第38話 映画デート その1 ポップコーン

 休日のこと。

 僕と璃月は一緒に映画へと行くことにした。

 片隅駅からさらに電車に乗り換えていく想南駅にある映画館が一番近いとのこと。双ヶ丘十海里駅周辺に住んでいると乗り換えを挟むだけで遠く感じてしまい、あまり行きたくはないけれど恋人と一緒なら別。少しばかり遠出をしている気分となりわくわくの方が勝っていた。

 なにより、僕は映画館という場所に行ったことがない。初めての体験だからこそ、余計に心は落ち着くことを知らなかった。


「璃月、璃月。今日は何を観るの?ね、何を観るの?」

「今、話題のアニメーション映画だよ」


 繋がれた手をぶんぶん振って僕が訊ねると、璃月はなぜだかは知らないけれど僕の頭を撫でながら答えた。


「嬉しいけど、どうして頭を撫でてるの?」

「んー、初めての映画でテンションが上がちゃってる鳴瑠くんが可愛いからかなー。もう食べちゃいたいくらい可愛い、少しだけ、少しだけでいいからカプってさせて?」

「うーん、食べられたいけどな。カプってされたいけど、今は我慢だよ。変なことして映画館から追い出されたら大変だからね」

「たしかに。映画終わってから食べるね」

「うん‼」


 いつものことながら、ツッコミは不在だった。

 とりあえず僕は、目を瞑って撫でられている箇所に意識を集中しておくことにした。璃月の手が心地よくて眠くなっちゃう。幸せ、ふわわわー。

 顔が自然と蕩けてしまう。

 璃月の手によるナデナデには、脳から強度の快感を発生させる力がり、その中毒性は極めて高い。そのため、一生こうされてたい。ダメになってくるのがわかる。それが心地よかった。バカになりそうだった。もはや、既にバカだった。

 周りにいる人たちから視線を集めている気がした。その視線が余計に僕の中に秘める(けっこう開示してる気がする)性欲を掻き立てて興奮を加速させた。

 呑気にそんなことを思う僕の頭を璃月は撫でながら名前を呼ぶ。


「それで鳴瑠くん」

「ん?」

「映画と言えば、揃えなくてはならない装備があるの」

「そうなの?」

「うん」


 ゆるぎない返事だった。

 装備が必要ということは、映画館という場所は危険なダンジョンなのかもしれない。レベル1の映画館初心者である僕は、気を引き締めることにした。

 もうわかると思うけど、僕の思考回路は現時点で何も考えてないに等しい。


「それで、その装備とは?」

「もちろん決まってるよ。ポップコーンとジュースだよ‼」

「そうなんだね‼」


 大したことを言っていないのに、無駄にハイテンションな僕たちだった。

 そんなわけで、手を繋いだまま僕たちは売店に。

 カウンター前に行くと売り場のお姉さんが僕たちを微笑ましく見てきた。たぶん、可愛いカップルが手を繋いできたとでも思っているのだろう。

 ついつい忘れてしまうけど、僕たちは傍から見れば『可愛い男の子と可愛い女の子の高校生カップル』なのだ。そのため、ほっこりしてしまうのは無理はない。

 その証にお姉さんは、子どもに接するような柔らかな口調で話かけてくる。特段、子ども扱いされても気にしていない僕たちは、ポップコーンの味について相談を始める。


「で、璃月。何味がいいかな?」

「決まってるよ。鳴瑠くん、ここは塩味一択なんだよ」

「キャラメルとかあるけど。璃月、甘いの好きじゃなかったっけ?」

「甘いのは好き。だけどね、ポップコーンを食べた後に君の手を握るとするよ。そーするとね、お互いの手がベタベタで気持ち悪くなっちゃうんだよ」

「たしかに、アフターケアまでしっかり考えてる璃月。さすがだよ」

「でしょ」


 たいしたことを言っていないのに、自慢げに笑う璃月。

 まだ、お姉さんは微笑ましいものを見ている顔をしていた。そんなお姉さんを待たせるのも悪いので、僕たちはさっさと注文することにする。


「というわけで、塩味のポップコーンをください」


 そう言うと、バターの有無を訊ねられる。

 最近のポップコーンには、バターなるものをかけるのか。最近も昔も知らない僕は驚きだった。ちなみにバターは知っている。

 璃月はノータイムで答える。


「もちろん、無しで。だって、キャラメル味同様、手がベタベタになっちゃうもん」

「それじゃ、そうしよっか」

「うん」

「でもさ、璃月。塩味だと、食べた後に塩が手についてざらざらしない?まぁ、手をおしぼりかなんかで拭けば問題ないけど」


 よくよく考えれば、キャラメルしかり、バターしかり、手を拭けば全て解決だったような気もしなくはない。たぶん、璃月が塩味のを食べたかったんだと思う。

 ふとした疑問に璃月は「わかってないなー、鳴瑠くんは」と嬉しそうに笑ってから彼女なりの答えを教えてくれる。


「塩味なら、君の手汗がついても同じ塩味だから問題ないじゃん」

「たしかに‼璃月、天才なの‼」

「ふっふー、鳴瑠くんに関しては私、天才なの」


 どいう意味かはわからないけど、とりあえず、僕のことをいっぱい考えてくれてるってことだと思う。とりあえず喜んでおこう。

 僕がキラキラとした瞳を璃月に向ける。璃月はアホ毛とその体を子どものようにぴょんぴょんさせて楽しそう。

 ちなみに、売店のお姉さんはというと、現在は微笑ましいものを見ている顔はしていなかった。なんというか「マジか・・・・どっちも可愛い顔してやばい。残念すぎる」みたいな顔をしているけどたぶん気のせいに違いない。

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