン」

「壁ドン!?」

「うん、壁ドン」

「彼女の私を差し置いて、先にされたいと!?」


 たしかに壁ドンって女の子がさているイメージがあるけど。

 もしかして璃月もされたかったとか?


「璃月もされたい?」

「別にされたいわけじゃないけど・・・・鳴瑠くんがされる側で私がする側なのは何か複雑。そもそもどーしていきなり壁ドン?」

「長い話しになるけど、いいかな?」

「うん、君のお話聞くの好きだからいいけど」

「璃月、ほんと好き」

「うん、私も♡」


 ハートマークを付けての可愛い同意をしつつ、璃月はその後にあっさりな感じに「それじゃ、初めて」と促してきた。そんなわけで僕は壁ドンを知った経緯を話し始めた。


「あれはね。暑さと暇に耐えかね。僕がお姉ちゃんの部屋に勝手に入ったときのことなんだけどね」


 僕がそこまで言うと、璃月の様子が変わる。

 どこら辺の様子が違うかというと、目のハイライトが消えている。いつもよりも低めの声で彼女は言う。


「へー、私以外の女の部屋に勝手に入った、と」

「お姉ちゃんだから。そもそも僕とお姉ちゃんにはプライベートはないから。だから、お互い常日頃から出入り自由なんだよ」

「ふーん、そ。はい、続けて」

「はい」


 思わず敬語になっちゃったよ・・・・。

 促されたので、僕は続きを話すしかない。それ以外の道はどこにもない。


「で、クーラーを付けて適当なマンガを本棚から手に取って、僕はベットに寝ころびながらマンガを読んだんだけどね」

「ふーん、自分の部屋みたいに、部屋を使ってるんだね。それに私のベットにも寝たことがないのに、先に他の女のベットに寝たんだ、ふーん」

「なんか言い方に悪意しかないんだけど、違うから。『僕のモノは僕のモノ、お姉ちゃんのモノは僕のモノ。また、お姉ちゃんのモノはお姉ちゃんのモノ、僕のモノはお姉ちゃんのモノ』てだけ」

「ふーん、そんな『ジャ〇アン理論』な姉弟がこの世にいるんだね。ふーん、てことは私は君のお姉ちゃんのモノでもあるんだ。ふーん」

「その解釈は何かおかしくないかな!?」


 拗ねすぎじゃない?

 アレかな、暇だったのに璃月と遊ばなかったからかな?

 と、いうよりもベットに関しては言わなきゃいけないことがある。


「ベットに関しては璃月のベットに寝かせてくれなかったの、璃月だったよね!?」

「服着たまま入ろうとするからじゃん」

「脱ごうとしたのに恥かしがったの璃月だったよね!?」

「そうだっけ?」


 わざとらしいとぼけかたを璃月(ハイライトなし)がする。

 うーん、このとぼけかたは――僕は1つ確信した。

 璃月はお姉ちゃんの部屋に行ったことを対して怒っていないな、と。

 そもそも璃月が僕が部屋に行った時の事を覚えていないはずがない。と、いうことはコレ、僕をからかっているだけな気がする。

 たぶんだけど、僕がさっき意味深な言い方をした仕返しなんだと思う。仕返しにしては倍以上な気がしなくもないけど。

 璃月の満足するまで付き合うことにした。


「話を続けるけど、お姉ちゃんのマンガに壁ドンが出てきて、是非とも璃月にやってもらいたいと、そう思ったんだよ」

「ふーん。そーなんだ。で、お姉ちゃんの部屋でお姉ちゃんとどこまでしたの?」

「何もしてないよ!?」

「冗談、別に疑ってないよ?さっきのお返し、楽しんでくれた?」

「途中から気づいたけど、これだけは言える。何も楽しくなかったって」


 いつもの璃月に戻って「ごめんごめん」と笑う。

 完全に遊びだったようだけど、璃月に疑われるのは精神衛生じょうよくないので、二度とやってほしくない。わかってはいたけれど、彼女の口から聞けて一安心。

 どっと疲れてしまいため息がこぼれる。


「それでどんな壁ドンがご所望なのかな。ドンされて耳元で愛を囁く的な?」

「うーん、マンガだとそんな感じだったんだけど、今回は違うかな。もう1つ、2つアイディアを練り込んでみた感じにしたんだ」

「えーと、私は服を脱がされるのかな・・・・?」

「期待してる眼差しを送ってきてるとこ、ごめん・・・・今回は服脱がない」

「私、期待してないもん‼」


 彼女は気付いてはいないと思うけど、すごく残念そうな顔をしていた。彼女はぷいっとそっぽを向く。

 全裸で寝ることといい、璃月って全裸好きだよね。すぐに服を脱ぎたがる璃月もわるくない。むしろ好きな僕だ。

 さておき。僕は今回やってもらいたい壁ドン案を告げる。


「えーとね・・・・僕と璃月の背を考えると立ったままの壁ドンは難易度が高いと思うんだ。だから、僕が椅子に座ってる状態でしてもらおうと思うんだ」


 詳しい説明を僕はする。


①少しだけ足を広げて僕が椅子に座る。椅子の背もたれは左側に、背中側に壁を用意する。そうすることによって逃げ場を減らすことが可能となる。

②僕の広げた足、正確には太ももの間に璃月は膝を置く(世にいう股ドン)。

③壁に手をつくこと(壁ドン)で壁により後ろにも、腕と椅子の背もたれにより左右にも逃げ場を失くすことが可能となる。こうすることで相手に好き勝手にされる服従する気持ちが味わえる。


「て、感じ」

「壁ドンと、股ドンの合わせ技だ・・・・」

「でね、④もあって」

「2つでも満足しないの?」

「むしろ、ここからが本番だよ」


④逃げ場を失った僕。璃月はそれを見て怪しい笑み、もしくは恍惚な笑み(得物を見つけた肉食動物のような顔でも可)を浮かべると、空いている手で僕の顎を持とそのままむさぼるようなちゅーをする。


「ここに来て、顎クイもいれてくるか・・・・・」

「これが無理やりな部分なんだよ」

「といよりもね、④に限っては表情も指定なんだね」

「うん。やっぱり、無理やりやられてる感は大切‼」

「むぅー、できるかなぁ・・・・」

「そこでやらないっていう選択肢がない璃月が大好き」

「君とじゃなきゃやらないよ」

「僕もだよ」

「そもそも、ここまで指定したら無理やりじゃないと思うんよなー」

「そこはノリで行こう‼」

「わかったよぉー」


 呆れた声音でそう言うものの、さすがは璃月と言うべきかノリノリな様子で準備を始める。壁際に椅子が横向きで用意され僕はそこに座る

 少し足を広げて、太ももの間に隙間を作ると璃月はそこに膝を立てた。これだけで既に圧迫感がある。大きなおっぱいのせいもあるけど、この圧迫感が心地いい。

 そして、璃月はそのまま壁にドンと音を鳴らし手をついた。どこに出しても恥ずかしくない壁ドンである。だが、彼女の壁ドンはそれだけでは終わらない。

 さらに距離が近づいたことにより彼女のおっぱいがむにゅっと僕の胸に当たったのだ。これが世に言うところの『パイむにゅ』か‼行き良いのあまり素敵な造語を作ってしまった。新たな世界が開かれた瞬間と言えるだろう。

 これ・・・・いいよ。


「り、りつき」


 近づいた距離。

 僕と璃月の目は合い、思わず名前を呼んでしまう。それから璃月はノッてきたのか、無言で恍惚な表情をし始める。

 そしてそのまま、顎を――いや、僕の後頭部を持つとそのまま自分の方に引き寄せると、僕の口を自身の口で塞いだ。


「ん、んん」

「ん、んんん――ッ‼」


 顎に手を添えられると思っていた僕は、後頭部を抑えられた衝撃に驚きが隠せない。しかも肺に空気を溜める時間さえなかった為、息ができなくて苦しい。

 僕はクラスの皆が見てる中「ん、んん、んんん」と声を漏らしてしまう。恥かしいけれど、それがいい――じゃなくて、やばい、窒息する‼

 時間的には30秒くらいのキス。

 それから「ぷはっ」と声をだして璃月は唇を離した。


「ど、どーお?」


 顔を紅潮させ吐息を微かに漏らす璃月は僕に短く訊ねてくる。

 僕の答えなんて決まってる。


「・・・・・うん、ありがと」

「よかったぁ、ふふ」

「・・・・・」


 僕はそれ以上は何も言えなかった。

 なんというか・・・・・これ以上ないくらいに、璃月に興奮してしまっている。たぶん、ここが学校で、教室じゃなかったら――。

 それほどまでに、僕が提案したことを超えた璃月の行動はやばかった。性的な意味でヤバかった。僕の性癖にドストライクとでも言えばいいか・・・・。

 少し、空気を吸ってどうにかいつもの調子を戻すように頑張るが、璃月を前にしていると厳しい。

 何もしゃべらなくなった僕を璃月は心配そうに見つめてくる。

 こんなとき、いつも僕はどんなことを言ってたっけ?

 わからない。

 璃月のことしか考えられなくて・・・・・。僕は、とりあえずいつもの僕ぽいことを言ってみることにした。


「・・・・・。璃月、たぶん、これからくるのはパイむにゅだと思うんだ」

「なにそれ!?」


 そんな璃月のツッコミが教室に響いた。

 交代でやろうか迷ったけど、昼休みが終わってしまったのでお預け。交換してやったとき、僕の理性が持つかどうか怪しい。

 初めてのこの感覚に、僕は戸惑いが隠せなかったのだった。

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