第12話 海賊たちの挨拶(前編)
海賊島と呼ばれる大きな湾を持つ島がある。海賊島はロタロウ海に浮かぶ広さ百㎢の島である。島の人口は三千人。これが皆、海賊である。フィビリオと武神は海賊島の港にいた。
港には桟橋が十あり、同時に二十隻の船が停泊できる大きな港がある。
港にあるひときわ大きな船の前に、身長二mを超える大男がいる。大男はキャプテン・ハットを被り、黒のフロック・コートを着ていた。男の年齢は四十代、立派な黒い髭を生やしている。海賊王の黒髭だ。
フィビリオは、黒髭を見て感心した。
(レベルにして六十か。さすがは海賊王と名乗るだけのことはある。そんじょぞこらの冒険者よりよっぽど強い)
黒髭が凄みのある笑顔を浮かべて武神に挨拶する。
「俺が宝を隠して帰ってくるまでの間、島を頼む。宝を隠す場所はもう決めてある。だから、帰って来るまで十日と掛からない」
武神が笑顔で応じる。
「できれば、十日で帰って来る未来を願うわ。だけど、無理はしなくていいわよ。厳しい環境下で無理して船が沈んでも困るしね」
黒髭は血色の良い顔で微笑む。
「おいおい、誰にものを言っているんだ? 俺は海賊王の黒髭だ。海を知り尽くした男だぜ」
「それも、そうね、なら、島は任せておきなさい。それこそ、大船に乗った気でいいわ」
黒髭と武神は互いに笑い合う。
(また、安請け合いして。仕事するのは俺なんだけどな。でも、黒髭はレベル六十の傑物だ。海のモンスターに襲われて死ぬなんて未来はないだろう)
フィビリオは辺りを見ていなかった。だが、数十の敵意が籠もった視線を感じていた。
(海賊王が宝を隠しに行く間のお留守番か。だが、この職場は結構、荒れそうだな)
黒髭と武神の挨拶が済んだので、尋ねる。
「一点だけ確認しておく。海賊たちが従わなかった時は手荒いやり方になるが、いいか?」
海賊王は厳しい表情をした。
「フィビリオが俺の代わりに島を守る立場に就くと、皆には伝えてある。これは俺の命令だ。俺の命令に逆らう奴は死をもって償わせるのが、この島の掟だ」
「わかった。なら、いい。それでも、できるだけ殺さないようには心懸けるよ」
黒髭が乗る船が出ていく。船が見えなくなった。
武神が明るい顔で命ずる。
「私は別の仕事があるから、ここを頼むわよ。フィビリオなら海賊だって纒められると信じているわ」
「纏めるのは無理でも、維持くらいはできる。最悪の時は三千人を斬る展開になるかもしれんが」
武神が眉を
「ちょっと、止めてよね。皆殺しはさすがに黒髭も怒るわよ」
「わかった。半殺しくらいで、止めておくよ」
「そう」と武神はあっさりした態度で告げると、転移魔法で消えた。
背後から殺気を感じた。振り向かずに、拳で背後の殺気の元を打つ。
「がは」っと声を上げて人が倒れる音がした。
振り返ると、気絶した海賊がいた。
海賊の傍には紫色の液体が塗られた短刀が落ちていた。
フィビリオはうんざりする。
(海賊王と武神がいなくなった途端に、これか。わかり易いと言えば、わかり易いな)
フィビリオは気絶している男を見下ろして声を掛ける。
「どうした? そんなところで寝て、風を引くぜ」
背後からの一撃による暗殺が失敗すると、十人の海賊が剣を抜いた。
(レベル八か九ってところか。楽しくも何ともないな)
十人の海賊がフィビリオを囲んだ。その内の一人が、邪悪な笑みを浮かべて叫ぶ。
「黒髭とあの女さえいなければ、こっちのもんだ。悪いが、この島は俺たちが仕切らせてもらう」
(武神の正体は知らないが、強い存在だと認識していたんだな。俺も同じ強さなんだけど、こいつらの実力じゃ、俺の力を知るのは無理か)
「おう、いいぞ、俺が倒せたらな」
言葉を言い終わるやいなや、フィビリオは歩法「雷鳴閃」と「流水」を同時に発動させる。
フィビリオは刹那の間に、円を描くように移動した。一人一発ずつ親指で素早く顎を押す。
顎を素早く押しただけ。だが、高レベルの人間がやると、威力は馬鹿にならない。
フィビリオの一撃は、人喰い鬼の拳で顎を撃ち抜かれたダメージに
ドサドサと男たちが同時に倒れる。
フィビリオは、戦いを見学していた他の海賊に命令する。
「そこの君たちと、そっちの君たち。そう、君たちだ。これを、邪魔にならないところに片付けておけ」
「待て」と、大きな声がする。声のした方向を見ると、身長二m五十㎝の双子の海賊がいた。
海賊は筋骨隆々、禿げ上がった頭に入れ墨をしていた。
「ドウン兄弟だ」と外野が叫ぶ声がした。
(まだ、挑戦者がいたか。早いもの勝ちでもないだろう。頭はあまりよくないな。レベルも二十と低そうだが)
ドウン兄弟は曲刀を抜くと、大股で歩いてくる。
フィビリオが逃げないと、ドウン兄弟はフィビリオの前で止まる。
「死ね」と短くドウン兄弟が吐き捨てる。
ドウン兄弟が曲刀を振り上げた。同時にフィビリオの肩を目掛けて振り下ろした。
フィビリオにとっては、あまりに遅い攻撃だった。
振り下ろされる曲刀を身を捻って躱す。
曲刀が上半身を通り過ぎたところで、上体を戻した。左右の手で一振りずつ曲刀の峰を掴む。
曲刀の峰を掴まれて、ドウン兄弟は曲刀を動かせなくなった。
フィビリオは、そのまま曲刀を持ち上げる。曲刀を離さなかったドウン兄弟の体も持ち上がった。
ドウン兄弟の体が数十㎝持ち上がったところで、曲刀が耐えられなかったのか折れた。
ドウン兄弟は尻餅を
フィビリオは、それぞれ人指し指でドウン兄弟の側頭部を軽く突いた。
軽い突きだが、威力的には虎男に棍棒で殴られたくらいの衝撃がある。
ドウン兄弟は、そのまま気を失って倒れた。
フィビリオは静まり返る海賊に命令する。
「追加だ。これも端に避けといてくれ。往来の邪魔だ」
誰かが恐る恐る訊く。
「止めを刺さないんですか」
「止めを刺して、何かいいことがあるのか?」
海賊は控えめな態度で意見する。
「ないですけど、また襲われますぜ」
「そしたら、また倒すよ。こんなの、百きても千きても結果は同じだ。退屈な時間を潰すには、いいだろう」
「そうですね」と海賊は引き攣った顔で相槌を打った。
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