歯と歯が合う瞬間
二人の居た場所を切り裂いた赤い閃光。
「あら、なんとお速いこと」
ひらりと優雅にかわすと、
「オウカ様、ここはわたくしにお任せを」
「この先に一人で?やめておいたほうがいいと思いますよ、私は楽になりますが」
「ええ、楽にして差し上げます」
不思議でいっぱいのスカートの中から、取り出されたのは錆一つない鉄パイプ。絶対に収まる長さではない。まあこの世界には魔法があるからね。おかしくないね。
「じゃ、私はとっとと先へ行くわ」
危機感なく言うと、ふわりと浮き上がり風のように去る。
少女に特に焦った様子はない。先には何かがあるのだろう。しかし、オウカがそう簡単にやられはしないと信じられた。
「さて、それでは失礼致します」
鉄パイプを握ったまま微笑んでお辞儀をすると、次の瞬間その姿は消えていた。
「⋯⋯!」
少女は本能的にその場から離れると、右側から風を感じた。
鈍い音と共に、床に打ち付けられたパイプがぐしゃりと曲がる。
「あらぁ、外してしまいました」
鉄を曲げるほどの威力で殴ろうとしたのか。可哀想に、少女は怯えている。
フェルニーが曲がった鉄パイプをすっと指でなぞると、まるで柔らかくなったかのように元の真っ直ぐな形へと戻っていく。もちろん腕力などではなく、鉄原子自体を動かしているのである。
「さ。さてはあなた⋯⋯森羅万象研究所の生物兵器」
「断じてそのようなことはございません」
全く、元素に向かって兵器だなんて失礼な奴だ。それに、あの忌まわしい研究所の。ぷんぷん。
「あなたこそ。その名を知っているとは、まさか研究所から逃げたクチでございますか?」
「ええそうですよ、逃げて来ましたよ」
すれ違いを感じる。
「何と。それでここに隠れ住んでいるのでございますか」
「見ての通りでしょう。せっかく追っ手をまいたというのに、捕えられてたまるものですか」
「わたくし共に手出しをしないのなら何も致しませんが」
「手を出したのはあなた達です。私たちは研究の試料になどなりたくないのです」
「研究の資料にされてしまうのですか!?人間でさえ、わたくし共と同じように身をちぎられ⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
ようやく、何か噛み合っていないことに気がつく。
「あなた、その金属棒をどのように元の形に戻しました?」
「あなたこそ、その赤い光は魔法ではありませんか?」
「魔法です」
「わたくしも魔法です」
歯車の歯がカチリと揃った。
少女は、赤い光を静かに無くすと、恭しくスカートの裾を持ち上げて、一礼。
「私の名前はエリー。ランタノイドの仲間、エルビウムです」
「まあまあご丁寧に。わたくしはフェルニー。Elementsより参りました、鉄でございます」
フェルニーも深々と頭を下げる。
「Elements⋯⋯コヨビから耳にした事ならばあります」
「あら、詳しいお話はあまり届いておりませんか」
「恐らく、ずっと前から地下で暮らしていたからかと」
「なるほど」
古の地下民族かと思ったが、そうではなかったらしい。
「しかし、先程の彼女を追わなければなりませんね」
「オウカ様⋯⋯酸素でございますね」
「この先には私の姉がいます。余計な争いごとは起こしたくありません⋯⋯それが私達の仲間となれば尚更です」
となると、今から二人が行うことは限られる。
オウカを追って、走り出した。
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