覚先輩と妄想少年~それでも僕の妄想は死なない~
タチバナタ
こびりつく
彼女にかける言葉が見つからなくて、僕は思わず立ちつくした。
悟ったのだ。彼女にしてやれることは何もないと悟った。
校舎の屋上で佇む彼女の前に足場は無い。跳び降りようとしている。
何でもいい。一言だけでいい。それで彼女は止まるはずだ。今まで通りでいい。優しく声をかけ、彼女の声に耳を傾ける。それだけで救えるはずだ。
でも、僕の口は開かない。呼吸さえ止まってしまう。
「ごめんね。こんな時まで。迷惑かけっぱなしだよね」
彼女の悲嘆に僕は首を振ることすらできない。
不謹慎だともわかっている。わかっているけど思ってしまうのだ。
こんな時でも彼女が美しい。絶世の美女の名をほしいままにする彼女の美貌は伊達ではない。風になびく金髪に心を奪われ、涙で潤んだその瞳にたましいさえも吸い取られる。
僕は彼女を愛している。
彼女が死のうとしているのに、そんなことで顔をほころばせてしまう。僕の笑顔を見ると彼女が傷つくとわかっているのに。
「君は私と一緒にいない方がいいね」
いやだと首を振る。まるでわがままな子供みたいだ。でもそんなふり絞った意思表示も彼女を苦しめる。彼女も僕も分からないのだ。この行為が本物の愛なのか「特性」が引き起こした症状なのかを、今の二人に推し量ること測ることができない。
少なくとも彼女は後者だと思った。
その方が彼女にとっても、僕にとっても楽だからだ。
だから彼女はまた微笑んだ。どうせ彼女の泣き顔を見ても僕は美しいと思って微笑んでしまうのだ。だからこの笑顔は彼女のせめてもの抵抗だ。弱くなって堪るかと、負けて堪るかという精一杯の叫び声だ。
「さよなら。もう忘れていいから。幸せになってね」
そう言って彼女は跳び降りた。負けじと無理やり笑っていた顔には恐怖が張り付いて歪んでしまっていた。
僕の視界から彼女の姿が消える。少し遅れて鈍い音と甲高い悲鳴が聞こえた。
止められなかった。だけど微塵も後悔を感じることができない。
「美しい」
ようやくつぶやけた言葉に吐き気を催した。彼女の死に際さえ僕には美しく見えてしまう。
そんな理不尽な自分を、僕は心底気持ち悪く思った。
覚先輩と妄想少年~それでも僕の妄想は死なない~ タチバナタ @tachi0402
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