フタリのセカイ

第14話 美術 人物画

　美術の授業のこと。

　先生の指示でそれぞれ２人組を作って人物画を描くことになった。

　昔の僕ならば、２人組を作れと言われたら真っ先にあぶれてしまっていたが今は違う。男女混合という一点においては璃月と組むことができるため敵なし。むしろ、恋人とペアが組めるという点に関しては勝ち組な男子高校生と言っても過言ではなかった。

　とはいえ。それは同時に、男女別での組づくりに関しては最弱と同義であった。僕はそれを見て無ぬフリをすることにした。

　そんなことはどうでもよくて。

「あー、璃月の顔をマジマジと見ることができる授業。なんて素晴らしい授業なんだろう。卒業するまでずっと美術の人物画でよくない？」

「えーと、たぶん鳴瑠くんは知らないと思うんだけどね。人物画って、見てるだけじゃダメなんだよ。キャンパスに絵を描かないとダメなんだよ」

「それは流石にバカにし過ぎだよ。どうやったら、璃月の綺麗さを可愛さを描き残せるのか。そればかり考えているよ。ちなみにアホ毛の曲線すら美しく描こうとして失敗しているよ」

「あー、だからさっきから鉛筆が進んないんだね」

　僕のキャンパスは真っ白だった。

　どうも璃月の可愛さや綺麗さをキャンパスに描くことは、僕の画力じゃかなり難しいらしい。こんなことなら絵の練習をしておくんだった。

　今更ながらにそんな後悔をする僕。

「これって、写真を撮って画像を張り付けるのとかじゃダメなのかな」

「遂には美術ですらなくなった」

「正直、僕が絵を描くよりもスマホのカメラの方が璃月の可愛さと綺麗さを残せると思うんだよね」

「遂には絵を描くことを否定し始めた」

　もはや、卒業まで美術でいいと言っていた男はどこかに消えた。

　それはさておき。

「璃月は僕の似顔絵の調子はどうなの？」

「私かー、完璧だよ。私にはね、君を描くための絵描き歌を用意したからね」

　僕の絵描き歌かー。

　いやいや、そんなものないよ？

「世の中にはないよ。私が作ったんだもん。愛ゆえにね」

「『愛ゆえに』て言われると、なんかなんでも納得しちゃいそうな僕がいるよ」

　そんなわけで璃月作の『宇宙町鳴瑠絵描き歌』を聞かせてもらう運びになった。彼女は「あー、あー」と喉の調子を整えると、楽しそうに歌いながら描き始めた。

「まーる描いてちょん。まーる描いてちょん。御池に目が出て植木ば―――」

「待って。それ絶対に僕の絵描き歌じゃないよ。青いネコ型ロボットの絵描き歌だと思うんだけど」

「あたり。よくわかったね。私、あのキャラ好き。描きたくなっちゃったから描いてみた」

「とりあえず、僕の絵描き歌なんて考えて来てないことだけはわかった」

「ちなみに、私は君も好き。ということで、君の絵も描いていました」

　そう言って、璃月は自分のキャンパスを僕に見せてくる。

　そこには僕と青いネコ型ロボットが手を繋いで楽しそうにしていた。地味にどちらもうまい。どうやら、お絵かきも趣味の１つらしい。

「ちゃんと課題をやっている・・・・。これはもはや裏切りと言っていいのでは？」

「えー、ちゃんと課題をやって恨まれるのってひどくない？」

　そんな話をしていると、いつのまにか美術の授業も終わりに近くなっている。僕のキャンパスは今だに殆どが真っ白な状態だった。

　先生は「課題が終わらない者は放課後残ってやるように」なんて言い始めやがる。これは、もしかすると放課後の居残りも視野に入れなくてはならない。

「あー、終わらない・・・・・・」

「うーん、それでもいいんじゃない？」

「なんで。僕だけ居残りなんだよ。一緒に手を繋いで帰れないってことだよ？」

「いやいや、鳴瑠くん。私は君のモデルなわけさ。放課後も君の課題にお付き合いするってことなんだよ」

「それって、もしかして放課後も合法的に璃月を見続けていいってことなのでは!?」

「うーん、やっぱり、君は美術の授業を視姦する時間と勘違いしてるんじゃないのかな」

「璃月はいやかな。嫌ならやめるけど」

「ううん。好き」

「おっと、これはこれは。それじゃ、放課後も付き合ってもらおうかな」

　思わず顔がにやけてしまう。璃月もそっけない顔をしているが、楽しみにしていそうな雰囲気を感じる。

　僕は心して放課後を迎えようとしていた――のだが、僕たちの話を聞いていた美術の先生は僕の課題提出を免除。すぐに帰るように言い渡してきた。

　折角やる気が出ていたのにこれはひどい。