海王遊泳

 これまでのおはなし!もーせ!


「…………」

「おう、派手にやるねえお嬢ちゃん!」

「派手とか言ってる場合かなこれ?」

「大漁ね」

「うっかり飛び出してきた魚持ち帰るつもりなの?」

「のーでん」

「言わせないぞ?」


 繰り返すようだが、今日は快晴だ。チエのツッコミも空も澄み渡っている。


「うまくないから。澄み渡ったツッコミってなんだよ」


 青い海にできたトンネルは、目的地までまっすぐ続いていることだろう。

 五人が広々通れる大きさから、先は細くなって言っている。


「で、俺ぁ本当に帰っちまっていいのか?」

「ええ。帰りはアンダンサまで飛びます」

「私たち固体は化合して気体になればいいしー」

「ふふふ、フッ素は持ってきてあるんですよ」


 元素ちゃんたちは、基本的に気体の状態であれば飛行が可能だ。

 まあ、基本的にと言うのだから、つまりそういう事だが。


 シータスはオウカの力で二酸化炭素となり、ホウコは持ってきたフッ素を使うのだ。


 何故フッ素を持っているかって?気にするな⋯⋯というのは冗談で、フェルニーさんが一晩で用意してくれました。


「うーん、俺にはよく分からんからな。頑張れよ!」


 爽やかな笑顔で手を振る船長に礼を言い、早速固体二人は気体へと変化する。


 エインの硫化とは違い、外見は変わらない。


 船から飛び立つと、海の道を進んでいく。

 と、その途中でのことだった。


「ド派手にやってくれたなー君たち!豪快で面白いじゃないかー!」


 貝殻ボートに乗った、一人の少女が道を塞いだ。

 浮いてる、ボートが浮いてるよ。


「わあ、人間技じゃないしー」

「妖精さん?魔物さん?元素さん?」


 五人は立ちはばかる少女を前にブレーキをかける。


「おっと、こういう時はこっちが名乗るんだっけー」


 クラウンビキニの少女はそう呟くと、持っていた矛を突き出し、堂々とした声で、


「私はネプ!海王の名を持つ者!」


 と名乗った。

 矛を持っているところを見ると、戦意があるのだろう。


「私たちが何とかする」

「え、私?」


 チエがスィエルの首根っこを捕まえて言い、先に行くよう促す。


「んー、まあ、二人いてくれればいいかなー」


 警戒しながら通り抜けた三人に対し、呑気そうな少女は興味を示さなかった。


「一体、何の用だ」

「君たちに何かを感じたんだよねー」

「はぁ?」

「こうさ、いつも通り海で浮いてたら、ピリピリリとなー」


 いまいち要領を得ない回答だ。


「とりあえずさ、君たちの力を見せてもらえないかなー?」


 勝手に話を進めるネプと名乗る少女。

 矛を天に掲げると、その先端から陣が展開される。


「魔術!!」


 スィエルがいち早く反応する。


「ほー、魔術に精通している者とは。これは珍しいなー」


「そうなの?」


 スィエルが首をかしげてチエに尋ねる。


「え、いや知らない」


 魔術に詳しくない私に聞くか?と疑問に思うところがあったが、よく考えれば相手はスィエルだった。

 深い意味は無い。


「それはおいといてー。ちょっとだけ付き合ってもらうぞー」


 ネプは矛を振り下ろす。すると、周りに水の蛇が召喚された。

 それらは二人に向かってくる。

 かわしても、執拗に追ってくる。


「あーもう⋯⋯」


 チエが襲いかかる蛇に手を翳すと、それはピキピキと音を立てて凍りつき、轟音を立てながら砕け散った。


「⋯⋯所詮水」

「所詮とか言わないでお水はすっごいのよ!」


 スィエルが過剰反応する。

 まあ、今のは確かに悪意があったのだが。


「おーう、これを凍らせるだなんて、相当な温度だな」


 そりゃそうです。窒素だもの。

 なんてことを言うはずもなく、こちらも反撃に出る。


「チエ、お願い」

「はあ、目的語をだなぁ」


 とはいいつつも、冷たい空気をまとって合図する。

 スィエルの操る水を、チエの冷気で凍らせる。そしてそれを投げつける。

 あくまで状態変化なので、スィエルの制御はまだ及ぶ。


「ほうほう、水じゃ私を傷つけられないことがよくわかったなー」


 ネプが乗っていた貝殻ボートは、馬に変化し、空中をひょいひょいと駆け回って氷の粒手を避ける。


「海王の魔術だもの、どうせお水は全部弾かれるわ」

「ふむ、聡明でよろしい」


(スィエル。スィエルが、聡明?)


「なんかすごい貶された気がするんだけど」


 それは気のせいだ。


「とにかく、どうしたらどいてくれるの?」

「んー、もっと確信がないとなぁー」


 またもや全く要領を得ない返事であった。


「まあさ、とりあえず戦おうよー。ずっと待ってたんだ、戦える人をねー。なんでか、みんなすぐ逃げちゃうんだもんー」


 その傾げられた首が疑問からなのか、それとも落胆からなのかはわからなかった。


「だから、もうちょっとだけ、ねー?」

「そんなこと言われてもだな⋯⋯っと」


 ネプは矛を振り回し、周りの水から刃を生み出して投げつけてくる。


「効果的な攻撃はなんだろう」

「何かさ、こう、魔術的なやつはない?」

「海王ってすっごいのよ大陸支えてるとも言われてるし」

「うわ」

「だから……どうしましょうかっ!」

「そうだな。とりあえず、避けるか」


 空から矛の雨が降り注ぐ。


「逃げないんだね」

「逃げるって言ってもどうしろってのー!」

「あれっ」


 突然、チエは右耳に違和感を感じた。何か、耳元でがさがさと音がした気が…。


『もっ、もしもし』

「あっ」


 連絡機を付けていたのを、すっかり忘れていた。


「どうしたの?」

「さあ?えーっと、チエだけど」


 矛やら蛇やらをかわしつつ、返事をする。


『………ぅ』


 すると、絞り出したような声になりきれない声が聞こえた。


「………」

『ちょっとあなたいい加減通信機器で連絡するくらい出来るようにならないんですか』


 エルシーの声が聞こえた。ああ、特定した。


「えっと、スイジーか?」

『そ、そう⋯⋯そう、そう?』

「落ち着け。どうかしたのか?」

『ええと、フェルニーが、チエに連絡してって言って⋯⋯、その、オウカから連絡があったらしくて』

「オウカから?」


 予備の通信機か。当然、一つだけしか持ってきていないということはない。


『ちょっととりあえずけたたましい水音に突っ込んでくださいよ』

『あっ、水音、えと?』

「チエ!ちょっと貸して!」

「え?ああ。スイジー、スィエルにかわる」


 攻撃を器用にかわしつつなんとか無線機を渡す。


「⋯⋯いっつもこうやって威嚇するだけで逃げちゃうのに、随分呑気だなー」


 その様子を見ながら、ネプは不思議そうに、しかし目を輝かせて呟いた。

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