木陰に揺れる緑の瞳

 拘束は解かれた。

 手足は自由になったが、スイジーは動かないままだ。


「無駄に手を煩わせないでください」


 その変わらない悪態を聞き、肩の力が抜ける。


 しかし何だか気まずくて、やはり黙っていた。


「……大きな迷惑より小さな迷惑の方がまだマシだってことですよ」


 手を引かれ立たされる。


「殺してませんから、気にする必要ありません」


 そして、少女、エルシーはミホに視線を移す。


「どうかしましたか?」


 こちらを見つめていた彼女に声をかけると、びくりと肩を震わせた。


「ぬしらは⋯⋯その、まさか果実の森で」


 今度は二人が硬直する。


「果実の森がどうかしましたか」

「⋯⋯あちきは、まだ意識を手に入れてすぐのとき、大分甘やかされなんした。して、一度だけエルスメノス王国へ来たことがありんす。その時⋯⋯フルチェリカに訪れなんした」


 果実の里フルチェリカ。果実の森に隣接している。


「森に出かけ、見かけなんした。走り去るぬしを」

「確かに私である可能性はありますが」

「後ほど知りんした。あの時期から考え、恐らく化学者から逃げていんした⋯⋯」

「ええ、そうかもしれないですね」

「やはり」


 ミホは少し間を置いた後、立ち上がって言った。


「もし⋯⋯もし、ぬしらが良いならば。あちきを、ビアンカまで連れていってくれなんし」


 ビアンカは良い町だ。分け隔てなく接してくれる人がとても多い。

 だから、元素はいずれビアンカに集まる。


 かつて誰かがそう言ったように、また一人、新しくやって来たようだ。


「あちきはミホ。ホルミウム!」


 華やかな籠から、鳥は空へと飛び立った。



 スノーゼルからは、その名の通り花が多い森丘のブロッサムフォレスト、アルシャフネリーを経由してビアンカまで列車で行くことがでる。


 その列車に、三人は乗っていた。


「それならもしかすると、希土類かもしれなんし」


 枯れ木の件を話すと、ミホはそう言った。

 意外な情報源であった。


 彼女によれば、希土類元素同士では、何となく気配を察知できるらしい。ほとんど似通った性質であることに由来するのだろう。


 最近ここらを隠れながら逃げていたらしく、その際に気配を感じることがあったらしい。

 昨日になって突然消えたらしいが。

 しかし、スイジーも今日はあまり強い力を感じなかったのだから十分関連が疑える。


「誰なのかまでは分からさんすが⋯⋯そのような気配はしんした。あまり強く感じさんしたから、軽希土かと」

「なるほど。有益な情報を得たかもしれませんね」


 ビアンカに着くまで、やはりスイジーはあまり喋らなかった。




 あの子って本当運が悪いのかしら。どうしてことごとく彼女と遭遇するんでしょ。

 溜息をつきながらそんなことを思う。

 彼女の瞳は、もたれかかっている木の葉と同じ深緑。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る