日常編

音楽祭

 前女王が亡くなってから数週間が経った。

 人々の悲しみもいくらか和らぎ、今度は新女王の誕生に沸いている。


 そしてその即位式は、王城のある聖都セレネメンティアにて華々しく行われる。

 その余興として、音楽祭も同時に開催される。


 それに興味があり、今、空色の短い髪の少女──ルルは、セレネメンティアを訪れている。


 街には活気があり、市場や民家まで装飾が施されている。

 広場まで行くと、大きな緑の針葉樹が植えられている。その木も、派手な装飾がされていた。

 それをじっと見ていると、通りすがりの人が声をかけてくる。


「あの木が気になるかい?」


 見た目の年齢は大学生といった感じの少女であった。

 本当の金色のウェーブがかった髪で、騎士のような、しかし騎士にしては美しすぎる薄い鎧をまとっている。


「クリスマスみたいなのって」


 細々と答えると、少女は笑う。


「そうだね、本来それがこの木に込められた意味なんだけど⋯⋯。それにしても、君は⋯⋯保護者はいるのかな?」

「一人なのって。ビアンカから来たのって」


 そう言うと、少女は驚いた顔をする。

 ルルの容姿というのは小学生らしいので、当然の反応だが。


「遠くからよく来たね。即位式を見に来たのかな?」

「ううん、音楽祭を見に来たのって」

「へえ、音楽祭か。いいね、私はいつも弾いてばかりいるけど、聴くのも大好きだよ」

「って。そうなのって」

「君も楽器を弾くのかい?」

「弾くのって」

「はは、そうかい。弾くのは、いいよね。何ていうか⋯⋯あの曲が、あの音が、自分の手によって奏でられていると考えると、とても興奮してしまうよ」

「て⋯⋯お姉ちゃんの言う通りなのって!」


 そう言うと、何だか照れくさそうにしながら少女は言う。


「お姉ちゃん、だなんて。スピカでいいさ。それが私の名前だ」

「スピカ、お星様なのって。って、ルルは⋯⋯ルルなのって?」

「ルルか。可愛らしい名前だな」


 こうして、二人は出会った。




 その後、音楽祭まで二人でお祭りムードの街を回った。

 そうしていると、突然スピカが立ち止まる。


「あの紋章」


 ルルも、スピカの視線の先を見る。

 見えたのは、二人組の男。黒く重そうな服を着ていて、その左肩には紋章が入っていた。


 それには見覚えがあった。


「森羅万象研究所って?」


 かつて大規模な元素捕獲作戦が行われた。いくつかの研究所が合同で行った、その名のとおり元素たちを捕まえるという作戦だ。

 それを主導したのが、森羅万象研究所。

 表立って知られてはいないものの、研究者の中ではとても有名である。しかし、その存在を公言するようなことは誰もしない。暗黙の了解で、誰もが口を閉ざす。そのような研究所なのだ。


「何故その名を、君は一体⋯⋯」

「? ルルはルルなのって」


 すると、視界の隅に、こちらを振り向く男の姿が映った。


「まずい。君もおいで、その名を知っている以上、なんの関わりもないことはないだろう」

「て⋯⋯あの人たちには近づいちゃダメって言われてるのって」

「事情はわからないが、君はもしかして⋯⋯。いや、それよりも今は人混みに紛れよう」


 小声でつぶやくと、スピカはルルの手を引いて歩き出す。


「ねえ君。君は何故奴らを知っているんだい?」

「教えて貰ったのって。みんな言ってるのって。あの紋章を見たら安全な場所まで逃げてって」

「どうしてだい?」

「あの紋章の人はルルたちを狙ってるのって。捕まったら危ないから近寄らないでって」

「……もしかして君は、人間じゃないのかい?」

「……わからないのって」


 ルルは少し困り顔で、正直に答えた。元素だとか人間だとか、そんな区別がよくわからないのだ。

 するとスピカはその意図を察してか、くすりと笑って頷いた。


「私も自分が人間じゃないのかなんてわからないや」

「難しいのって。ルルにはよくわからないのって」

「⋯⋯私は」


 少し躊躇いがちに言い出した。


「私はね、アンチモンらしいんだ。よくわかんないけどね」

「て……ルルはね、テルルみたいなのって!」



 二人は人混みに紛れてやり過ごし、音楽祭を見ていた。

 道行く人も、踊り、歌い、随分と華やかなものだった。


「ルル、演奏するのは好き?」

「大好きなのって!」

「ふふ、私もだ」


 そう言うとスピカは、魔法でバイオリンを生み出す。

 ルルも、笑って、ベルリラを生み出す。


 星降る夜に、たくさんの音が響いていた。




「さっきの金髪の女の子、超可愛くなかった!?」

「それはわかるが⋯⋯。観光先でナンパはマズいだろ」

「えー」


 実はあの男性二人組は、こんな会話をしていたのだが。

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