第39話 映画デート その2 上映前
ポップコーンとコーラをそれぞれ持って入口へ。そこでチケットをお兄さんに渡して中に進んでゆく。璃月は慣れているようで、迷いなく割り当てられた座席へと向かい腰を下ろした。僕もそれに続く。
初めて映画館の席に座ったけど、隣の席との間隔は近い。2時間近くすぐそばで璃月を感じられるのは映画館の醍醐味なのだと僕は知ることができた(あくまで個人の感想)。
それに肘掛けが1つなのもポイントが高い。
僕たちは譲り合いの精神などどこへやら。僕たちは仲良く1つの肘掛けを使う。そうすると自然と手が繋げて最高だった。難点は片手が完全にふさがるためポップコーンが食べづらいことだろうか。
そんな僕たちが座るのは、後方から数えて3列目の中央の席2つ。
できるかぎり真ん中で観たいという気持ちと、僕たちの座高を考えて長時間観ていても首や体が痛くならない観やすい位置という2点に考慮して選んだと璃月は言っていた。
どうして僕の座高を知っているのかはわからないけど、昨日の時点で席を予約購入しているあたりから彼女の本気度が伺える。
「君、おトイレはしっかり上映開始前に行くんだよ。上映中におトイレ行きたくなったら大変だから」
「さすがの映画初心者の僕でも、それくらいはわかるよー」
「ならいいけど・・・・。でも、それでも上映中におトイレ行きたくなったら言って――」
アレかな。一緒に付いて言ってくれるとか?
いやいや、さすがに僕もそこまで子どもじゃない。トイレくらい1人で行ける。まぁ、そういうプレイだってなら僕も考えなくもない。ぜひともやってみたい‼
性欲が渦巻く中、璃月は自身の人差し指を口元にあてがうとウィンクして囁く。
「――私が飲むから♡」
「めっっちゃっくっちゃ可愛い顔と仕草で、そんなこと言われるとは、さすがの僕でも予想できなかったよ!?」
変態で鬼畜な僕でもその発想には辿りつけなかった。
もしかすると、璃月は僕のさらに先の次元にいるのかもしれない。僕をも超える鬼畜ド変態彼女なのかもしれない・・・・。く、僕としたことが、おくれをとってしまった。悔しい、はやく彼女と同じ次元にいかなきゃ‼
悔しがるところでも、自分の力不足を嘆く場面ではなかった。
僕が言うべきはそれじゃない。では何を言うべきか。
それは普通に、店員さんとか他のお客さんに迷惑がかかるからダメだよ。残念だけど、飲むのも、漏らすのも、飲ませるのも、ダメだよ‼
と言ったマジレスに他ならない。
「残念だけど、そのプレイはここじゃダメだよ。お風呂場とかにしよ?」
「ツッコミが鳴瑠くんらしいね。一応ゆっとくけど、冗談だよ?」
ほんとかな?
危うく疑心暗鬼な瞳を向けそうになるが、恋人を疑うのはよくないので僕は我慢。そんな気も知らない璃月は続ける。
「私ね、上映中に席立つ人好きじゃないの。むしろ、嫌いなの。あ、まったく知らない人ならいいけど、知ってる人だと嫌いになる自信しかない。もしそれを鳴瑠くんにされたらって思うと・・・・・私ね、鳴瑠くんを嫌いになりたくないの。だから、上映中に立たれるくらいなら、おしっこ飲むって、そうゆちゃったの」
「璃月・・・・」
ただただ「おしっこを飲む」発言にテンションが上がってた自分が恥ずかしい。あんな変態な発言の裏にそんな思いがあったなんて・・・・・。
たしかにそうだ。
璃月に嫌われるのは嫌だ。
だけど、それと同じくらいに僕自身が璃月を嫌いになることも嫌だった。
璃月の言うことがどうしようもなくわかってしまう。それでも1つだけ言わせてほしいことがあった。
「おしっこ飲ませる彼氏の方が嫌いになる理由が多々あると思うんだ」
「え、でも。鳴瑠くんに汚いとこなんてないし?」
「むぅ・・・・うぅぅ」
恥かしい。
そいうこと言われるとガチで照れるからやめてほしい。でも、これだけはたしかだよ。その言葉を言う場面、絶対に間違ってる。絶対におしっこを飲む飲まない問題で言う発言じゃないと思うんだ・・・・。
今の僕は鬼畜ド変態彼女のせいで、皮肉なことにまともな思考回路になっていた。あれと一緒だ。怖がりでも、自分より怖がっている人を見ると冷静になっちゃう的な。だから僕はガラにもない変態ではないツッコミを入れてしまった。
「とりあえず、僕は絶対に上映中に席は立たないから安心して」
「うん。あ、エンドロール中に席立つのもめっだよ。エンドロールの後にオチとかあるし、エンディング曲を聞いたあとまでが、映画だからね‼」
「最後まで重要ってことか」
「そ。それにさ、ちゃんと映画を作った人たちの名前も目を通したいんだ。ぶっちゃけ誰が誰だかわからないし、知らない人たちばっかりだから見なくても変わらないと思う。それでもね、君との素敵な時間を作ってくれた人たちに感謝の想いも込めて、私は知っておきたいな、て思うの。えへへー」
「璃月・・・・・うん、そうだね‼」
作った人たちは僕たちの為でないことはわかっている。それでも、僕と璃月が一緒に感動を得た事実は変わらない。誰がこの時間を作ってくれたのか、知っておいた方がより今から見る映画が好きになれる気がした。
映画初心者の僕に映画の観かたを教えてくれた璃月がもっと好きになる。
しっかりと変わりばんこにトイレに行って準備が完了。ようやく上映時間がやってきて照明が消される。映画がはじまるようだ。
僕は物語の世界に入る前にふと、思う。
おしっこの話さえなけば、良い話になった気がするのになー、と。
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