Dreamy Girl

 ミデレーリアへは、列車に乗って数時間かかる。

 草原を抜け、山を抜け、そして木々が少なくなれば大都会へと到着する。

 その頃には、もう午後七時。夏なのでまだ少し明るかった。


 駅から出ると、看板を重たそうに持った高層ビルや、気だるげに走る車、機械仕掛けのように歩く人々が目に入る。


「⋯⋯私はこんなところでは暮らせそうにない」


 チエが溜め息混じりに言うと、フララも苦笑いをして返す。


「同感だね」


 地図を確認し、目的地へと向かう。


「にしても、スイジーが、か」


 人々の隙間を縫いながら、チエがぽつりと呟く。


「珍しいことなのかい?」

「ああ。珍しいというか、こういうことは一度も無かった」

「そう。彼女は博識聡明と聞いたが」

「それは間違っていないだろうな」


 もしかすると知らなかっただけで、今までもマグナに助言することがあったのかもしれない。


「彼女は大事にされているね。特にあの少女に」

「ああ。あいつは優しすぎて危なっかしい。もはや大事にされる才能だよ。あんなことがあっても尚、性善を信じて疑わない。頭は良いが、馬鹿ってことだな」


 全く仕方の無い馬鹿だ、と、楽しそうに笑う。


「そうなのかい」


 フララもその様子を見て、柔らかく笑みを浮かべる。


 チエはもう一度地図を確認すると、前方にある建物と建物の隙間を指さす。


「そこの路地裏に入ってすぐだと」


 隙間へ入っていくと、手紙の通り、ネオンの看板が置いてあるお店が見えた。

 Dreamy Bar。メルヘンチックな名前だ。


「店名も間違いなし。じゃあ入るか」


 ドアに付けられた鐘を鳴らしながら、引いて開ける。


「あら、いらっしゃ〜い」


 木の板の床、橙色の照明。木製のカウンターに立つのは、ポニーテールの若い女性。濃い赤の瞳は、珍しいものだった。


「初めてみる顔ね〜。あ、もしかしてメアちゃんの言ってた待ち合わせ相手?」

「お、恐らく」


 依頼主の名前はメアというらしい⋯⋯人違いでなければ。


「大丈夫、彼女からしか予定は聞いてないから。じゃあここの椅子にどうぞ〜」


 そう言って、五つしかないカウンター席の端っこを指す。


「ビアンカからよね。ご苦労さま」

「いえ、そんな」

「私の名前はネオラ・モンティーギュ。出身はセレネメンティアだけど、あまりにも退屈な環境だから、こうしてバーのママさんをしているの」

「そうなのかい」


 退屈というのは、人間関係のことだろう。セレネメンティアで暮らすといえば、貴族がほとんどだ。そんな世界でのカチカチした人付き合いより、こうしてフレンドリーに接する方がいい、ということか。

 フララは、彼女のにこやかで柔らかい態度から、そう予想した。


「あら、もうすぐ四十五分。そろそろ来ると思うわ」


 待ち合わせの十五分前。自分たちが言うのもなんだが、早めに来るタイプの人間のようだ。

 そして、ネオラの言った通り、ドアが開いて、少女が入ってきた。


「こんにちは、メアちゃん。この二人みたいよ」


 ジト目が特徴的な、黒い髪に、焦げ茶の触り心地の良さそうなケープとワンピースを着た少女。

 見た目だけ考えれば、十八歳ぐらい。


 チエもそうだが、路地裏に入る時に誰も不審がらないのだろうか。いや、誰も見ていないか。


「⋯⋯」


 メアと呼ばれた少女は、黒い瞳で二人をじっと見つめる。


「えっと、こんばんは」

「⋯⋯こんばんは」


 ネオラに手招きされ、二人の隣に座る。


「このような遠い街まで、わざわざ来て頂いてありがとうございます」


 恭しくお辞儀をする。


「いいえ、どうってことありませんよ」

「それで、その⋯⋯」

「ああ、待ってね」


 メアがネオラに目配せすると、ネオラは思い出したように店の外へ一瞬出た後、戻ってきてドアの鍵を閉める。


「これでOK、看板の明かりも消したし、誰も来ないでしょう」

「ごめんなさいね」


 そういえば、聞かれてはまずいような話と書いてあったような。


「ええと、こほん。改めまして、私がお手紙をお渡ししました、メアです。こちらへお越しいただいたのは、他でもない、極秘調査をご依頼するためです」


 続けられたのは、衝撃的な言葉だった。


「前女王シェーリ様のご息女⋯⋯三姉妹の末の、ミリス様より言伝を預かりました」

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