第3話 先立つものは金(前編)
人口三万人を超える大都市ドレスカ。ドレスカの街は歴史が古く、村の北側に大きな墓地を持っていた。墓地の広さは十三万㎡。外れには廃棄された古い神殿があった。
古い神殿の地下には秘密の抜け道があり、先は広い空洞になっていた。
空洞に悪の秘密結社のアジトがある。
六畳にも満たない椅子とテーブルしかない応接室にフィビリオはいた。
部屋を見渡すが、質素と呼ぶより、貧相に近かった。
(悪の教団って金を持っているイメージがあるが、ここは貧乏教団だな。忙しいから儲かっているわけでもないか。貧乏暇なし、って言葉もある)
部屋のドアが開くと、げっそりと痩せたおかっぱ頭の五十代の男性が入ってくる。男性の目の下には隈があり、顔色は人間とゾンビの中間のように悪い。真っ赤なローブを着ているが、ローブもどこか縒れている。
死にかけている――が、フィビリオの正直な感想だった。
男性は向かいに座ると、弱々しく挨拶をする。
「教団代表のバルトルトです。では、今日から一週間、教団をお願いします」
何か悪の教団の大司教ではなく、資金繰りに困った雑貨屋の親爺のようだ。
「わかった。ゆっくり休養してきてくれ。その間、教団は俺が守る」
バルトルトは頭を下げると退出した。
入れ替わりに、教団の幹部が行李を持って入ってくる。
「お着替え用のローブをお持ちしました。教団の施設内では、ローブの着用でお願いします。あと、教祖が儀式の時に着用する仮面も、入っています。教祖がいない間は、仮面の着用もお願いします」
「服装を同じくしろと命じるのはわかる。でも、顔を隠しても、俺とバルトルトでは体格が違い過ぎるから、ばれるだろう」
幹部はきりっとした顔で説明した。
「いいんです。外部の人間を教団内部に入れたので、気分の問題です」
「そういうものかな。仮面をする対応で皆が気持ちよく働いてくれるなら、いいか。それで、俺は何をすればいい?」
「こちらへ」と幹部はフィビリオを縦十m、横十mの少し広い部屋に連れてきた。
部屋には縦五m横二・五mの大きな木の机と、広々とした椅子がある。机には地図やら書類やらが載っており、机を囲むように五人の赤いローブを着た男たちがいた。
男たちのローブにはそれぞれ刺繍があり、身分の高さを表していた。
(幹部の中にも序列ありか。俺に行李を渡した幹部は刺繍があっさりしているから、一番身分が低いんだな)
椅子を勧められたので座る。幹部たちはフィビリオを気にすることなく、話し合いを始めた。
何やら、悪の計画を話しているようだが、途中からの参加なのでよくわからない。
地下なのだが、空調設備がよく、部屋の空気は心地良く温かい。
温かく心地が良い部屋で、わけのわからない話を聞いていると、次第に眠くなってきた。
何か、これ、やばいな、と思った時には首がかくんと前に垂れる。
ドンと机を叩く音がして、目を覚ますと、六人の幹部が渋い顔をして見ていた。
「すまない、続けてくれ」と先を促す。また、意味不明な会話が開始される。
再び眠くなってきた。寝そうになると、会話が止まっているのに気が付いた。
顔を上げれば幹部が顔を
(何か、まずいな。これ、寝るな。完全に寝るな。でも、寝たらダメなんだよな。形だけでも議論に入るか)
咳払いをして、格好つけて発言する。
「さっきから議論を聞いていると、問題の本質は一つに思える。その一つの問題を巡って議論が堂々巡りをしている。何が問題かをすぱっと提示できる者はいるか」
誰も発言しない。一番の身分の低い幹部に手を向けて発言を促す。
「君。意見を言いなさい。私が許可する」
身分の低い幹部は、厳粛な態度で答える。
「つまるところ、お金がないのが問題かと」
(本当に貧乏暇なしなんだな)
年齢が少し上の幹部が怒る。
「金がないのはわかっている。だから、どうやって収入をあげるかを、話しているだろう」
知的な感じの幹部も同調する。
「収入を上げるためにも投資が必要なんだ。その投資資金がない。信徒の財布も有限なんだ」
フィビリオは宥める。
「そう、怒るな。金があれば問題が解決するのか?」
六人が頷く。
「して、金を手に入れたなら何とする」
知的な感じの幹部が流暢に語る。
「この街の墓場に眠る死者たちを呼び起こして街を襲い、死せる力を手に入れます」
(やろうとしている所業は悪なんだな。だが、金があれば可能なのか? 何か、違う気がするが)
「死者に街を襲わせるって、金でどうにかなるかな?」
幹部たちは顔を見合わせる。
(何だ? これは話すかどうか迷っているな。ちょっと気になるぞ)
一番若い幹部が真剣な顔で口を開く。
「死者を呼び起こす魔法は、魔術のレギオン・アンデッドです。これを使うには、生贄の乙女と死者の宝珠が必要なのです。ですが、どちらの捜索も難航しています」
(魔術・レギオン・アンデッドか。生贄の乙女も、死の宝珠がなくても俺なら使えるな。あれ、そんな難しい呪文だっけ? レベル三十もあれば、生贄なし、アイテムなしで行けた気がするぞ)
若い幹部は悔しさを滲ませて続ける。
「我々の捜査網ではどちらも見つけるのが無理なので、金の力で人探しや物探しのプロを雇おう、となったのです。そのプロを雇うための収入をどうやってあげるか、相談しています」
(これ、ダメだな。小難しい話ばかりして実効性のない議論ばかりするから、話が進まない。結果も出せない。おおよそ、頭が良すぎるだけに、儲からない話をしている)
「よし、こうしよう。俺がレギオン・アンデッドを使って、アンデッド・モンスターを作る」
考えなしの発言ではなかった。また、アンデッドに街の人間を襲わせる気もなかった。
(協力する代わりに、悪いがお前たちの計画は芽のうちに変更させてもらうよ。街の人のためにな)
一番年長の信徒が怒る。
「だから、そのための生贄の乙女と、死の宝珠がないんですって」
「なくても、できるんだって。俺のレベルは三十を超えている」
幹部たちが露骨に疑う顔をする。
年長の幹部が、疑いもあらわに意見する。
「レベル三十を超える人間は、冒険者ですら千人に一人もいないんですよ。貴方が、その千人に一人だと?」
(正確にはレベル百だから世の中に二人だ。だけど、レベル百だといっても馬鹿にされるだけだな)
「ああ、そうだよ。俺は、その千人に一人の強者だ」
六人が静かになるが、誰一人として信じている様子はない。
「わかったよ。戦って証明するよ。今、ここの教団で一番強い奴は誰だ?」
年長の幹部が、意地の悪い顔で告げる。
「人間でなくてよいのなら、教祖が三年の月日を掛けて作りあげた、ボーン・ゴーレムでしょうか」
ボーン・ゴーレムの名が出ると、身分の低い一名を除いて、幹部たちはにやにやと笑う。
(ただのボーン・ゴーレムならレベル十程度。だが、こいつらの顔を見ると、おそらく相手はその上のカース・ボーン・ゴーレムか)
カース・ボーン・ゴーレムなら、レベルは二十。
安定して倒すならレベル十五の冒険者が六人は必要だった。
「いいぞ。そのボーン・ゴーレムを倒して強さを証明する。その、ボーン・ゴーレムのいる場所に連れて行け」
年長者の幹部を先頭に進んでいく。
連れていかれた先は、直径十五m高さが十mの円柱状の空間だった。石製の大きな宝場を後ろにして、骨が集まってできた身長三mの四本の手を持つ巨人が立っていた。巨人の手には鈍く光る剣が握られている。
年長の幹部が、どうだとばかり言い放つ。
「あれが、当教団で最強のボーン・ゴーレムです」
(やはり、カース・ボーン・ゴーレムか。懐かしいな。昔、あれでレベリングして二十まで上げたっけ)
「あっ、そう」と軽く年長の幹部の発言を受け流す。
フィビリオはすたすたと近づいて行く。
カース・ボーン・ゴーレムが剣を振り上げる。
「魔術・フォトン・レーザー」
フィビリオの手から伸びた光の筋がカース・ボーン・ゴーレムを下から上に貫通する。
カース・ボーン・ゴーレムは真っ二つになり、熔けた。
場が静かになる。
「これで納得したか。できるんだよ。これぐらいは」
誰も異議を唱える者がいなかったので、部屋に戻る。
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