第6話
私と睦夫の付き合いは長い。中学時代の同級生で、同じ演劇部の生徒だった。中学の頃から阿保の睦夫でクラスの人気者だった彼は私に好意を持ち、屋上で付き合ってほしいとせがんできたが、当初は興味がなかったので無視していた。が、お母さんが死んで傷付いていたとき、クラス中は父さんを悪く言う中、彼だけは私の気持ちを察して優しくしてくれた。付き合うことにしたのはそれがきっかけかもしれない。今冷静に思い返すと、それも睦夫の策略なのかなと考えてしまう私はやっぱり腹黒い女になってしまった。
睦夫の家はそこそこ裕福で、彼の父親はガラスを作る会社で専務をしている。だからなのかご飯の食べ方が綺麗だったり、花火大会のゴミを持ち帰ったり、育ちの良さを所々に感じるときがある。芸人になんてならなくても困らず生きていけるのに、何故芸人を目指すのか。それについて彼曰く「人を笑顔にするのが楽しいから」と笑顔で言ってのけてきた。そんなシンプルな気持ちだけで芸人ができるほど、あの世界は甘くないだろうが、睦夫は阿保だけど賢いので意外と先輩芸人達に愛されて活躍するかもしれない。
中学で私が転校するとき、一緒に同じ高校に行こうと誘ってくれたのは睦夫だ。私は偏差値の高い高校を受ける予定だったので「それは無理じゃないか」と断ったが、彼は死ぬ気で勉強して私の第一志望の高校に受かってみせた。今は同じ学校でクラスも同じである。そのため学校に来ると毎日睦夫を冗談を聞かされるため私は辟易しつつも、それもまた幸せかな、と母を失った私は考えている。誰かがうざいと感じるのはそれだけ心の中に強く潜んでいる証だろう。
「信じられないよね、僕たち来年は受験生だよ」
「時の流れは残酷だね」
花火大会の帰り、私と睦夫はバスの中で談笑していた。
「ビートたけしも大卒だし、とりあえず僕は大学を目指さないと。相方も探したいしね」
「うん、頑張ってね」
「オカヅちゃんも一緒の大学に行こうよ」
「私は経済的に大学は無理なんだ。」
「なら奨学金制度があるじゃないか」
「奨学金もらえるほど賢くないし、もらおうと思うほど大学に執着してないよ」
「なんでそんな投げやりなんだよ、自分の人生だよ?」
確かに私の心は軽い絶望感に包まれている。一生懸命勉強しても大学に行けないと分かったときから心に穴が開いてしまった。今もぴゅうぴゅう空気が漏れ出ている始末。それをふさぐ努力もしんどいからしていない。
「オカヅちゃん、投げやりにならないで。何か良い方法がきっとあるはずだよ。大学、ホントは行きたいんでしょう」
「そりゃあ勿論行きたいですわよ。大卒と高卒じゃあ給料からして違うんだから」
「何、その喋り方、おかしい」
「自分の将来考えてたら喋り方もおかしくなるよ。だって私には」
夢が無い。強いて言うなら父さんがもう一度芸人として輝く姿が観たい、というのが私の夢だ。でもそれは自分自身に絡んだ夢じゃない。私は自分の夢をバクに食われてしまったのかもしれない。それぐらい
将来自分が何になりたいのか解らない。
かの文豪芥川龍之介は「ぼんやりとした不安」を理由に命を絶った。今の私も将来に似たような不安を感じている。まだ若いのに未来にワクワクできないのは私の生き方の問題なのだろうか? それともほかに理由でもあるのだろうか。
「生きてるだけで丸儲け、ってさんま師匠が言ってたよ」
「何それ」
「僕好きなんだ、あの言葉。」
「あらゆる艱難辛苦を乗り越えないと出てこない言葉だよね」
「まあそうだね。僕らにはまだ早いかな」
「早すぎるよ」
私の未来は当分見えそうにない。高校卒業したらそのまま就職しようかな。それが一番現実的だよね。大学に行ける睦夫が少しだけ、いや、かなり羨ましい。
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