第10話 初デート その4 水族館

 瑠璃色の龍恋鐘を鳴らした後の事。

 僕たちは近くの水族館――真・江トノ島水族館にやってきていた。


「君、見てよ、サメだよ。カッコいいよ‼」

「君、見なよ、エイだよ。平べったいよ‼」

「君、見て見て、カニだよ。食べたいよ‼今度食べにいこー‼」

「君、見て見なよ、魚の群れだよ。うにょうにょしてるね‼」

「鳴瑠くん、見て、アザラシだよ。横にスライドしてる‼」

「鳴瑠くん、見なよ、ウミガメだよ。竜宮城に連れてってくれるかな‼行くなら一緒にいこーね」


 璃月は水族館が好きなようで、めちゃくちゃテンションが上がっていた。先ほどまで僕におんぶをお願いしてきていたことが嘘のようだった。

 なにはともあれ、楽しことは良い事なので野暮なことは言わないでおく。

 僕は水槽からの青白い光に照らされた彼女の笑顔と、魚を交互についつい見てしまう。テンションが上がっている彼女はめっちゃ可愛い。

 ちなみに見ている割合としては『璃月:魚=8:2』くらいだ。魚を見ろって感じだった。

 わー、と口を開ける璃月の手を僕は握っておく。

 水族館の中はけっこう暗い。こうして手を繋いでおかないと、周りが見えていない今の璃月がはぐれてしまう危険性があるからだった。

 まぁ、普通に手を繋ぎたいってのもあるけど。


「むぅー、子ども扱いしてるでしょ」

「してないよ。僕は璃月がはぐれないように手を繋いでるだけ」

「ほらしてる」

「というのは建前で、手を繋ぎたいだけ」

「ふーん、まぁ、いいけどね。そーゆことにしとく」


 そのまま移動して、クラゲの展示コーナーに。

 真ん中には球体の水槽が置かれ、それを囲むように他の水槽が壁にはめ込まれていた。四方どこを見てもクラゲしかおらず、ふわふわとしたものが宙に浮かんでいるような幻想的な世界観を演出していた。

 璃月は目を輝かせてクラゲの世界に没頭していた。


「ふわわわわ。ふわふわしてて可愛いよ、綺麗だよ」


 そう言いながら、パシャパシャ写真を撮りまくる璃月。

 はしゃぎぱなしの璃月も可愛いんだけど‼

 叫びたくなってしまうのを僕はどうにか我慢した。

 楽しそうにしている彼女の邪魔をしたくなかったからだ。

 それよりも、ここまで璃月を夢中にさせるとか、ちょっと妬けちゃうんだけど。

 クラゲに嫉妬する僕がいた。


「クラゲは好き?」

「うん。好き。ふわふわしてて可愛いし、こーして囲まれてると別の世界にいるみたいで楽しいよ」

「ふーん」

「ん?もしかして、相手にされないから妬いてるの?」

「そんなわけないけど――ごめん、やっぱ嘘。水族館にいる生き物たちに妬きました」

「ふーん、そぉーなんだ」


 毛先をくるくるさせながら、そんな風に答える。

 暗いため璃月がどんな顔をしているのかはっきりとは見てとれない。照れて顔を赤くしているのか、はたまた呆れているのか。どちらかと言えば前者だと嬉しい。

 少し間をあけると彼女は、僕にスマホのカメラを向ける。何の躊躇もなく1枚パシャリ。どうやら写真を撮られたようだった。


「安心して。この水族館の中では君が1番好きだから」

「僕は水族館の生き物じゃないんだけどな」

「そうだったんだ。初めて知ったよ」

「まぁでも。璃月の1番が僕ならまぁいいかな」

「よかったね、私の中で1番になれて」

「うん」


 繋がれた手をどちらともなく強く握る。

 目で互いの存在をはっきりと認識できない黒と青白い光しかないこの暗い世界だからこそ、相手の体温がそこにいる証のような気がして心地いい。

 僕たちの他には誰もいないような気がして、互いの体温だけが頼りで。

 ここにはフタリのセカイが広がっていた。

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