フタリのセカイ
しろしか まほの
1章
第1話 付き合うまでの話
学校には喋る人は、何人かいるにはいる。
けれど、放課後や休日に遊びに行ったりするような仲ではない。
本当に学校だけの付き合いの人たちしかいないとでも言えばいいか。
だから、友達がいるかと訊かれれば、微妙ライン。
何の取柄もなければ趣味もない。
将来の夢がなければ、進みたい方向性もない。
好きなものは・・・・・。
少し考えてみたけど、残念ながら思いつきはしない。
そんなつまらなそうな無気力な少年――それが僕だった。
♡
季節は春。
5月上旬、ゴールデンウォークの中日、2日目。
僕はその時、本を楽しそうに読んでいる女の子と出逢った。
同じクラスの子で、教室ではいつも本を読んだり、ゲームをしたり、時々友達なんかと喋っている、そんな子だったと記憶している。
先ほど、自身のことを『つまらそうな無気力な少年』などと評価した僕が言うのもどうかと思うけど、クラスで目立つようなタイプではなく、積極的な発言をしているところは見たことがない。クラス内での立ち位置的にはそんな感じだったはず。
では、僕の中での印象はどうか。
率直に言ってしまおう――気になる子だ。
なんというのかな、本でも、ゲームでも、友達とのおしゃべりでも、すんごく楽しそうに笑うから気になっていた。何がそんなに楽しいんだろうって。
無気力すぎる僕だから、余計にそう思うのかもしれないけど・・・・・。
そう言えば、こうして間近で見るのは初めてかもしれない。
よく見てみると、彼女はとても可愛い顔をしていた。
目は大きく、瞳は深い青色。
楽しそうに弓なりにした綺麗な唇はピンク色で健康的。
鼻はすっとしているし、それらはキレイに並んでおり整った顔立ちをしている。
顔に似合っているアホ毛が特徴的な黒髪セミロングは、夕陽によって輝く。
制服は少しばかり着崩しているものの、校則の範囲内と言った感じで、遊んでいるというイメージは見受けられない。
全体的な雰囲気はそう、ふわふわしているとでもいいか。
そんな感じの女の子。
もちろん、同じクラスなので、名前は知っている。
綺麗な名前だったので憶えていた。
とはいえ、休日に遊びに行くような仲でもないし、喋ったこともない。
関係を適切に言うなら、クラスメイト。
僕が彼女について知っていることなんてたかが知れている。
名前と、もう1つ――なんでも楽しそうにやることくらいだけ。
そのような仲だから、僕は引き返すことを選択する。人と話をするのは苦手だし、何より楽しそうに本を読んでいる星降町さんの邪魔をしたくなかったから。
好きなことがない僕だからこそ、好きなことをしている人の邪魔はしたくない。
その思いから去ろうとしたが、残念なことに失敗に終わる。
彼女が僕の存在に気づいてしまったのだ。
しかもバッチリ目が合った。
どうしたものか・・・・、正直、僕にはコミュニケーション能力がない。
こんなとき、どんなことを話せばいいのかもわからない。
そんな僕が行きついた答えは、
「僕は宇宙にある町の口ずさむ鳥は瑠璃色で、
自己紹介だった。
キョトン、とした顔をしてから星降町さんは、
「私は星降る町に浮かぶ瑠璃色の月で、
と、自己紹介をしてくれた。
それから星降町さんは、「うんしょ」と机の端に移動して隙間を作ると、そこをぽんぽんと数度叩く。どうやら、そこに座れということのようだ。
断る理由はないので、僕は座る。
座ってみてわかったが、机の上は意外と狭い。
そのためか、自然と彼女との距離がどうしても近くなる。
肩が触れ、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。すると、自然と鼓動が早くなってしまう。そのことがバレてしまわないかと思って、不安になってしまう。
隣の星降町さんがどうかと言えば、あまり気にしていないのか変わった様子はみれない。そんな態度が少し残念な僕がいたりするが、気のせいということにしとく。
そんな僕に星降町さんは、喋りかけてきた。
「それで、なんで自己紹介?君の名前、知ってるけど。同じクラスだよね」
「何を話していいのかわからなくって」
「そうだなんだ。そういえば、宇宙町くんの名前ってさ、女の子の名前みたいで可愛いよね」
「よく言われる」
僕の名前――鳴瑠。
自己紹介をすると、決まって女の子ぽいと言われる。
背は低くって、顔は童顔で可愛いとよく言われる顔立ち。
だから、女の子に間違われることは実際に多い。
学校では制服を着ていれば、男子用の制服なので大丈夫だけど、ジャージの時は間違われることが多かったりする。そんな話はおいておきたいので、星降町さんの話にしてしまうことにした。
「星降町さんの名前も、綺麗だと僕は思う」
「そうかなー」
少し嬉しそうに笑う。
照れてらっしゃるようだ。
それから上機嫌な様子で、口を開く星降町さん。
「自己紹介、ついでに好きなものとか、趣味とかも話す?」
「ごめん。僕、好きなものとか、趣味とか、そういうのないんだ」
自己紹介をするたびに僕は惨めな思いをしてきた。
好きなものや趣味がないって言うと、経験上必ずと言っていいほどにその場の空気を悪くする。それがとてつもなく嫌だった。
自分から自己紹介をしてしまったが、しなければよかったと後悔してしまう。
僕に自己紹介を選択しなくても人と話せるコミュニケーション能力があればよかったのに。もっと人と話をしておけば。だが、後悔しても、もう遅い。
軽く自己嫌悪になる僕に、星降町さんが言葉を投げかけてくる。
「そっか。好きなものも、趣味もないんだ。素敵なことだね」
「ん?」
よくわからない。というか、言葉の意味が理解できない
つまらない、とか。
掴みどころがない、とか。
そんなことを言われたことは度々あった。
だけれど、『素敵』なんて言われたのは初めてで戸惑ってしまう。
脳内に?マークが飛び交う僕をしり目に、彼女は更に続ける。
「なんにも好きなものがないってことは、これから好きなものができるかもしれないってことで。なんにも趣味がないってことは、これから趣味ができるかもしれないってことなんだよ。君の未来は無限に広がってるの。だから、とっても素敵だね」
こんなこと、初めて言われて、そんな見方もあるのかと思ってしまう。
今までの僕は楽しいことも、好きなことも、やりたいこともないという状況が、人生をただ無駄にしているような気がしていた。
だからこそ、その言葉を聞き救われた気がする。
瞬間――、トクン。
何かが僕の中に芽生えた音がした。
まだ不確かで、それが何かはわからない。
答えを探ろうとしている僕に、星降町さんは言う。
「ま、私はいっぱい好きなことがあって、趣味も多いけどね」
「なんか無意味にマウントを取られた気がする」
「精神的マウントなんてとってないよ。それに、私は好きな人の上にしかノラない主義なんです」
「ん?」
「ん?」
「何やらとんでもない発言を聞いたきがする」
「ん?」
2人で首をかしげる。
それから星降町さんは何を思ったのか「あー、そういうこと」と言って納得すると再び口を開いた。
「安心してよ、宇宙町くん。私、今まで誰とも付き合ったことないよ?」
「えー、あー、うん。そっか・・・・そのぉ、安心した・・・・?」
彼女の言葉を聞き、無意識に出た言葉。
どうして、それを言ったのかわからない。
僕はどうして、星降町さんが誰とも付き合ったことがなくて、安心したのかな。
これじゃまるで、星降町さんのことが――。
1つの答えが見えそうになっていたが、確証は得られない。
もっと、もっと話をすれば、答えが見つかるかも。
僕は答えがほしくって、初めてえられそうなソレを見つけるために、コミュニケーション能力がないなりに話を再開してみる。
「僕もね、誰とも付き合ったこととか、ないよ・・・・」
言ってから思う。
妙に気恥ずかしい。
星降町さんは、どーして平然とした感じに言えるのだろうか。すごい。
僕の言葉を聞いて、彼女は言う。
「ふーん、そうなんだ。てっきり、可愛い顔してるから、男の子と付き合ったことあるのかと思った」
「余計にないよ!?」
「なーんだ」
「それで、僕が誰とも付き合ってないことがわかって・・・・そのぉ」
「へー、そうなんだ、て思った」
「・・・・・」
妙な虚しさが心を支配する。
僕は一体、何て言ってほしかったんだろう・・・・。
俯いてしまう顔を星降町さんは覗き込むと、耳元で囁くように言う。
「うそ・・・・・安心した」
「それって――」
「って、ゆっとく」
「むぅ・・・・ううぅ」
「どうしたの、唸って」
「いや、別に」
「ふーん」
何やらニヤニヤされている。
なんというか、手玉に取られている気がしてならない。でも悪い気はしない。
もしかして僕ってドMなのかな?
星降町さんは、ニヤニヤ顔から優しい微笑みにしてから言う。
「私ね、思うの。人生って楽しいもの、好きなものを見つけていくことなんじゃないかって。昨日の自分よりも今日の自分。今日の自分よりも明日の自分に、好きなものが1つでも増やせるように。1日1日自分の感覚でビビッてきたものをやってみて好きになるように努力する。そうすると、世界に好きなものが溢れていって、きっと素敵な世界が完成していくの。だからね、好きなものを好きなだけやって、嫌いなことも好きになって。私は好きなものに囲まれた幸せな人になりたい。とりあえず、これが私の将来像で・・・・君へ伝えたかったことかな」
そんな夢を聞かされて、僕は言葉がでない。
言葉はでないけど胸の辺りで――トクンと音がでて、ビビっとした感覚が。
何度も鳴り響き、身体中に熱い気持ちが広がってゆく。
そして、僕は理解した。
僕が、星降町さんに感じているものの正体に。
それは――、
「星降町さん。僕、好きなもの、1つ見つけたかも」
「ふーん、そうだなんだ。訊いてもいい?」
「・・・・・うん。僕が初めて好きになったのはね」
一端、そこで目を瞑る。
僕は意外と簡単に、この気持ちに名前を付けられた。
これはきっと、――恋なんだ。
最初にあったときから、一目惚れして。
星降町さんの思い描く未来を聞いて、さらに一言惚れした。
なんでも楽しそうに、好きになろうとするその姿勢をみせられて、素敵だと思わないはずがない。恋に落とされないはずがないではないか。
想いのままに、僕は好きを伝える。
「星降町さんの生き方が好き。君が好き。よかったら、僕と付き合ってくれませんか。そして、なによりも好きなモノを一緒に探しませんか」
僕はビビッときたままに告白した。
星降町さんは優しい微笑みのまま答えてくれる。
「うん、いいよ。私、好きなものは多いけど、好きって言われたことなかった。なんかこう、君からはビビッと感じるものあった」
こうして僕と星降町さんは付き合うことになった。
「あ、君に言ったことで2つだけ訂正したいんだけど。いい?」
「うん、いいけど」
何のことだろう?
小首をかしげていると、星降町さんは教えてくれる。
「1つ目は、誰からも告白されたことがないってこと」
「え、もしかして告白されたことあったの?やっぱり星降町さん可愛いから、そりゃされたことあるよね・・・・」
なんか気持ちが沈んでしまう。
嫉妬ってやつなのかな・・・・・。
肩を落としていると、星降町さんは、
「それわざと?」
「なんのこと・・・・」
「なんでもない。で、もう1個は全部好きになるの私はやめようと思うの」
「一番重要なとこじゃないのそれ。やめちゃっていいの?星降町さんの生き方の根底じゃないの?」
「うん、いいの。生き方なんて生きてれば数回変わるから」
『全てを好きになること』――僕はそこで好きになったんだけど。
僕の想いとは裏腹に、星降町さんは真意をちゃんと話してくれた。
「私、全部を好きになるのは諦めた。好きな男の子は、君だけでいいから」
「むぅう」
「照れた?」
「うん。それは・・・・悪くないかもね。僕もそれに賛成」
「でしょ。だから君も、私以外の女の子を好きになっちゃダメだよ?」
「うん、約束するよ。星降町さん」
「信じられません」
「え!?」
手でバッテンを作って即座に否定されてしまう。
なんで、信じてくれないの!?
好きな人に信じてもらえなくって、悲しくなってしまう僕。
今日だけで、いっぱい落ち込んでる気がするよぉ・・・・。
肩を落としていると、星降町さんは口を開いた。
「名前で呼んでくれないと、私、信じません」
・・・・はえ?
どうやら、名前で呼んでほしかっただけのよう。
心配して損したよ、はうー。
まぁ、これから付き合うんだし、いつまでも苗字じゃ味気ない。
それに、そういったことを気にしているのが何か可愛いし。
僕はコホンと咳払いして気を取り直す。
そして、宣言した。
「これから先、好きなことをいっぱい見つけると思うけど、約束するよ。女の子で好きになるのは、璃月だけ」
「わかりました。信じてあげる。鳴瑠くん」
笑い合う僕と璃月。
こうして、楽しいこと、好きなことを見つけながら、仲を深めてゆく。
イチャイチャするだけの恋物語が始まろうとしていたのだった。
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